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第9章
ラブ イズ オール(1)
しおりを挟む静かなお城の裏庭で、短い光の点滅が繰り返される。
やがてそれは収まり、光は完全にひとへと姿を変え――あたしは大きく声を上げた。
「……みんな、待って! 違う、悪魔女じゃない!」
全員の視線が一斉に、魔法で復活と遂げた「ひと」に集まる。
え……?! なんで? そんな、ま、まさか……このひとって――
紅色の緩い巻髪。黄金色の瞳。王子様のような白い服……
「――……エミルドさん?!」
あたしは目をハート形にして、その場に倒れ込んだ。
はあ、はあ、はあ……呼吸が、上手く、できない。顔が熱い。胸も熱い。
「どういうこと……? なんで悪魔女がエミルドさんを……」
レオッカの声に反応し、エミルドさんがふり返る。そのまま、こちらに駆けてきた。
ひぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! エミルドさんがこっちに! あたしの側にっ!
ああ、優しさの宿るその眼差し。はじめて会ったあの時となにも変わってない。素敵……素敵すぎる……! まさかまた、生身のお姿でお目にかかれるなんて……。
レオッカはバリアを張っていたらしい。見えない壁に阻まれ、エミルドさんの身体がレオッカの目前で止まる。それでも気に留める様子はなく、エミルドさんは笑った。
「……やあ! ニナの息子じゃないか。大きくなったなあ、元気そうでよかった」
「えっ……僕の正体を知ってる……ってことは、本物のエミルドさんなの……?」
「ああ。オレはエミルドだ。レオッカがそう言うということは、オレを甦らせたのは別の……」
辺りを見回すエミルドさんの視線が、ふと、ある一点で留まる。
「シロク……? シロクもいるじゃないか!」
言いながら、シロクさんに駆け寄った。レオッカが無言でバリアを解く。エミルドさんは自分より少し背の高い青年に飛びつき、両手でぎゅっと抱きしめた。
「お前も立派になったな! 脚はどうした? 大丈夫か?」
「……はい……あの」
表情を変えることなく、シロクさん何かを言いかける。それを邪魔したのは、悪魔女だった。
それまで慰霊碑の傍らに目を閉じたまま座っていた悪魔女が、いつの間にか立ち上がっていたのだ。彼女の手に握られたロープの端が空中を走り、エミルドさんの身体に巻きついた。
「そんなやつらどうだっていいの。お前を甦らせたのは、このガルドなの!」
魔女は疲弊の隠せない顔でロープをぐいっと引っ張り、強引にエミルドさんの身体を自分のもとへと引き寄せた。
「な……なんてこと……っ!」
あたしは立ち上がって助けに行……こうとして、アニイセンパイに腕を掴まれ阻まれる。
「こらこら、動くな! まだ状況がよく分かんないでしょ」
そんなこと言ったって、目の前でエミルドさんがあんなことに……目線でエミルドさんとセンパイの顔を往復する。すると愛しいそのひとも、あたしをじっと見つめていた。
「あれ? きみは……昔、講演会に来てくれた子じゃないか。オレのこと、覚えてる?」
「えっ……?! は、はい! あたし、あの時出待ちをしてたマトリ・シュマイルズです! エ、エミルドさんこそ、あたしをお、覚えて……?!」
なにこの展開! 夢? 夢なの?! なんだかとっても目が熱い。視界が、エミルドさんの顔が、ぼやけていく。
「オレは一度会った相手は忘れない。たとえ成長していたって分かる……ん、どうした? なんで泣いてるんだ? 可愛い顔が、台無しだぞ」
だって、だってあなたに会えたんだもの……!
エミルドさんに会えた。話せた。可愛いって言われた。あたしのことを覚えていてくれた……これ以上にない、感無量の涙だ。頭がふわふわして、エミルドさん以外なにも考えられない。
ああ、あたし、もうどうなってもいい……!
「エミルド……お前のその性格、死んでも直らなかったみたいなの……! いいの、邪魔者は消してやるの!」
なんか今、魔女の金切り声が聞こえた気がするけど……ああ、でも胸がいっぱいで……
ドン! ドン! ドン……ッ!
