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第6章
スカウト係の悲劇(1)
しおりを挟むシロクさんが去って間もなく、あたしと王子様候補者二名は案内係に連れられて白の地へと向かった。石造りの「白の地」は、美しく手入れの行き届いたミグハルド城本館や別館とは違い、所々が苔むしていて、見るからに古めかしい。
ドアの前には、白い顎鬚を蓄えた小柄なおじいちゃんと、三十代前半と思われる金属製の鎧をまとったマッチョな大柄男性が立っていた。王国相談役のルルダ様と、ミグハルド城警備隊第二組隊長のボイドさんだ。ふたりはあたしたちを待っていたらしい。彼らから簡単な自己紹介を受け、王子候補たちも挨拶を済ませる。そしてルルダ様の手により、大きく頑丈そうな南京錠が開かれ、ドアが開いた。
室内に入った途端、ぞくりとする。
風はあるものの穏やかな陽気だった屋外とは違い、空気がひんやりと冷たい。
一階建ての建物ながら、その高さは二階建て程度はあり、床から天井がとても遠い。壁は石を重ねて作られていて、弦を巻いた緑色の植物が這っていた。小さな窓が高い位置に二個だけあり、かろうじてそこから太陽光が漏れてはいるが、電気はないので薄暗い。床の中央には、花のような形に切り出された白い石がカーペットのように敷かれていて、その真ん中にアーチがある。アーチは白い石を組み合わせてできており、部屋が暗いせいか、発光しているかのごとく、ほんのりぼやけて見えた。
「――それでは、これより祓いの儀を行う」
おじいちゃ……じゃなかった、ルルダ様はそう告げ、一歩、前に出た。
「では、マトリ・シュマイルズ。まず、お主が祓いを受けなさい」
「え……? あのーぅ……あたしも入社の際に、お祓いは受けましたけど……」
「お主には、彼らに手順を教えるための見本になってもらうのじゃ。それに……これまで、お主は数日に渡って各区を回ってきた。念のため、もう一度祓いを受けさせた方がよかろう、という達しが出ておる。なに、あくまでも念のため、じゃよ。手順は覚えておるな?」
「は、はい……」
生返事をしながら、以前ここに来た時のことを思い返してみる。
ええと、確か壁を這っている弦から、星形に似た葉っぱを一枚取って……それからアーチの下に立つ。葉っぱを口にくわえ、しばらく目を閉じる……で、よかったっけ?
「……よろしい。マトリ・シュマイルズ。お主の祓いは完了した」
ルルダ様の言葉に、胸を撫で下ろす。
お祓い、と聞くと仰々しく感じるけれど、手順は子供でもすぐに覚えられるくらい簡単なものだ。入社前にお祓いを受けた時も、思いの外シンプルなやり方に拍子抜けしたんだよね。
受けたからって、体に感じるものも特になにもないし……。
あたしは目を開け、くわえていた葉っぱを手に持つと、王子候補たちが並んでいる壁際に移動した。
「手順は、今マトリ・シュマイルズが見せたとおりじゃ。では、まず……」
手に持った資料を見ながら、ルルダ様が、深く頷く。お祓いの順番を確認しているようだ。
次に紡がれる言葉を遮るように、レオッカが口を開いた。視線は、ナナシに向いている。
「きみ、先にやりなよ。きみはちょっとアレだから、覚えてるうちにやったほうがいいでしょ」
「あれ、ってなに?」
「アレはアレでしょ。すごく、頭がいいってこと」
「そっか、じゃあ、やる! ルルダじいちゃん、オレからやってもいい?」
「じ、じいちゃん……?」
ルルダ様の目が、真ん丸になる。
「ナ、ナナシ殿! ルルダ様に向かってなんてことをっ……! ルルダ様は、まだこの国が国王制になる以前からフロンド区の区長補佐を務められていた偉大なるお方で……」
慌ててボイドさんが注意をする姿を見て、あたしは密かに顔を和らげた。
お祓いが済んで、国王様への謁見が終われば、あたしのスカウト係としての役目は完了する。
目標だった「やればできる自分」の証明を得られるのは嬉しいけど……こんな風にナナシやレオッカをそばで見られなくなるのは、寂しい気もしちゃうなあ。
