毒と薬の相殺堂

urada shuro

文字の大きさ
48 / 51
最終章

大丈夫(1)

しおりを挟む




 車を降りた途端、むっとした熱気がまとわりついてくる。一瞬で、クーラーの効いた車内が恋しくなった。

「あっつー……」

 空高くから降り注ぐ強烈な真昼の日差しに、思わず顔をしかめる。明確に「夏」だと言い切れる季節になり、晴天が続くここ最近は、毎日がうだるような暑さだ。天気予報によれば、今日の最高気温は三十三度まで上がるらしい。

 ここにあるのは――相殺堂の庭にあるのは、もう緑だけだった。塀に沿って置かれたプランターにも、花は咲いていない。元気のない葉が点々と取り残されているだけだ。
 ピンクと、白。オレは満開のジギタリスを思い出しながら、頭を下げた。

「こんにちは、風音寺さん」

 聞こえた声のほうへ、ふり返る。玄関先に、日傘をさしたマルカさんが立っていた。

「あれ、マルカさん! なにしてるんですか、暑いのに外で」

 オレは車の鍵を閉め、手で日差しをさえぎりながら、マルカさんのもとへと向かった。マルカさんは、日傘をたたみはじめている。例にもれず、彼女は本日も白衣姿だ。

「今日は、風音寺さんがはじめて車でいらっしゃる日なので……気になって、ここで待っていました。無事に到着されて、なによりです」
「えっ、まじで? ありがとうございます、心配してもらって……でも暑いし、早く中に入ったほうがいいですよ。日焼けしちゃうし」

 マルカさんの手で、玄関のドアが開かれた。どこかの部屋から漏れた冷気が、すっと流れ出してくる。
 彼女のあとに続き、オレも相殺堂の廊下を進んだ。炎天下の庭とは違い、クーラーのない廊下でも涼しく感じる。

「道中、体調はいかがでしたか。久々の運転となれば、緊張もしたでしょう」
「いや、楽しかったですよ。最近、家の近所で練習はしてたんです。家族に同乗してもらって、家から一番近いファミレスまで行ってみたりとか。自分の車がないから、母親のを借りてるっていうのが、恥ずかしいっちゃ恥ずかしいですけどね。運転中、体調も問題なかったです」
「そうですか。それなら、よかったです。駐車、お上手でしたね。相殺堂の庭は前の道路が狭いですし、わりと停めにくいんですよ。しかも、今はわたしの車も置いてありますし……それなのに、一度切り返しただけできれいにおさめるなんて、お見事でした」
「えーっ、ホントにぃ? そこまで言われると、なんか照れるけど……オレ、結構バック得意なんですよ」

 廊下の真ん中あたりまで歩いたところで、キッチンのドアが荒っぽく開いた。
 そのドアは、今まさにオレの真横にある。突然のことに、オレの身体は小さく跳ねた。

 現れたのは、裾の長い白衣を羽織った社長だ。眉をつり上げ、オレを睨みつけている。

「自惚れるな、クソガキ! 女に自らテクニックを自慢するなんざ、実力が伴ってねえ証だ。いいか。相手あっての行為だ、思い上がるんじゃねえ。みんながみんな、後背位が好きなわけじゃねえからな!」
「……はっ?! 後背ぃ……って、なんの話?!」
「とぼけるな! 性行為の話してたのは、おまえだろ!」
「車の話です!! 日常会話でマルカさんにそんな自慢してたら、オレ頭おかしいでしょ! ほんとに相変わらず……すぐそっちに持っていくの、やめてくださいよ!」
「あぁ?! どの口で、そんなこと言ってやがる! 俺と弓枝木を変な関係だと勘違いしてたのは、どこのどいつだ?!」

 社長の手が、俺の頬をつねる。

「痛っ! は、放しっ……で、でも、あれはしょうがなくないすか? 誰も教えてくれなかったし、社長、マルカさんのこと苗字で呼んでるし、そもそも苗字も違うしっ……」
「しつっけえなあ! 前にも説明してやったじゃねーか。仕事上なれ合わねえように、あえて苗字で呼んでんだ。俺とこいつの母ちゃんは大昔に離婚してんだから、向こうに引き取られたこいつの苗字が俺と違ってもなんもおかしくねーだろ!」

 オレにとって、それはあとから聞いた話だ。
 それに、三回目の投薬の翌日、奥の部屋で見た光景が鮮烈だったんだもん。

 相殺堂の奥の部屋で、薄暗い中、マルカさんが落ち込んだ社長を抱き締めていた。
 それを見て、オレはてっきり、恋人同士だったんだと思い込んでしまったんだ。
 でも、実際は親子愛。年頃の娘が、父親を抱き締めていたってことなんだよな。
 言われてみれば、あの時のマルカさんは、母性ようなものが見て取れた気がしないでもないけど……

 ただ、あれを目撃して、すぐに「あ、このふたり親子なんだ」とは思えなくない?
 わが家に置きかえれば、奏が父さんを抱き締めるってことだぞ。そんなの、まず想像できないよ。よっぽど、なにかない限り、有り得ない光景でしょ。

 まあ、社長とマルカさんの場合、その「よっぽど」が起きてしまったから、ああなったんだとは思うけどさぁ。

 社長は「はん」と鼻を鳴らし、オレの頬から手を離した。腕を組み、顎と口角を上げる。

「だいたい、わざわざ言わなくても見りゃわかるだろーが。そっくりだろ、顔が!」
「似てません!」
「とにかく、おまえが俺の生殖活動に口出しする道理はない!」
「はあっ?! 誰もしてないです、そんなこと! また話が変わって」

 ――バシャン!

 大きな音と共に、突然、上半身にぬるい水の塊がぶつかってきた。
 オレは面食らい、頭のなかが「無」になる。それは目の前にいる社長も同様で、ずぶ濡れの顔で静止していた。

「聞くに堪えられません。不毛な言い争いは、時間の無駄です」

 開け放たれた洗面所のドアの前に立つマルカさんが、吐き捨てる。手に持った大きなバケツからは、水が滴っていた。

「弓枝木、てめえ!」
「マルカさん、ひどい」

 社長とオレの声が被る。
 口を塞ぐように、今度はバスタオルが投げつけられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...