大きな音。空から降ってくるいくつもの稲妻……バリアを張りながら嘆く、レオッカの声。
「ああん、もう! ちゃんと、説明してよ。よくわかんないまま盾になるの、嫌なんですけど!」
「エミルドさん、何故悪魔女があなたを? 悪魔女とは、敵対していたはずでは?!」
センパイの声も聞こえる。前から答えるのは、エミルドさんの美声。
「ガルドとオレは友人だ。きみたちとオレの関係と同じくな」
「友人……?!」
……ドーンッ!
全ての声をかき消すように、巨大な稲光がレオッカのバリアに弾かれ、地に落ち穴を開ける。
……ん? なにこの状況。もしかして、あたしたち悪魔女に襲われてた……?
ようやく我に返ると、砂ぼこりの向こうに肩をふるわせる悪魔女の姿があった。大魔法使いを捕らえたロープを、思い切り締め上げている。
「ゆ、友人……? ふざけるんじゃないの、子供まで作っておいて!」
怒りの反論が響いた裏庭は、妙な静けさに包まれた。
正気に戻ったあたしの耳にも、その言葉は聞こえていた。聞こえていたけれど意味がのみ込めず、目が点になる。
なに……? 子供……? 子供って言ったような……?
あたしはふるえながらエミルドさんを見る。
「そ……そんな、き、聞き間違い、ですよね……? 子供なんて……」
「いや、間違ってない。オレとガルドの間には子供がいる。男の子がひとりな」
はあああああああああああああああああああああああああああああーっ?!
ぱつんと意識を断ち切られたように、気が遠くなる。力が抜け、膝が折れ、アニイセンパイに抱きとめられた。
「おいおい、しっかりしな!」
「だ、だって……エミルドさんに子供……子供って……子供がいるってことは、エ、エミルドさんが悪魔女を、あ、愛した証拠ってことで……」
「しょーがないよ。テレビの清純アイドルだって、いつかはほとんど結婚していくんだし。ま、今のはさすがにファンじゃなくてもびっくりだけど……社会人はね、心が辛くても定時まで働くしかないんだよ。これが片付いたら慰めパーティーやってあげるから、今は耐える時!」
「セ、センパイ……でも……」
エミルドさんは、あたしの憧れ。心の支え……
協定があったせいか、エミルドさんはなんとなく女性と縁遠いイメージがあったんだ。当然、人並み程度の恋愛経験はあるだろうと想像はできたよ。長年生きてれば、それくらいは致し方ないと思ってた。でも、子供を授かる様な真剣交際発覚はキツイ……!
認めたくないけれど、どうやらあたしは自覚していた以上に不純なファンだったらしい。
彼は大魔法使い。だから、あたしだけのものになってほしいなんて贅沢は言わない。でも、誰のものにもなってほしくなかったの……!
子供の存在が発覚したことで生じてしまった、自分勝手な傷心。はじめから恋愛関係すら成立してないのに、「フラれた」と感じてしまう行き過ぎた情念。
そんなものを抱えたまま、あたしはこれからどうやって生きていけばいいんですかぁ?!
レオッカが大きく溜め息を吐いた。
「息子の彼も、悪魔女の子、としか名乗ってなかったのに……子供本人も気が付かないくらい、悪魔女の我が強かったか、エミルドさんが何かしたのか、魔魂調合の際に大魔法使いの念が食われたのか……大魔法使いと悪魔女の調合物――とにかく、配合バランスが最悪だね」
エミルドさんは強い眼差しで悪魔女を捕らえる。
「ガルド……みんなを巻き込むのはやめろ。きみの狙いは、オレだろう。話し合おう」
「お前は、ほんとに話し合うのが好きなの……ねえ、エミルド。アタシを愛してるの?」
「愛してるよ」
嫌あああああああああああああ聞きたくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!
絶叫しかけた口を、センパイに塞がれる。
躊躇なく紡がれた愛の言葉にとどめを刺され、あたしの魂は頭のてっぺんから抜けた。
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