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第四章
泣き泣き(6)
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「……オレに謝ってほしい、ってことですか? それとも、新薬を使えってこと?」
「いいえ。認めてあげて下さい。社長に会い、彼の信念と努力を認めてあげて下さい。もちろん、お礼はさせていただきます」
マルカさんは胸元から白い封筒を出し、オレの前に置いた。多少、厚みがある封筒だ。
「壱百伍拾七万円、小銭を除いたわたしの全財産です。これでどうか、お願いします」
額を畳に擦り付けるように、マルカさんが頭を下げる。突然の土下座に、オレは仰天した。
「ちょちょちょっちょっと! やめて、やめてください、そんな!」
マルカさんの肩を掴み、無理やり頭を上げさせる。上がった顔には、強い眼差しがあった。
「では、なにがお望みですか? わたしにできることなら、なんでもいたします」
上目で懇願する瞳が、潤んで見える。胸が疼く。倒れ込みたくなる。
じゃあ、抱きしめてくれ。
優しく、きつく、傷ついたオレを抱いてくれよ……!
今にも、口から零れ出そうだった。
だけど、強要して抱きしめてもらったって、そこにぬくもりなどないのはわかっている。
オレはマルカさんから手を離し、背筋を伸ばした。彼女の目を見つめる。
「……じゃあ、ひとつだけ聞かせてください。マルカさんは、オレのことどう思ってますか?」
マルカさんも、姿勢を正した。彼女も、じっとオレを見つめている。
「今でも、オレの身体を真剣に治したいと思っていますか?」
「当然です。あの薬と風音寺さんが存在している限り、わたしの想いは変わりません」
「じゃあ、言ってください。オレを、直したいってもう一度」
「わたしは、あなたを真剣に治したいです」
澱みない透き通った大きな声が、全身にぶつかってくる。怒気の色すらうかがえる真面目な視線が、オレを包む。胸の真ん中が――魂が、ふるえた。
オレが欲しかった、あの時と同じ言葉だ。落涙を、奥歯を噛みしめて堪える。
「……社長に、会えますか?」
口にした途端、マルカさんの顔色が明るくなった。嬉しそうに「はい!」と答える。
着替えをし、家を出て、マルカさんの車に乗り込んだ。エンジンをかけ、マルカさんがふり返る。さっきの白い封筒を差し出してきた。
何度か「受け取って下さい」「いいです」のやりとりをくり返し、どうにか諦めてもらった。
本心を言えば、お金はほしい。なんせ、オレは残金千七百五円の男だ。けれど、こんなよくわからない形でこの人から金銭を受け取ることは、さすがにオレにはできない。
それに……オレも、自ら相殺堂へ行こうとしていたところだったんだ。
相殺堂に着いたら、なにを話そう。
なにを言えば、あの社長とわかりあえるんだろう。
考えもまとまらないうちに、こともあろうにオレは体調不良に襲われてしまった。車が目的地に到着したころには、すっかりグロッキー状態だ。
マルカさんに支えられ、奥の部屋へと向かう。薄暗い室内に入った瞬間、オレのつま先が床に転がった缶を蹴飛ばした。
なんで、缶が?
あたりの様子をうかがうと、そこここにチューハイの缶が散らばっている。棚の前には、床にだらしなく座り込んだ社長らしき人物がいた。
それを横目で見ながら、ベッドまで歩く。オレはあえて、社長が見えるように横向きに寝た。
マルカさんが電気を付けると、すっかり変わり果てた社長の姿が明るみに出る。
青白く虚ろな表情で、ぼうっとしていた。やがてオレに気がつき、驚いたように目を見開く。
……おいおい社長。思ったよりもヒドイじゃん。
しかも、オレはオレで、なんなんだこの状態。
こ、こんなはずじゃなかったのにな。気まずいったらない。
オレは細い溜め息を吐いた。
どうせ、今のオレにはまともに話し合えるだけの気力も体力もない。なにか言われる前に、こっちから最小限、伝えたい言葉だけを絞り出した。
「社長……やっぱり、あの薬……使わせてもらってもいいですか……?」
「えっ」
小さく声を上げたのは、マルカさんだ。意外だったのか、目を大きく開いてオレを見ている。
それっきり静寂が訪れた。
しばらくして、くくく……と地を這うような低い笑い声が部屋に響く。
「くくく……はははははははっ! そうだろ! 今ごろ、あの薬の偉大さがわかったか!」
さっきまで死んでいた社長の目はぎらつき、口角が上がりきっている。
うわぁー……まじか。単純すぎない? このオッサン、もう調子に乗ってんだけど……
「社長が……社長が笑った……!」
マルカさんは泣き出しそうな笑顔で、両手で自分を抱き、身体をふるわせていた。
すっと社長が立ち上がる。腰に手を当て、いかにも偉そうな仁王立ちになった。傍らにあった缶が足先に当たり、音を立てて転がっていく。
「仕っ方ねえなぁ、今回だけは許してやる! どうだ、嬉しいかくそガキめ!」
はい、そーですね。そりゃどーも。
頭の中で心のない返事をして、オレは目を閉じた。
このだるささえなければ、もっと言いたいこともあったはずなんだけど……。
「風音寺さん。このご恩は、一生忘れません」
マルカさんの声で、昔話でしか聞いたことのないセリフが聞こえた。
「いいえ。認めてあげて下さい。社長に会い、彼の信念と努力を認めてあげて下さい。もちろん、お礼はさせていただきます」
マルカさんは胸元から白い封筒を出し、オレの前に置いた。多少、厚みがある封筒だ。
「壱百伍拾七万円、小銭を除いたわたしの全財産です。これでどうか、お願いします」
額を畳に擦り付けるように、マルカさんが頭を下げる。突然の土下座に、オレは仰天した。
「ちょちょちょっちょっと! やめて、やめてください、そんな!」
マルカさんの肩を掴み、無理やり頭を上げさせる。上がった顔には、強い眼差しがあった。
「では、なにがお望みですか? わたしにできることなら、なんでもいたします」
上目で懇願する瞳が、潤んで見える。胸が疼く。倒れ込みたくなる。
じゃあ、抱きしめてくれ。
優しく、きつく、傷ついたオレを抱いてくれよ……!
