毒と薬の相殺堂

urada shuro

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第四章

泣き泣き(4)

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 なにやってんだ、オレは。こんなんじゃ、あの社長を異常だなんて言えないじゃないか。
 独りで部屋で絶叫するなんて、オレも十分やばいやつだろ。

 しかし、オレはこれで変わった。
 
 本心を爆発させたせいか、それから憑き物が落ちたように行動的になったのだ。
 相殺堂のことをなかったことにするのもやめた。得た情報を確かめなければと思い直した。

 副作用、遺伝子、試験薬……

 改めて正しい知識を得ようと、日がな一日、様々なネットサイトを閲覧する。
 素人のオレにはサイトによっては理解できないものも多く、挫折しそうにもなった。
 それでも一応、それぞれに関する一般的、及び専門的な情報は広く浅く得られたと思う。だけど、肝心な「オレと同じ体質で同じ薬を飲み同じ症状を発症した例」は、見つからなかった。
 
 検索をしているうちに、薬による副作用を救済してくれる制度があることも、はじめて知った。しかし、死亡も入院もしておらず、オレのような症状では、申告はできないようだ。まあ、申告したところで、オレの身体が戻るわけではないんだけど……これも、勉強にはなった。

 結局ネットに頼るだけではどうにもならず、さらに翌日、オレは行動を起こした。
 以前通っていた整形外科に、薬の副作用について相談をしに行ったのだ。

 副作用が疑われたら、医師や薬剤師に相談を。

 その文を、オレは前日いくつかのサイトで目にした。この病院で処方された錠剤が、オレの体質に合わず、副作用をもたらしたのだと君縞さんは言った。相談するなら、この病院だろう。
 とはいえ、先生の処方した薬に文句を言いに行くようで、正直とても気が引ける。でも、そんなことを言っている場合でもない。

 苦渋の決断だったが、母親に心配をかけたくもなかったので、彼女が仕事にでかけたあと、金がかかるのを承知でタクシーを呼んででかけた。

 診察室に呼ばれ、自分が時折体調不良に見舞われることと、それがここで処方された薬の副作用ではないか、ということを恐縮しながら話す。
 医師は顔をやや怪訝そうに歪め、「もう薬を飲んでないんだから、それはないよ」と否定した。
「でも、特殊な遺伝子の持ち主であれば、そういう可能性もあるんじゃないですか?」とオレが食い下がると、医師はオレを睨みつけ、「きみは医者でもないのに、なにがわかってそんなことを言っているんだ。インターネットを鵜呑みにするんじゃない」と強い口調で責めてきた。

「ネットじゃなくて、知り合いの医者に聞いたんです」
「じゃあ、その医者の所へいったらいいじゃないか。なんでうちにきたんだ」

 トドメに、医師はそう吐き捨てた。これは本当にショックだった。
 病院という場で、患者であるオレが、医者という立場の人から、叱責を受けるなんて。
 医者だって人間だ。気を悪くされるかな、という予想くらいはしていたけれど、ここまで攻撃的な態度に豹変するとは思わなかった。

 診察室をあとにして、うなだれる。ただ、「彼がたまたま、プライドの高い偏屈な医者だったんだ。そうに違いない。そうでありますように」と願った。

 心は完全に折れていたけれど、まだ帰るわけにはいかない。
 今の診断だけでは、納得できないからだ。幸い、体調も悪くなっていない。時刻は、まだ十一時時半。別の病院の受け付けの締め切りに、ギリギリ間に合う。別の日に出直すとなると、またタクシー代も余計にかかる。今日済ますのがベストなんだ。

 ぼろぼろの心に鞭を打ち、今度は整形外科から比較的近くにある、行ったことのない内科の病院に向かった。
 ここの先生は優しい口調だったが、結局、答えは整形外科の先生と同じだった。

 午後一時すぎに家に帰り着き、自室でベッドに臥せながら、しばし呆然とする。
 二回分の診察代と、三回分のタクシー代で、もうオレの手持ちはたった千七百五円になってしまった。貯金もないのだから、これは相当やばい。

 金も尽きたし、もうしんどい。頑張れない。闘いたくない。傷つきたくない。
 世界中探しても、どこにもオレを救ってくれる医者はいないのかもしれないな。

 そう思った瞬間、脳みそが、勝手に過去を甦らせる。
 医者じゃないけど、マルカさんは熱心だった。

 真剣にあなたを治したい。
 
 あの言葉を思い出しただけで、胸も目頭も熱くなる。

「マルカさん……あんなこと、オレにはもう誰も言ってくれないよ」

 つぶやいた途端、せきを切ったように涙が溢れる。
 なんだよ、今さら。
 まさか、後悔してるんじゃないだろうな。おまえ、どうかしてるぞ。

 ……でも……だって…………こうなったら、思うだろ?
「毎日泣いて過ごすくらいなら、あの新薬を試したほうがましだったんじゃないか」って……

 気がつけば、立ち上がっていた。手の甲で、乱暴に顔を拭う。
 どうするんだ。行く気か、オレ。冗談だろ。あの社長のところに、また……

 ――――――スパンッ!

 前触れもなく、部屋のふすまが勢いよく開いた。
 開かれたふすまの間に、白衣姿の細身の女性が立っている。形の良い美しい瞳が、真っ直ぐオレを見ていた。

 紛れもなく、マルカさんだ。
 
 驚いたけれど、恐怖心はない。それどころか、抱きついてしまいそうになる。会いたい時に会いたい人に会えたような、高揚感に包まれている。

 マルカさんは部屋の中央にいるオレの前まで歩いて来ると、小さく首をかしげた。

「……どうされたのですか? 目が赤いですよ」
「えっ?! べ、別に、なんでも……マ、マルカさんこそ、なんでここに? てか、どっから入ってきたんですか?! 玄関の鍵、閉めてたはずですけど」
「ええ。しかし台所の窓の鍵が開いていましたので、そちらから失礼しました」
「窓っ?!」
「それより風音寺さん、助けて下さい。社長が……社長がっ」

 緊迫を滲ませた形相で、マルカさんがオレの腕を掴む。オレはぎょっとして唾を呑み込んだ。
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