王子発掘プロジェクト

urada shuro

文字の大きさ
39 / 52
第8章

再び(3)

しおりを挟む
「とにかく……ただでさえ、エミルドは坊やを守りながら闘っていたの。そのせいで魔力も無駄に消費してきたの。いつしか魔魂の枯渇が近づき、自分の身体もひととしての魂も魔力に変え……でも結局、それでも足りずに魔魂をも使い果たしてエミルドは死んだの」

 悪魔女が語る、過去の真実。

 シロクさんはそれを、ずっと黙って聞いていた。

 更衣室で、「ライドで悪魔女と戦った時、魔法で片足を吹き飛ばされた」とシロクさんはあたしに話した。それは、今悪魔女が話した内容とは食い違う。ということは……どちらかが間違っているということ――もしかしたら彼が話してくれたことは、他の誰かに植え付けられた記憶なのだろうか。さっき、大臣が彼にしたように。

 でも、他人によって記憶が消されたり増やされたり、そんなことがあっていいの? 自分の信じていたことが間違っていたとなれば、あたしなら相当混乱すると思う。

 国にどんな事情があろうと、全くひどい話だ。
 どうにも腹の虫が収まらなくなり、あたしは穴の影から飛び出した。

「……それでも、あなたがエミルドさんの命を奪ったことには変わりないわ。あなたの身勝手な行動が、すべての元凶なんだから!」

 目を細め、悪魔女がこちらに冷めた視線を投げる。

「ふん……人間ごときが、偉そうなの」

 あたしは歯噛みした。

 悔しい。そう感じるのは、悪魔女が憎いからだけではない。実際、彼女の言う通りだからだ。あたしはここにいるだけで、なにもできていない。それが分かっているから、言い返せない。
 あたしの可能性は無限なのに……ここにあるはずの可能性を、まだ見つけられていない。

「まあ、何とでも言うがいいの。言ったところで、お前たちではガルドに勝てないの……だって、そうなの。そもそも、今の坊やにその武器が正常に扱えるの? 魔魂を消滅させる機能が発動しなければ、そんなのただの野暮ったい剣なの」

 にやつく悪魔女に、シロクさんはここにきて以来はじめての言葉を発した。

「……機能しているかどうか、その身体で味わってみればいい」

 地面を蹴り、飛び上がって切り付ける。悪魔女は手のひらを下に向け、魔法の膜で防御した。
 突如として、あたしの横にいるレオッカの手元から、向こう側の壁際――つまり、シロクさんのいる壁際まで届く、高さ二メートル、幅一メートルほどの橋が出現する。石製で、欄干には花の彫刻が施された美しい作りだ。

「やだやだ。無謀な知り合いって世話がやけるよねぇ」

 天を仰ぎ、レオッカがため息を吐く。
 シロクさんは橋の上に降り立ち、再度悪魔女を狙って刃をふるった。またもやバリアに阻まれたものの、今度はそのまま押し込んでいく。

 メキ……メキ……メキッ……!

 見る見るうちに、透明だったバリアの色が濁っていく。悪魔女の身体は徐々に後退し、背中が壁に付いた。ついに、彼女を守る魔法の膜が、花火のごとく砕け散る。悪魔女は一瞬目を丸くして、すぐに正面を向いたまま右の方向へ逃げようと動く。
 逃すまいと、シロクさんは魔女の喉のあたりを素手で掴み、そのまま壁に押し付けた。

「ぐぅっ……!」

 悪魔女の顔が苦しげに歪む。その腹へ、シロクさんは躊躇いなく剣を打ち込んだ。

「やった……!」

 思わず、あたしは声を上げる。
 しかし、彼が捕らえたのは抜け殻だけだった。悪魔女の身に着けていた服の一部だけを巻き込み、剣は壁にめり込んでいる。

 シロクさんの黒眼が、天井の隅に動く。そこには、灰色の煙が渦を巻いて溜まっていた。煙の中から、ぽたぽたと赤黒い滴がいくつも垂れてくる。床に落ちた滴は、膨れ上がって形を変えた。ドクロの顔を持ち下半身は四足の獣、という黒い謎の物体が、いくつもいくつも生まれていく。ざっと見積もっても、百体以上の大家族。

 あたしとレオッカの視線が交わる。

(「悪いドラゴンから大好きなあの子を助けるときだけに使う、血液人形の魔法」……!)

 それは自分の血を原料に、自分の敵を攻撃する人形を作り出すという魔法だ。エミルドさんの魔法書、1057ページにも載っている。

 煙から血が垂れた、ってことは、あの煙が悪魔女ってこと?! あたしは漂う気体へと変身した悪魔女を睨みつけ……って、あれ? 天井の煙が、きれいさっぱり消えている。

「あ……悪魔女がいない……?! 逃げられた?!」

 あたしの声を合図にしたかのように、無数の黒ドクロ獣がシロクさんに飛びかかった。
 シロクさんはそれらをまとめて魔魂葬剣で斬る。斬られた黒ドクロ獣は、カタカタと頭を上下に動かしながらじんわり消えた。しかし四、五匹消したところで、彼らは大家族だ。廊下はまだ黒い色彩で埋まっている。橋を渡り、こちらにも大量の血人形が向かってきた。レオッカは「この橋、僕の! 勝手に渡るべからず!」と言いながら魔法で光る弾を放つ。

 シロクさんは武器で、レオッカは魔法で、それぞれ次々に血人形を消していく。
 あたしは――……また、見ているだけ。情けないし、申し訳ない。けれど、動かずに邪魔をしないことが、あたしにできる最善の策だった。

 消して消して消して、ようやく、最後の一体をシロクさんが斬る。完全に消失する様をその眼で確認し、彼はこちらに歩いてきた。両耳に手を当てて目を閉じているレオッカの傍らで、立ち止まる。

「……レオッカ、ひとつ頼みがある」
「集中してるの、邪魔しないで。今、悪魔女の居場所を探ってるから。気配を消してはいるけど、魔魂を封じ込めたわけじゃないから分かるはず……」

 代わりに、というわけではないけれど、あたしがシロクさんに歩み寄る。

「シロクさん……その、なにから話していいか……助けに来てくれて、ありがとうございます」
「……いや……マトリも、無事で良かった」

 相変わらずの無表情。でも、なんだかほっとする。いてくれるだけで心強いというか。

「にしても、さすがですね。悪魔女をあれほど追いつめるなんて」
「……そうだと良いんだが……悪魔女は全力ではなかったのかもしれない。過去に大魔法使いと渡り合ったという割には、それほど大きな力は感じられなかった」
「え……」

 閉じていたレオッカの目が、大きく開いた。

「――見つけた!」
「……どこだ。ライドか?」

 シロクさんが気にかけるのも当然だ。ライドといえば、かつて悪魔女が総べていた場所。彼女にとってはホームとも言える。

「ううん、そんなに遠くない……あれ? 遠くないどころか、すっごく近いよ。ここのドアから見て5時の方向に、約……50メートルの地上……裏庭?」

 レオッカの言葉に、あたしは耳を疑った。

「う、裏庭?! お城の?! そんな近くに逃げてどうするの?!」
「僕が魔法使いである限り、どこに逃げても同じといえば同じだけどね。空間移動の魔法もあるし、魔魂の気配で見つけることもできるし……とにかく、行ってみよう。マトリも一緒に来て。残りのひとは自力でよろしく!」

 あたしの手に優しく触れ、レオッカは本日二度目の空間移動を実行した。
 あ、あのレオッカ? 「残りのひと」って、シロクさんしかいないんだけど……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。

四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」 突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

処理中です...