今にも、口から零れ出そうだった。
だけど、強要して抱きしめてもらったって、そこにぬくもりなどないのはわかっている。
オレはマルカさんから手を離し、背筋を伸ばした。彼女の目を見つめる。
「……じゃあ、ひとつだけ聞かせてください。マルカさんは、オレのことどう思ってますか?」
マルカさんも、姿勢を正した。彼女も、じっとオレを見つめている。
「今でも、オレの身体を真剣に治したいと思っていますか?」
「当然です。あの薬と風音寺さんが存在している限り、わたしの想いは変わりません」
「じゃあ、言ってください。オレを、直したいってもう一度」
「わたしは、あなたを真剣に治したいです」
澱みない透き通った大きな声が、全身にぶつかってくる。怒気の色すらうかがえる真面目な視線が、オレを包む。胸の真ん中が――魂が、ふるえた。
オレが欲しかった、あの時と同じ言葉だ。落涙を、奥歯を噛みしめて堪える。
「……社長に、会えますか?」
口にした途端、マルカさんの顔色が明るくなった。嬉しそうに「はい!」と答える。
着替えをし、家を出て、マルカさんの車に乗り込んだ。エンジンをかけ、マルカさんがふり返る。さっきの白い封筒を差し出してきた。
何度か「受け取って下さい」「いいです」のやりとりをくり返し、どうにか諦めてもらった。
本心を言えば、お金はほしい。なんせ、オレは残金千七百五円の男だ。けれど、こんなよくわからない形でこの人から金銭を受け取ることは、さすがにオレにはできない。
それに……オレも、自ら相殺堂へ行こうとしていたところだったんだ。
相殺堂に着いたら、なにを話そう。
なにを言えば、あの社長とわかりあえるんだろう。
考えもまとまらないうちに、こともあろうにオレは体調不良に襲われてしまった。車が目的地に到着したころには、すっかりグロッキー状態だ。
マルカさんに支えられ、奥の部屋へと向かう。薄暗い室内に入った瞬間、オレのつま先が床に転がった缶を蹴飛ばした。
なんで、缶が?
あたりの様子をうかがうと、そこここにチューハイの缶が散らばっている。棚の前には、床にだらしなく座り込んだ社長らしき人物がいた。
それを横目で見ながら、ベッドまで歩く。オレはあえて、社長が見えるように横向きに寝た。
マルカさんが電気を付けると、すっかり変わり果てた社長の姿が明るみに出る。
青白く虚ろな表情で、ぼうっとしていた。やがてオレに気がつき、驚いたように目を見開く。
……おいおい社長。思ったよりもヒドイじゃん。
しかも、オレはオレで、なんなんだこの状態。
こ、こんなはずじゃなかったのにな。気まずいったらない。
オレは細い溜め息を吐いた。
どうせ、今のオレにはまともに話し合えるだけの気力も体力もない。なにか言われる前に、こっちから最小限、伝えたい言葉だけを絞り出した。
「社長……やっぱり、あの薬……使わせてもらってもいいですか……?」
「えっ」
小さく声を上げたのは、マルカさんだ。意外だったのか、目を大きく開いてオレを見ている。
それっきり静寂が訪れた。
しばらくして、くくく……と地を這うような低い笑い声が部屋に響く。
「くくく……はははははははっ! そうだろ! 今ごろ、あの薬の偉大さがわかったか!」
さっきまで死んでいた社長の目はぎらつき、口角が上がりきっている。
うわぁー……まじか。単純すぎない? このオッサン、もう調子に乗ってんだけど……
「社長が……社長が笑った……!」
マルカさんは泣き出しそうな笑顔で、両手で自分を抱き、身体をふるわせていた。
すっと社長が立ち上がる。腰に手を当て、いかにも偉そうな仁王立ちになった。傍らにあった缶が足先に当たり、音を立てて転がっていく。
「仕っ方ねえなぁ、今回だけは許してやる! どうだ、嬉しいかくそガキめ!」
はい、そーですね。そりゃどーも。
頭の中で心のない返事をして、オレは目を閉じた。
このだるささえなければ、もっと言いたいこともあったはずなんだけど……。
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