朝餉添えの贄

琴里 美海

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第壱話

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 今は昔、小さな集落がありました。私が住んでいた集落です。
 この集落にはとある言い伝えが昔からあって、それを集落に住む人達はずっと信じていました。その言い伝えはこうです。

 災厄が続いたならば、村に生まれた異形の子を生贄に捧げ、神の朝餉として食してもらい、その怒りを鎮めてもらう。そうする事でその災厄から逃れる事が出来るだろう。と。

 異形の子なら何でも良い。例えば指が一本多かったり、例えば目の色が違ったり、例えば容姿が他の者と完全に違う。人と違う所があればどんな子だって良かった。
 私はそれに丁度当て嵌まった。
 元々私には親がおらず、異論を唱える人は誰もいなかった。でもそれで良いじゃないですか。私が生贄になればこの村は、村に訪れる災厄は消え、村に住む人達は皆助かるんだから。
 ずっと要らないと言われ続けてきた私が、こうして役に立つ事が出来るんだから、これはとっても名誉な事。そう信じて疑わなかった。

 生贄を捧げる為の社に連れて来られて、私はお香を嗅がされた。段々と眠くなって私はその場に寝転がった。
 次に目を覚ました時、私は一体どんな景色を見ているのか。
 神様の食卓の上に乗せられているのかな。だとしたら神様の姿を見る事が出来るのかもしれない。自分を食べてくれる神様を…………
 そんな事を考えながら私は眠った。

 目を覚ました時、私は柔らかな布団の上に寝かされていた。
 私は社に閉じ込められた筈なのに、どうして此処に居るんだろう。それに此処は何処?こんな所私は知らない。

「何処、此処。」
「起きたか?」

 声を掛けられると私は声の聞こえた方を向いた。其処には赤や橙色の髪をした男性が立っていた。
 布を投げて来ると私の頭に掛かった。
 すぐに布を取って見てみると、それはとても綺麗な服だった。

「これは…………」
「お前の服ボロボロだから変えろ。後汚れてっから風呂入れ。」
「え、え?」

 この訳の分からない状況を説明してくれるでもなく、困惑している私を放置してその人は部屋を出て行ってしまった。
 改めて服を見ると、やっぱり綺麗な、上質な着物。

「こんなの、私が着て良いのかな。」
「良いから渡してんだよ。」

 私の独り言に対して、まだ部屋の前にいたらしいあの男の人がそう言ってきた。正直初めて会った人にそんな事を言われて容易に信じる事は出来ないけど、でも今は一応言う事を聞いておく事にした。
 まだ着替えずに、私は服を手に持って部屋を出た。やっぱり男の人が立っていた。

「あの、お風呂って…………」
「おう、こっちだ。」

 そう言って歩き出した男の人の後ろを付いて行った。

 見た事が無い豪華なお風呂場に来て、私は色々と驚いていた。

「こんなに広いなんて……………」
「ほれ、早く入っちまえ。」

 そう急かされて私はすぐに今着ている服を脱ごうとすると、男の人に止められた。

「おまっ!!何で目の前で脱いでんだよ!!」
「?」

 如何してこの人が困っているのか分からなかった。
 男の人が出て行った後でやっと脱いで、置いてある桶を使って、浴槽に溜まっているお湯を頭から掛けた。

(暖かい。)

 髪の毛を伝って、毛先からポタポタと落ちるお湯を見て、あの村での事を思い出していた。

「お前がお湯なんて図々しい!!水で充分だろう!!」

 そう言って真冬に水を掛けられたのが懐かしい。あの後手足や髪が凍って大変だったのを覚えてる。あの時凍え死にしなかったのが不思議で仕方無いけど。
 お湯に手を入れてから、足を入れて肩まで浸かった。
 じんわりと体の奥まで少しずつ温かくなっていくと、私は目を瞑った。
 あの人は一体何者なんだろう。別に悪い人じゃないって事は分かる。でも私は神様に食べてもらう為にあの社に連れて行かれた。それであの人が私の前に現れたって事は、あの人が神様?
 考えても分からないから私は一度お風呂から出る事にした。

 あの綺麗な服を着て、私はあの男の人の前に立った。

「お、出たか。」
「あの、貴方は一体何者なんですか?」

 私の質問に対して男の人は首を傾げた。如何してそんな少し驚いた、でも悲しそうな顔で私を見るの?