それにしても、やっぱりエミルドさんは偉大なお方だ。エミルドさんにもらった「可能性は無限」という言葉がなければ、あたしはスカウト旅に出なかったかもしれない。もしそうなら、こんな学校の卒業式のような切なさも、きっと味わえなかったように思えるよ。
傍らから、くすり、と笑みの漏れる音がする。
「……この国って、すごく親切だよね」
声の主である少年を見ると、横顔の眼が楽しげに歪んでいた。
その向こうには、さらに楽しそうな笑顔のナナシが見える。壁の葉っぱを千切り、にこにこしながら大きな歩幅でアーチの下に向かっていく。
あたしはナナシのお祓いの様子を目で見守りつつ、意識をレオッカに向けた。お祓いの邪魔をしないよう、小さな声で問う。
「……なにが? なんの話?」
「凄惨な記憶が甦っちゃうからって、わざわざお祓いする前に忠告してくれてさ。その上、ずっと放って置いたライドの環境改善までしてくれるなんて親切じゃない?」
ナナシは順調に、お祓いの手順をこなしていく。「おはらい、おはらい」と声を弾ませながらアーチの下に立ち、葉っぱをくわえ、目を閉じる。
「あ、シロクさんのこと? そうだよね……これでよかったんだよね。寂しい気持ちもあるけど、ライドが平和になるんだもん」
「そもそも、9年前に記憶を消してくれたっていうのも親切だよね。たまたま出先で巻き込まれた一区民の記憶を魔法まで使って消してあげるなんて、すっごくすっごくすっごく親切」
「……レ、レオッカ……?」
なんだろう、この言い方。なんだか、思い切り含みを感じるような……。
「まるで――」
少年の眼が、薄明りの中で鋭く光る。
「――どうしてもそうしなきゃいけなかったみたいに親切だよね」
「……え……?!」
あたしたちが話しているうちに、軽く十数秒は経過していた。
「ナナシ殿。もう目を開けてもよろしいですぞ」
ルルダ様の声が、ナナシのお祓いが終了したことを告げる。
しかし、ナナシは目を閉じ、黙ったまま動かない。
「……ナナシ殿。祓いは完了しましたぞ」
再び、ルルダ様が声をかける。聞こえないわけがない。ルルダ様は、アーチのそばに立っている。それなのに、ナナシは反応しない。
レオッカの話は気になるけれど、あたしもさすがに、ナナシの様子が心配になった。
「ナ、ナナシ、どうしたの? 大丈夫……?」
ナナシの前まで駆け寄ると、足元にひらりと何かが落ちてきた。ナナシのくわえていた葉っぱだ。しかし、色がおかしい。さっきまで緑色だったはずが、
「なっ……! 葉、葉の色が赤にっ……」
ルルダ様の言う通り、鮮やかな赤い色に変わっていた。ルルダ様はさらに叫ぶ。
「い、いかん! ボイド、ナナシ殿を捕らえろ!」
え……?! ちょっと待って、どういうこと? 葉っぱが赤くなると、なんか悪い合図なの?!
ボイドさんがナナシに飛びかかる。ナナシはそれを軽やかにかわし、アーチを駆け上がった。
あたしたちを見下ろし、ナナシがニヤリと笑う。
新鮮な笑顔だ。
これまで、こんな風にいやらしく片方だけの口角を上げて笑ったナナシを、あたしは見たことがない。
彼は右手の人差し指を立て、空中に半円を描いた。そして、目を閉じる。
……あれ? その動きって……。
考える間もなく、突然、ナナシの姿が見えなくなる。目の前が赤く染まったと思ったら、どん、という音がした。あたしの身長の二倍はあろうかという直径の、真っ赤な球体がいきなり空中に現れ、床に落ちたのだ。その衝撃が、床から足の裏にずん、と伝わる。
あたしもボイドさんもルルダ様も、動転して慌てふためいた。
「ははははははははは!」
ナナシはお腹を抱えて笑ったあと、大きな球体に飛び移り、その上であぐらをかいている。
「な、なんじゃ、これは……こんなものどこから……」
ルルド様は、後ずさりしながら球体に見入った。あたしもつられて、じっと見る。
どこからあらわれたのかは知らないけれど、この丸い形。宝石のような赤くつやつやした色、質感。なんだか見覚えがあるような……。
……そうだ! ラジーだ。シチューに入れたらおいしいアレだ。大きさは全く違うけれど、あたしはこれを、ついこの間、農場で見た。
そう、彼と出会った農場で。
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