炎陽の下吹く恵風

第壱拾弐話

　訳も分からずに走り続けていたら、気が付いたら夜になっていた。
　此処は森のどの辺りなんだろうか。いや、そんな事は如何だって良い、問題なのはあたいのこの姿だ。あの鏡ってのに映ったあたいの姿は、間違い無く人間の姿だった。
　確かに母さんと姿が違うとは思ってた。何故か二本足で歩けると疑問に思った事も無かった訳じゃ無い。だけど、だけどだ、大嫌いな人間だったって知った時、あたいは如何したら良いんだよ。

（嘘なら嘘だって誰か言ってくれ、あれが夢なら覚めてくれ。）

　いや、よく考えろあたい、何時も水浴びしてただろ、如何してその時に気付かなかった。いや駄目だ、川の水は常に動いてるから、水面に映った自分がどんな姿をしてるのか、正直綺麗に見えないから分からない。
　我ながら馬鹿だとは思う。

　いや待てよ、なら如何して母さんはあたいの事を拾って育ててくれたんだ?母さんはあたい以上の人間嫌いの筈だろ?

　あたいは木の根元で丸まった。自分が人間だって分かった今、母さん達の所に帰れない。帰って良いと言われたとしても、そもそも此処が森のどの辺りなのかも分からない。下手に動き回ったら夜の森の寒さでやられて死ぬ。
　取り敢えず寒さを凌ぐ為に丸くなっていよう。そう思った時だった。

　がさっ、っと木の葉を踏む音が聞こえた。

　あたいはすぐに顔を上げると、遠くの方に灯りが見える。そんな物を持ち歩くのは人間くらいだ。
　取り敢えず気付かれない様に灯りのある方とは反対方向に逃げた。

　夜も更けていく。このまま動き回ったら本当に死にかねない。取り敢えず適当な寝床を見付けよう。その辺の穴とかに入って、それで寝よう。
　何とも間の良い事に、近くの木の根の辺りに、良い感じの穴が空いていたから、其処に入る事にした。嬉しい事に此処は特に何かの巣穴って訳じゃなく、自然に出来た穴の様だった。と言う訳で、此処が今日の寝床。

　丸くなってあたいは暫く考えた。この先あたいは如何しよう。人間嫌いのくせに人間だったなんて、こんな、この何て言い表したら良いのか分からない気持ちをずっと持ったまま生きていかなきゃいけないなんて。

　色々と難しい事は明日考えよう。そう思ってあたいは目を瞑った。