逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

文字の大きさ
77 / 190
たくさんの知らないこと

2

しおりを挟む


「百合子さん、いらっしゃい」
「あ、黒瀬くん」
「俺、百合子さんの手作りが良いな」
「……え?」
「バレンタインの話、してたでしょ。俺、百合子さんの手作りがほしい。……だめ?」
「いや、だめじゃないけど……」

 ――でも黒瀬くん、手作りは嫌なんじゃないの?

 そう思ってチラリと隣に座る美代さんに視線を送れば、美代さんは何食わぬ顔でカクテルを飲んでいる。

「……ちょっと美代さん。百合子さんに適当な嘘吐かないでくれる?」
「何よ、嘘なんて教えてないけど? 前は手作り、嫌だって言ってたじゃない」
「それは昔の話だろ。百合子さんの手作りなんて、むしろ食べたいに決まってるじゃん」
「ああ、はいはい。惚気たいなら他所でやってくれる?」

 バチバチと火花を散らす二人は、笑顔のはずなのに、やっぱり目が笑っていない。

「あ、あの。美代さんはチョコレート、作ったりされるんですか?」
「ううん、この人に料理は無理だと思う」

 空気を換えようと質問すれば、美代さんの代わりに黒瀬くんが答える。黒瀬くんの返答に、美代さんは唇をツンと尖らせて、拗ねたような表情になった。

「何よ、私だって、本気を出せばチョコくらい……」

 ――美代さんの反応を見る限り、どうやら黒瀬くんの言うことは事実のようだ。

「美代さん。あの……よければ一緒に作りませんか?」
「え?」
「チョコです。美代さん、皇さんに渡すんですよね?」
「なっ……ま、まぁね。普段お世話になってるし?」

 美代さんは頬を薄っすら赤くしている。……恋する乙女だ。可愛いなぁと微笑んでいれば、美代さんにジロリと睨まれてしまった。

「……しょうがないから、百合子ちゃんと一緒に作ってあげるわ!」
「ふふ、はい。それじゃあ週末、家にきますか?」
「百合子ちゃんの家に? ……いいわよ。それじゃあ材料は私が買っていくわね」
「いいんですか? ……ありがとうございます。それじゃあ何を作るか、ざっくり決めちゃいましょうか」

 美代さんとスマホでレシピを検索して眺めていれば、黙ったままの黒瀬くんが、何故かにこにこと楽しそうに笑っていることに気づく。

「黒瀬くん……何だか楽しそうだね?」
「うん。だって俺のためのチョコレートを考えてくれてるんだよね?」
「それは、まぁ……そうだね」
「楽しみだなぁ」

 黒瀬くんからにこにこと満面の笑みで見つめられてそっと視線を逸らせば、視線の先にいた美代さんが口角を持ち上げて、挑発じみた微笑を浮かべているのが目に映る。

「まぁ、それは慎二さんのためのものでもあるから……椿のためだけじゃないのよ? そこのところ、勘違いしないでよね?」
「……はあ? 百合子さんのチョコは俺だけのものだから」
「そんなの無理よ。百合子ちゃんが一緒に作ってくれなきゃ、私一人で作れるわけないじゃない」
「……やっぱり一緒に作るの止めなよ。百合子さん、一人で作ることにしない?」
「ふっ、残念ね。もう決まったことなの」

 ――また始まった。この二人は本当に、仲が良いのか悪いのかよく分からないな。

 睨み合う二人は放っておくことにした私は、美代さんでも作れそうな、比較的簡単なチョコレート菓子のレシピを片っ端からブクマすることにしたのだった。

 ――美代さんと一緒に、満足のいくものが作れたらという気持ちはもちろん……初めてのバレンタインだし、黒瀬くんに美味しいって喜んでもらえるように、頑張りたいな。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Bravissima!

葉月 まい
恋愛
トラウマに悩む天才ピアニストと 俺様キャラの御曹司 かつ若きコンサートマスター 過去を乗り越え 互いに寄り添い いつしか最高のパートナーとなる 『Bravissima!俺の女神』 ゚・*:.。♡。.:*・゜゚・*:.。♡。.:*・゜ 過去のトラウマから舞台に立つのが怖い芽衣は如月フィルのコンマス、聖の伴奏ピアニストを務めることに。 互いの音に寄り添い、支え合い、いつしか芽衣は過去を乗り超えていく。 ✧♫•・*¨*•.♡。.:登場人物:.。♡.•*¨*・•♫✧ 木村 芽衣(22歳) …音大ピアノ科4年生 如月 聖(27歳) …ヴァイオリニスト・如月フィルコンサートマスター 高瀬 公平(27歳) …如月フィル事務局長

好きだから傍に居たい

麻沙綺
恋愛
前作「ヒ・ミ・ツ~許嫁は兄の親友~(旧:遠回りして気付いた想い)」の続編です。 突如として沸いた結婚話から学校でのいざこざ等です。 まぁ、見てやってください。 ※なろうさんにもあげてあります。

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

甘い年下、うざい元カレ

有山レイ
恋愛
会社のイベントで年上の OL が酔払い、若いインターンと一夜の関係になった。偶然、翌日には嫌いな元彼が突然現れた。

工場夜景

藤谷 郁
恋愛
結婚相談所で出会った彼は、港の製鉄所で働く年下の青年。年齢も年収も関係なく、顔立ちだけで選んだ相手だった――仕事一筋の堅物女、松平未樹。彼女は32歳の冬、初めての恋を経験する。

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻
恋愛
 桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。  父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。  理由は多額の結納金を手に入れるため。  相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。  放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。  地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。  

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

処理中です...