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グリーン婦人
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ディアドリは肩に手を回されたまま歩いていた。
ここまで来たらもう逃げないのに、と思いながらそのまま歩く。
「旅行?」
「え?」
「その荷物」
「・・・違います」
「じゃあ、家出かな?」
「ちがっ、違う!」
クスクスと笑う声にからかわれたと思ってディアドリの顔が熱くなった。
恥ずかしくて無言で歩く。
もうどうにでもなれ、だ。
「ここだよ」
ずっと俯いて歩いていたから気づかなかった。
たどり着いた先はあの宿の斜向かいの家だった。
こんな偶然があるものか?とディアドリは驚き、刑事は躊躇なくドアベルを鳴らした。
「あら、トルナードさん」
「グリーン婦人、お探しの方をお連れしましたよ」
扉を開けたのは品の良い年嵩の婦人だった。
あの宿の女将と同じ歳くらいだろうか、とディアドリはそっと窺った。
「まぁ!見つかったのね」
嬉しいわ、と胸の前で両手を組む様はまるで少女のようで愛らしく、もじもじとディアドリはお辞儀した。
「こちら、グリーン婦人。それで、えっと・・・あ、名前まだ聞いてなかったね」
「あらあら、こんなところじゃなんですから、どうぞお入りになって」
コロコロと婦人は笑い、ディアドリの手を取った。
今、ディアドリの目の前には温かく湯気をたてる紅茶とビスケット、プチタルトになんだかわからない一口ケーキがある。
どれも目に楽しいもので、じっと眺めてしまう。
「好きにお食べになって。えーと・・・」
「ディアドリ。・・・ディアドリ・ワントです」
「そう、私はねメアリー・グリーンよ。ディーって呼んでもいいかしら?」
こくりと頷いてディアドリはビスケットに手を伸ばした。
ビスケットは丸くてサックリとして、ミルクの味がした。
「美味しい?」
「はい」
「ディーはどこの子?」
グッとビスケットが喉に詰まる。
どうしよう、どうしたらいい?とお茶に手を伸ばして──
「っ!あっつ!」
口に入れた茶が思いのほか熱くてカップから手を離してしまった。
それはカチャンと音をたてて倒れ、テーブルクロスに染みを作った。
「あらあら、大丈夫?火傷してない?」
「は、はい。すみません!」
「いいのよ、そんなの。ちょっと!トルナードさん!あなた、さっきからなにをぼうっとしてるの?」
言いながらグリーン婦人は席を立ち、奥の部屋へと行ってしまった。
そういえば静かだったな、とディアドリが隣に視線をやると少し青ざめた顔と目があった。
なんだろう?気分でも悪いのかな、と声をかける前に声をかけられた。
「──ディアドリは・・・いくつ?」
「えっと、十七でもうすぐ十八になります」
「あ、えっと本当に?」
「・・・はい」
嘘だ。
だけど、本当のことなんて言えるわけない。
この刑事はなにか勘づいたのだろうか。
どこかで知らずボロを出してしまったのだろうか。
「そうか、わかった」
ニコリと笑む顔は先程の青い顔などなかったように穏やかだった。
だが、それもなんだか釈然としない。
「遅れたけど、私はエリック・トルナード。よろしく」
「・・・よろしく」
「私もディーって呼んでも?」
「どうぞ」
「私のことはリックって呼んでいいよ」
「やぁねぇ、口説いちゃって」
グリーン婦人が手にタオルを持って、濡れてしまったディアドリの袖口を拭ってくれた。
「ありがとうございます」
「いいのよ。ディーはこの後なにか予定がおあり?」
「特には・・・」
「じゃ、お夕飯食べていかない?鞄を取り戻してくれたお礼がしたいの」
礼ならこの菓子と茶だけで充分だ。
それにあまり長居すると簡易宿泊所が埋まってしまうかもしれない。
けれど、一食分が浮くというのは魅力的でもある。
「遠慮しないで。ね?」
グリーン婦人の押しにディアドリは結局頷くことになってしまった。
嬉しそうに笑うグリーン婦人。
邪険になんてできやしない、だって優しくされるのはやっぱり嬉しいから。
「鳩のパイ包みは好きかしら?」
目の前には艶々のきつね色のパイがある。
大きなそれを切り分けてくれるのはエリックだ。
パイの中身はミンチにした鳩とたっぷりの香草と根菜類。
「はじめて食べます」
「気に入ってくれたら嬉しいわ」
促されて口にいれたそれは口いっぱいに香草の匂いが広がって、臭みもそれほどなく美味しかった。
「ディー、今日はもう遅いから泊まっていかない?」
「・・・いえ、さすがにそこまで甘えるわけには」
「グリーン婦人、そんな強引に・・・」
「なによ、いいじゃないの。二階に一部屋空いてるんだから。ね?そうなさい」
グリーン婦人はニコニコホンワカとしているが押しが結構強い。
