王子発掘プロジェクト

urada shuro

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第3章

センパイの理想のひと(2)

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「マトリ、おまえいつの間に魔法使いになったんだ?! いいなあ、さっきまでおれと同じ人間だったのに!」

 ナ……ナナシーっ! それ今言っちゃダメなやつーっ!
 あたしは気が遠くなり、半笑いで天を仰いだ。

「……あん? 人間……て、そうだよな。悪魔女はもう死んだんだ。魔法使いなんてもうライドにいるわけねえ。クソガキが、変な嘘ついてんじゃねえぞ!」

 額の汗をぬぐいながら、モヒカン男性が目を宙に泳がせる。
 ギャラリーから「ビビってんじゃねー」「この腰抜け」と野次が飛んだ。
 中には「えっ、嘘なの?!」というナナシの声も混じっていたけれど、最早あたしに答えられる気力はない。

「うるせー、テメエらみんな黙れ! ちくしょう、バカにしやがって……いくら女でも許せねぇ。おまえはオレ様侮辱罪で死刑だ!」

 子供が考えたような架空の罪名を告げ、モヒカン男性が腰に下げていた何かを構える。

 ……え? う、嘘でしょ? それってピストル……?!

 凶器を認識した瞬間。驚きが恐怖に変わる間もなく、景色が動いた。

 上から、音もなく「黒」が降ってきのだ。
 あたしとモヒカン男性を隔てるように現れた「黒」は、ピストルごとモヒカン男性を床に払い落とすと、素早く彼を後ろ手で縛り上げる。

 今度はなに?! なにが起こってるの……?! 状況についていけずに、棒立ちになる。

「ちっ……忍一家か! 毎回毎回、邪魔しやがってっ」
「……我が一家には、弱きを助くべし、という掟がある」

 はっ、「黒」がしゃべった!
 あたしはこのときようやく、「黒」がひとだったんだと認識した。
 よくよく見ると、「黒」の実体は、全身黒ずくめの衣装を身につけたひとだ。声とナナシより一回りは大きい背格好からして、おそらく、男性。
 黒い頭巾で頭を、また黒い布で顔の下から半分以上を覆っているため、目元だけがわずかに確認できる。

 これまでギャラリーに徹していた署内のギャングたちが、わっと立ち上がった。ナイフやピストルを片手に、あたしたちを取り囲む。

 多勢に無勢、絶体絶命……かと思いきや、黒い緞帳が下りるように、黒装束のひとたちが十数人、次々に上から降ってきた。
 あたしが呆然としている間に、黒の軍団は瞬く間にギャングたちを蹴散らしていく。

 突然、けたたましく警報が鳴った。

 唐突に体が浮き、あたしははじめに現れた黒いひとに軽々と抱え上げられる。
 女子の憧れ、お姫様だっこで。

「……退くぞ」

 あたしを抱えた黒いひとの一言で、黒の軍団はいっせいに外へと飛び出した。
 街を駆け、風を切り、民家の壁を駆け上がって、屋根から屋根へと跳び移り……って、まじですかっ?!

 怖いし速いし高いし状況わかんないし! 落ちないように、黒いひとの首に手を回してしがみつく。下は見ない! と決めて目線をあげると、曇天を背景に、ひときわ大柄の黒軍団メンバーの肩に担がれ、はしゃぐナナシの姿があった。

「すげーっ、おれ飛んでるみたーいっ!」

 故郷のお母さん、お元気ですか? あたしは今、知らないひとに抱かれて空を飛んでいます。





 ようやく地に足が着いたのは、木々の繁る街の外れだった。

 生け垣で身を隠すようにそびえる三階建てのお屋敷は、所々がひび割れ、補修されている。ここが黒いみなさんのお宅らしい。
 白い土壁、木製の建具、屋根には粘土を焼いた物が並ぶ、ライド独特の建築様式はここでも健在だ。それは通された二階の広間も同様だった。

 乾燥した植物で編んだ厚い敷物を敷き詰めた床。そこに正方形の薄いクッションが並べられている。どうやらイスなどは使わず、直接床に座るスタイルみたいだ。扉は横開きで、格子状に組み合わせた木枠に紙が貼ってある。部屋を縦断するように置かれた木製のテーブルは、高さがあたしの膝くらい。長方形で、今ここにいるナナシとあたしプラス黒いみなさん二十人数人全員が、並んでご飯を食べられそうなほど長い。部屋の奥に飾られた花や、布製の壁掛けの色調もまとまりがあって、上品な落ち着きを醸し出している。

 そんな中、あたしが一番目を奪われたのは、さっきまであたしを抱えてくれていた黒いひとの顔面だった。
 室内に入るなり、彼は他の黒装束のみなさんと同じように顔を覆っていた布を外したんだけど……その素顔が想像以上に整っていたのだ。



 強い意志を感じさせるきりっとした目元、結ばれた口。瞳と髪の漆黒は、彼の男らしさを引き立てている。
 柔らかな雰囲気のエミルドさんとはまた違った、鋭いタイプ。エミルドさんが白なら、このひとは黒。エミルドさんが満開のミッチェハップ並木なら、このひとは秘境の凍結湖。

 年齢は二十代前半だろうか。あたしやナナシよりちょっと雰囲気が大人っぽい。
 よくよく見てみれば、フロンド生まれフロンド育ちのあたしにとっては、あまり見慣れない服装だ。黒い外衣を胸の前で合わせ、腰の少し上あたりに巻かれた布で締めている。これとよく似た構造の服を、教科書で見たことがあった。昔からライド区民の間で用いられてきた、土地特有の服装だと紹介されていたと思う。同じ国のものでありながら、どことなくエキゾチックな装いが、彼にはとても似合って見える。

「……どうした。気分でも悪いか?」
「いっ、いえ大丈夫です! あの、本当にありがとうございました。助けていただいて」
「……礼にはおよばない。『弱きを助くべし』という一家の掟に従ったまでだ」

 クールぅ!
 あんなに危険な救出劇を演じたのに、恩を着せる気配は全くなし。しかも一切表情を崩さず、落ち着き払った口調。しびれるねー、まるっきり正義の味方のセリフだね!

 だけど、ひとつだけ気になるワードが。

「いっかのおきてってなに?」

 あたしの抱いた疑問を、ナナシが口に出した。クール男子は質問者の方へ体を向ける。

「……我々は、『ライド流忍一家』という名の組織のものだ。一家の掟というのは、我々の仲間内で守るべき取り決め……つまり、決まりごとという意味になるな」
「ふーん、決まりかあ。はじめて知ったなー。あ、あとよわきをなんとかっていうのは? そしきってなに?」

 ナナシのQにクール男子が回答をはじめたところで、頭にタオルを巻いた大柄な男性がやってきた。おそらく三十歳前後で左頬に傷跡があり、がっちりした体格で貫録がある。

「さあさあ、みんなお疲れさんっす。とりあえず食事にするっすよ」

 男性が抱えた大きなお皿の上には、短冊状に捌いた生魚が綺麗に並び、鳥の形に細工された野菜も乗っている。
 ナナシは目を輝かせて、大柄な男性の腕に飛びついた。
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