毒と薬の相殺堂

urada shuro

文字の大きさ
24 / 51
第四章

泣き泣き(5)

しおりを挟む
「しゃ、社長がどうしたんですか?! まさか、社長の身になにかっ……」
「社長が……社長が、ずっと拗ねたままなんです!」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」

 しばらく、オレは真顔でマルカさんを見ていた。

 数秒後、はっとする。「とりあえず落ち着きましょう」と声をかけ、部屋の隅にあった座布団をベッドの側に持ってきた。そこへ彼女を座らせ、自分はベッドにもたれるようにしてその前にあぐらをかいた。
 マルカさんはうつむき、暗い顔と声で話し始める。

「……あのとき、わたしはあの場にいませんでしたが、その後君縞先生から当時の状況をうかがいました。社長は風音寺さんから度重なる新薬への不信感を浴びせられ、耐えきれなくなって『もういい』と言ってしまったんだと思います。ああ見えて、繊細な人ですから」
「せ、繊細って……あの人が? あのやりとりだけで……?」
「はい。なんせ、社長にとってあの新薬は、生きる糧のような存在なのです。社長はこれまでの人生で、膨大な時間とお金を薬の研究に捧げてきました。新薬の原料となった植物を見つけてからはさらにそれは加速し、大げさではなく寝る間も惜しんで研究に没頭してきたのです。苦労して作り上げた薬ですから、それを否定されたのが耐え難かったのでしょう。先日、社長が昔、大きな製薬会社の研究者をしていた、ということはお話ししましたよね」
「あ……はい」
「その会社を辞めるきっかけになったのが、社長のお父様のご病気でした。重い病気に侵されたお父様は、治療薬の副作用に苦しみ、やがて治療を拒否されたそうです。その様子を見て、社長は息子として、そして薬の研究者として、大変苦悩したと聞いています。お父様の回復の見込みはなく、社長は努めていた企業を辞職し、相殺堂を継ぎました。そして、副作用のない薬を作るため、研究に没頭し始めたのです。副作用のない薬というものは、存在しません。それでも、社長は開発を目指しました。残念ながら、薬の完成を待たずお父様はお亡くなりになられましたが……社長の想いはあのころから変わっていません。今でも、あの時の副作用に苦しむお父様の姿と向き合っているのでしょう」

 なんと言ったらいいか、わからなかった。あの社長に、そんな事情があったなんて。
 マルカさん、この期に及んで嘘なんかつかないよな? こういう嘘で泣き落とすなら、もっと早くやってるだろうし……

 なんだよ、今さら。見る目が変わってしまうじゃないか。

「……でも、あの新薬って確か、『薬の効果をなくす薬』だって言ってませんでした?」
「ええ。ある日偶然、新薬の原料となったあの植物を庭で見つけた社長は、その植物の研究をはじめました。もちろん、副作用のない薬の原料になり得たら、と思ったからです。しかし研究を進めるうち、その植物の毒の成分がある効果を表す可能性を発見しました。その後研究続け、できあがったのがあの新薬なのです」
「じゃあ、社長としては、目的としてない薬ができてしまったってこと?」
「そう……でもないのかもしれません。社長が途中で開発をやめなかったのには、理由があります。通常、薬の副作用というのは、原因となる薬の使用を停止すればなくなります。ですが、中には停止しても症状が出続けたり、時間が経ってから症状が出るケースも確かにあるのです」
「あ。それ、前に君縞さんから聞いたことがあります」
「もちろん、社長はそのことをご存知です。ですから、そういったことに苦しんでいる人を救えたらという思いに駆られ、新薬を完成までこぎつけたのだと思います」
「……そこでたまたま出会ったのが、オレってことですか?」
「その通りです、風音寺さん。新薬の完成後、社長は薬を使ってもらえる相手を探し始め、わたしがあなたを見つけ、そしてあなたが奇遇にも該当者だとわかりました。その時、社長は本当に、本当に喜んでいたのです。感情表現が独特なので伝わらなかったかもしれませんが、社長は誰よりも、風音寺さんの症状を治してあげたいと思っていたのは間違いありません」

 オレは黙り込んだ。

 昨日、薬についてネットで調べた時、「臨床試験」というものの内容を知った。いわゆる「難病」と呼ばれる病に侵され、その病に効果のある新薬を待ち望んでいる患者さんが大勢いることも知った。治験に参加することを、願ってやまない患者さんが大勢いることも知った。

 相殺堂のやり方はどうであれ、オレはその「治験」に選ばれたのと同じようなものなんだ。これが稀な機会であることは、今ならわかる。例えば今回の件が大企業の「治験」であったならば、オレはきっともっと前向きにそれを受けたはずだ。

「それなのに……今はまったくやる気を失くしてしまって……通常の製薬も研究も投げ出してしまったどころか、呑めないお酒まで呑みだして……もう、わたしには見ていられません」
「えっ……?! あ、あの人、そんなことになってるんですか?!」
「風音寺さん。社長が壊れた原因は、間違いなくあなたの言動です。風音寺さんによって失われた誇りは、風音寺さんにしか立ち直らせることはできないと思います」

 オレは僅かに眉をひそめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...