「…………俺は暁光ぎょうこう。お前を此処に連れて来た張本人だ。」
「じゃあ貴方が神様?」
「いいや、俺はお前が思ってる様な神様じゃねぇよ。」
「え、ならどうして私を此処に連れて来たんですか?私、神様に食べてもらわないといけないのに……………」

 そうしないと村の人達が助からない。私の存在価値が、意義が無くなってしまう。
 私がそう言うと暁光さんは私に近付いて来て手を思い切り引っ張ってきた。

「馬鹿かお前、其れをさせないようにする為に連れて来たんだろ。」
「なっ!!」

 私は慌てて手を振り解いて逃げようと走ると、すぐに追い付かれて床に倒されてしまった。

「何処行こうってんだよ。」
「か、帰ります!!そうじゃないと私の生きている価値が無くなっちゃう!!」

 やっと与えられた価値なのに、こんな理由で失いたくない。
 私の考えなんて思い切り無視して暁光さんは私の腕を掴んでずるずると引き摺って行った。
 最初に目を覚ました部屋に連れて行かれると、すぐに足枷を付けられてしまった。

「え!?」

 鎖で壁に繋げて暁光さんは部屋を出て行ってしまった。
 すぐに枷を外そうとしても、頑丈な枷を外す事が出来なかった。

「何でこんな事するんですか!!」
「お前がすぐに逃げようとするからだ。」
「当たり前じゃないですか!!!」
「お前にとっての当たり前が他の奴の当たり前だと思うなよ。」

 そう言って暁光さんは歩いて行ってしまった。
 名前を呼んでも暁光さんは戻って来なかった。
 如何してこんな事になっちゃったの。如何して私は此処に連れて来られたの。早く行かないと、早く……………
 私の思いと違って今私の願いを叶えてくれない状況が目の前に広がっている。
 これから出られない、何が起きるのか分からない事が怖くて仕方が無い。何処かも分からない場所に誰かが助けに来てくれるのかな。
 ぎゅっと手を握って、部屋の中で震えていた。

 あいつを助けたかったのに、助けたかっただけだったのに、どうしてこんな方法しか出来なかったんだろ。
 そうじゃねぇのに。
 思った様に成らない、出来ないもどかしさで俺は思い切り頭を掻いた。あいつを傷付けたい訳じゃないのに、結果としてこうなった。

「にしても、まぁそりゃ忘れるよな。」

 そもそも人の世の存在じゃ無い俺を、人が覚えていられる訳が無いし、そもそもまだあいつが幼い時にちょっと会ってたくらいだから、忘れて当たり前か。
 其れはどうでも良いとして、あいつ随分暗い顔するようになったな。

「私の生きている価値が無くなっちゃう!!」

 悲しそうな顔してそう言ってたな。
 死ぬ事で生きてる価値が立証されるんなら、其れは価値じゃねぇよ。
 其れを今のあいつに伝えたとして、果たしてあいつの心に届くんだろうか。いや、届かねぇだろうな。
 あの村でどんな生活送ってたか俺には分からない。だけど碌な生活じゃなかったってのはあいつの顔見りゃ良く分かる。

「助けてやりてぇな……………」

 考えただけで出来たら多分もうやってる。出来ない理由はあの村にある。
 あの村にはとある神が住み付いてる。それはまぁ勿論厄神だけどな。
 その厄神があの村に災厄を起こした。その結果としてあいつが生贄としてあの社に閉じ込められた。あ?俺が何であいつを見付けたか?ずっと傍にいたからに決まってんだろ。
 これでも誰よりもあいつの事知ってんだよ。自称でも何でもねぇからな。
 あいつは覚えて無くても、俺はあいつを覚えてるんだよ。

 ずっと、あの時からずっと。
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