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たくさんの知らないこと
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しおりを挟むそして、来たる週末。インターホンの音に玄関扉を開ければ、そこに立っていたのは美代さんと――何故か隣には、黒瀬くんもいる。
「……何で黒瀬くんがいるの?」
「私が到着した時には、もうアパートの前に立ってたのよ」
「だって、美代さんばっかりするいだろ? 俺も百合子さんと過ごしたいし」
黒瀬くんは、私と美代さんから訝し気な視線を受けても悪びれた様子もなく微笑んでいる。
「大丈夫。俺、キッチンには入らないようにするから」
「まぁ……それならいいけど」
私と美代さんがキッチンに向かえば、黒瀬くんは宣言通りにリビングのソファに腰を下ろした。一緒に過ごしたいって言ってたけど、それじゃああまり意味がないんじゃないかな? なんて思ってしまうけど――黒瀬くんが考えていることは、たまによく分からない。
私が黒瀬くんの行動を不思議に思っていることに気づいたのか、美代さんは手を洗いながら、リビングの方を一瞥して小さな溜息を漏らした。
「椿のやつ、私が戸籍上の性別は男だから……百合子ちゃんと二人きりの空間が心配だったんじゃないの?」
「心配、ですか?」
「多分だけどね。……あっ、一応言っておくけど、私が百合子ちゃんに対して性的な感情を抱くことなんて、今すぐ世界が滅亡する確率以上に、ぜっったいに有り得ないから。安心してちょうだいね」
「は、はい」
――そこまで強く否定されると、私って魅力がないのかなとか……女としては如何なものかとへこみそうにもなるんだけど……まぁ、美代さんは私を安心させるために言ってくれたのだと深くは考えないことにして、気持ちを切り替える。
「わ、美代さん、オシャレなエプロンですね」
「でしょ? 今日のために買ったのよ」
美代さんは、前の方にリボンの結び目が見える形の黒のリネンエプロンを身に付けて、その場でくるりと回って見せてくれた。いつもは下ろしている栗色の髪の毛も、今日は後ろでアップに纏められている。誰が見たって、綺麗さと可愛さを兼ね備えた見目麗しいお姉さんにしか思えないだろう。
「これ、材料は用意してきたからね」
「ありがとうございます」
今日作るものは、美代さんと相談して事前に決めていた。比較的簡単に作れるトリュフと、生チョコのケーキを作ることにしたのだ。美代さんが買ってきてくれた材料を一緒に確認してから、早速お菓子作りに取り掛かる。
まずはチョコレートを刻んで湯煎で溶かすところから――なんだけど。
「み、美代さん、ちょっと待ってください!」
「何よ?」
「それ……何をしようとしてるんですか?」
「何って……チョコを溶かすんでしょ?」
美代さんは“当然でしょ”と言わんばかりの表情で、熱湯の中にチョコレートのかたまりを投入しようとしている。
――うん。これは、しっかり丁寧に説明しながら進めないと。
「美代さん、まずチョコを溶かすには……」
一緒にレシピを見ながら、ガナッシュ用のチョコを刻んで、生クリームを鍋に入れて温めて、チョコレートを混ぜ合わせて、手のひらで丸めて……と手順通りに作業を進めていく。
手を動かしながらも、この前一緒に買い物に行った際に気になったことを、この際にと質問してみることにした。
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