ぶかぶかのコートにぐるぐる巻きのマフラー、大きな鞄に擦り切れた靴。
もしかしたら何もかも見透かされているのかもしれない。
行く宛ても、職の宛ても自分には何もかもないことを。
ここまで来たらもう逃げないのに、と思いながらそのまま歩く。
「旅行?」
「え?」
「その荷物」
「・・・違います」
「じゃあ、家出かな?」
「ちがっ、違う!」
クスクスと笑う声にからかわれたと思ってディアドリの顔が熱くなった。
恥ずかしくて無言で歩く。
もうどうにでもなれ、だ。
「ここだよ」
ずっと俯いて歩いていたから気づかなかった。
たどり着いた先はあの宿の斜向かいの家だった。
こんな偶然があるものか?とディアドリは驚き、刑事は躊躇なくドアベルを鳴らした。
「あら、トルナードさん」
「グリーン婦人、お探しの方をお連れしましたよ」
扉を開けたのは品の良い年嵩の婦人だった。
あの宿の女将と同じ歳くらいだろうか、とディアドリはそっと窺った。
「まぁ!見つかったのね」
嬉しいわ、と胸の前で両手を組む様はまるで少女のようで愛らしく、もじもじとディアドリはお辞儀した。
「こちら、グリーン婦人。それで、えっと・・・あ、名前まだ聞いてなかったね」
「あらあら、こんなところじゃなんですから、どうぞお入りになって」
コロコロと婦人は笑い、ディアドリの手を取った。
今、ディアドリの目の前には温かく湯気をたてる紅茶とビスケット、プチタルトになんだかわからない一口ケーキがある。
どれも目に楽しいもので、じっと眺めてしまう。
「好きにお食べになって。えーと・・・」
「ディアドリ。・・・ディアドリ・ワントです」
「そう、私はねメアリー・グリーンよ。ディーって呼んでもいいかしら?」
こくりと頷いてディアドリはビスケットに手を伸ばした。
ビスケットは丸くてサックリとして、ミルクの味がした。
「美味しい?」
「はい」
「ディーはどこの子?」
グッとビスケットが喉に詰まる。
どうしよう、どうしたらいい?とお茶に手を伸ばして──
「っ!あっつ!」
口に入れた茶が思いのほか熱くてカップから手を離してしまった。
それはカチャンと音をたてて倒れ、テーブルクロスに染みを作った。
「あらあら、大丈夫?火傷してない?」
「は、はい。すみません!」
「いいのよ、そんなの。ちょっと!トルナードさん!あなた、さっきからなにをぼうっとしてるの?」
言いながらグリーン婦人は席を立ち、奥の部屋へと行ってしまった。
そういえば静かだったな、とディアドリが隣に視線をやると少し青ざめた顔と目があった。
なんだろう?気分でも悪いのかな、と声をかける前に声をかけられた。
「──ディアドリは・・・いくつ?」
「えっと、十七でもうすぐ十八になります」
「あ、えっと本当に?」
「・・・はい」
嘘だ。
だけど、本当のことなんて言えるわけない。
この刑事はなにか勘づいたのだろうか。
どこかで知らずボロを出してしまったのだろうか。
「そうか、わかった」
ニコリと笑む顔は先程の青い顔などなかったように穏やかだった。
だが、それもなんだか釈然としない。
「遅れたけど、私はエリック・トルナード。よろしく」
「・・・よろしく」
「私もディーって呼んでも?」
「どうぞ」
「私のことはリックって呼んでいいよ」
「やぁねぇ、口説いちゃって」
グリーン婦人が手にタオルを持って、濡れてしまったディアドリの袖口を拭ってくれた。
「ありがとうございます」
「いいのよ。ディーはこの後なにか予定がおあり?」
「特には・・・」
「じゃ、お夕飯食べていかない?鞄を取り戻してくれたお礼がしたいの」
礼ならこの菓子と茶だけで充分だ。
それにあまり長居すると簡易宿泊所が埋まってしまうかもしれない。
けれど、一食分が浮くというのは魅力的でもある。
「遠慮しないで。ね?」
グリーン婦人の押しにディアドリは結局頷くことになってしまった。
嬉しそうに笑うグリーン婦人。
邪険になんてできやしない、だって優しくされるのはやっぱり嬉しいから。
「鳩のパイ包みは好きかしら?」
目の前には艶々のきつね色のパイがある。
大きなそれを切り分けてくれるのはエリックだ。
パイの中身はミンチにした鳩とたっぷりの香草と根菜類。
「はじめて食べます」
「気に入ってくれたら嬉しいわ」
促されて口にいれたそれは口いっぱいに香草の匂いが広がって、臭みもそれほどなく美味しかった。
「ディー、今日はもう遅いから泊まっていかない?」
「・・・いえ、さすがにそこまで甘えるわけには」
「グリーン婦人、そんな強引に・・・」
「なによ、いいじゃないの。二階に一部屋空いてるんだから。ね?そうなさい」
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