勇者のいない世界で

玄城 克博

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Ⅰ Brave

1-4 報酬

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 佐久間謳歌。

 記憶の限りでは最も昔からの友人である彼女を魔王と呼ぶ度、俺の脳裏には全てのきっかけとなった幼い日の記憶が浮かぶ。

 絵本だかアニメだか、元が何だったかまで覚えてはいないが、俺達、まだ二人だった俺と謳歌は、いわゆるファンタジー、勇者と魔王の世界観というものを知ってしまった。

 だが、二人での遊びは、当然どちらかが勇者でどちらかが魔王にならなければ遊びとして成立しない。その上、俺達は二人共が勇者役を希望していた。

 だが、当然のようにしばらく揉めた後、俺の思いついた言葉遊びで、その後の俺達の遊びの方向性は決まっていく事になる。

 佐久間謳歌。ひらがなにすると、さく『まおう』か。名前に『魔王』が含まれているというだけの理由に、なぜか当時の謳歌は説得されてしまったのだ。

「――わざわざ魔王さまが顔を出すなんて、随分と珍しいな」

「流石に少し説明しておこうかなーって思ってね」

 そして、謳歌が魔王であるという部分は今、この『ゲーム』においてすらまだ適用されている。最も強い力を持ち、実質的にゲームマスターとも呼べる謳歌ならば、この状況について理解していてもおかしくはない。

「まぁ、あんまり何を言っていいのかとかよくわかんないんだけどね」

 もっとも、謳歌がまともに物事を考えているのならば、だが。

「私から言える事は二つ。まず一つは、その子に財布を返してあげてほしいって事」

 わざわざ言われなくても、俺に持ち主の目の前でしれっと財布を持ち帰る事ができるほどの面の皮の厚さはない。

「はい、どうぞ」

「えっと、どうも?」

 何の説明もなく財布を手渡すと、少女は不思議そうにしながらも受け取った。

「それで、代わりって言っちゃあれだけど、その子自体が今回の勝利報酬だから」

「は?」

 謳歌の言葉の意味がよくわからない。少女自身が報酬とは、つまり身体を好きにしても良いという事だろうか。

「だから、倒した敵が味方になるっていう王道展開だよ。ほら、仲間にしてほしそうな目で見てるでしょ?」

 少女の目には困惑しか無いように見えるが、俺より少女について詳しいだろう謳歌が言うならば、もしかしたらそうなのかもしれない。

「つまり、この子は身体を重ねる事で寂しさを埋めようとしているって事でいいのか?」

「うーん……よくわかんないけど、宗耶がそう言うならそうなのかな?」

「そうか、ありがとう。最高の贈り物だ」

「うん、喜んでくれたなら私も嬉しいよ!」

 ツッコミ不在の会話は不毛に過ぎた。冗談としてオチをつけてくれる存在がいないせいで、少女からも本気で警戒されかねない。謳歌の目論見通り、これから少女が俺達の仲間に加わるのであれば、関係性の悪化は喜ばしくない。

「それで、二つ目とは?」

 やっと口を挟んでくれたツッコミ担当の声が、一閃の矢のように鋭く謳歌へと飛ぶ。

「ああ、二つ目かぁ。……もう二つとも言っちゃった」

 てへっ、とばかりに頭を叩く謳歌は、おどけてはいるが嘘をついているわけではない。

「そうか、じゃあ散れ」

 そんな謳歌への由実からの返事は、極大の光の矢だった。

「うわっ、危ないなぁ」

 一閃、腹部を貫いた光の矢に、どういった理屈か謳歌の虚像は文字通り四散する。

「まぁ、伝えたい事は全部伝えたからとりあえずはいいかな。他に聞きたい事とかあったら、その子に聞いて……」

 虚像が矢に貫かれようと、謳歌の本体にダメージは無い。だが、伝達装置であるそれが消えた事により謳歌の声は細く小さくなり、最後には囁くような音量になって消えた。

「去ったか」

 像の消えた虚空を少しの間睨んだ後、腕を下ろした由実の視線は、その鋭さを保ったまま俺へと向けられる。

「やっぱり、この子は好きにして良かったっぽいな」

「お前というやつは、本当に――」

 怒りに怒りが足され、由実の口からは言葉が出ない。

「まぁ、そう怒るなって。この子が怖がってるじゃないか」

「……あぁ、そうだな。すまない」

 謳歌の置き土産である少女に視線を移すと、やはりどこか怯えたような表情を浮かべている。その中には俺に対してのものも少なくないだろうが、そんな少女の表情を見て由実は冷静さを取り戻してくれたようだ。

「詳しい話は後にするとして、だな」

 少女へと向き直った由実の顔は、似合わない作り笑いを浮かべていた。

「とりあえず、まずは奥光学園へようこそ、とでも言っておこうか」
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