勇者のいない世界で

玄城 克博

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Ⅲ Archer

3-6 デート

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「宗耶さん、その……」

 椿が言い難そうにそう切り出したのは、治療を終えた俺と椿が校舎を出て、少し経った頃だった。

「ん、どうした?」

「その、ですね……つまり、えっと、今日はこれからお暇ですか?」

「まぁ、特に用事は無いけど」

 椿の質問の意図が今一つ理解できない。デートの誘いでもしようというのだろうか。

「それなら、ですね。これから私と一緒にお買い物に行きませんか?」

 当たっていた。ポジティブシンキングも中々どうして悪くない。椿が相手では、特にその傾向が強かった。

「うん、そうだな。クリスマスじゃないのは残念だけど、軽くデートと洒落込もうか」

「えっ、その、本当にデートでいいんですか?」

 自分から提案しておいて、椿は驚いたように聞き返してくる。

「残念ながら、椿みたいなかわいい子に誘われて断れるほど恵まれた環境にはないです」

「か、かわいいなんて……そもそも、宗耶さんの周りには私なんかより素敵な人がいっぱいいるじゃないですか」

 一度は照れて見せたものの、すぐに椿は自信無さ気に項垂れる。

「白岡さんは優しくって美人ですし、藍沢さんも元気でとってもかわいいです。それに何より、宗耶さんには白樺さんがいますし……」

 椿は俺の周り、と言うよりも生徒会の面々の名を上げていく。

「いや、そりゃあ白岡も藍沢も見た目はいいけど、デートするような仲じゃないから」

「白樺さんはどうなんですか?」

「だから、由実は幼馴染だよ。仲はいいし二人で出掛ける事もあるけど、別にそれだけ」

「そういうものですか……」

「まぁ、俺もそういうものとしか言えないかな」

 何度説明しても、やはり椿は俺と由実の関係に納得がいかないようだった。実際、俺としてもそこは上手く説明できない。お互いに異性として見ていないわけでもないが、それでも俺達の関係は今のところ幼馴染だった。

「そんな事より、何を買いに行きたいんだ?」

 面倒になりかけた話を、とりあえず本題に戻す。

「あ、そうですね。指輪、は流石にちょっと違うから……靴下、もあれは別だし。手袋とかですかね?」

「ですかね、って言われてもわかんないけど」

 今一つはっきりしない返事に首を傾げる。わざわざ買い物と言ったからには何か欲しいものがあるのかと思ったのだが。

「すいません、できるだけお時間を取らせないように頑張りますので」

「いや、どうせ暇だから何でもいいんだけどね」

 律義に頭を下げる椿に、どこか違和感のようなものを感じないでもなかった。




 女の買い物は長い、とは良く言われる事だ。だがそれは、幼少期から女友達に囲まれていた俺には十分わかっている、そのはずだった。

「……椿、まだ?」

「すいません! あと少し、えっと、やっぱりあっちの方が、でもこっちも……」

 謝られてしまうのがわかっていながらも、口からは催促の言葉が漏れる。

 ファミレスで軽く昼食を終えたのが十二時過ぎ。それから日が沈むまでの時間で、学校傍のショッピングモールから、家を挟んで逆方向にあるデパートの中の小物屋まで見て回ってなお、椿はまだ何一つ購入してはいなかった。

「……よし、もう決めました!」

 催促が効いたのか、やがて椿は大きく頭を振った後に俺へと振り向く。

「こっちの手袋とこっちの時計、どっちがいいですか?」

 椿は右手に持った茶色と白の温かそうな手袋と、左手の木製の小さな置時計の二つを俺の目の前に差し出すと、交互に持ち上げて見せる。

「どっちがいい、と言われても……手袋と時計を比べるのって難しいな」

 まったく別の用途の二つのものを比べた場合、結局はどちらが欲しいのかという話になるのだろうが、それを俺に聞かれてもわかるわけもない。

「そうなんです。どうしても決められないので、宗耶さんの欲しい方を選んでもらおうかと思いまして」

 しかし、続いたどこか悔しそうな椿の言葉でやっと質問の意図を理解する。

「ん? 俺の欲しい方って、もしかして?」

「はい、宗耶さんへのクリスマスプレゼントを買おうと思ったんですけど……」

 俺へのプレゼントならば、たしかに俺に聞くのが最も手っ取り早い。

 実際にこれまでもそれとなく俺の様子を窺っていた気もするが、今の今までその意図をはっきりさせなかったのはサプライズ的に手渡したかったからか。だとすれば、結果として俺に最後の選択をゆだねる事になってしまったのは本意でないのかもしれない。

「それなら……そうだな、こっちかな」

 少しだけ迷い、時計の方を指さす。家族の引っ越しで時計を持って行かれて以降、家にはまともな時計が無い。リビングにでも置いておくのもいいだろう。

「そうですか! じゃあちょっと待ってて下さい、今買ってきますから」

 何故だか少し嬉しそうに小走りでレジへと向かう椿、その後ろ姿をただ見送る。

「プレゼント、か」

 すっかり忘れていた。

 明日がクリスマスだという事は嫌というほどわかっていたはずなのに、プレゼントに関しては完全に意識すらしていなかった。そこまで考える余裕が無かったのかもしれない。

 思えば、ここ数日はいろいろとあった。所詮は間隔の長い遊びでしかなかった『ゲーム』のそれとも違った、どこか非日常の落ち着かない日々。その中で謳歌や由実との問題まで抱えていた俺は、心身共に普段とはほど遠い状態に置かれていたのだろう。

 しかし、それは椿も同じ、いやむしろ俺など比べ物にならないほど普段通りの日常からは引き離されていると言っていい。それでもプレゼントについて考えを向けられるくらいの平常心を保っている椿は、芯が強いのかそれともどこか抜けているのか。

「お待たせしました、宗耶さん」

 会計を終えた椿がやたらと豪華にラッピングされた箱を抱え、小走りに寄ってくる。

「一日早いですけど、クリスマスプレゼントです。良ければ受け取って下さい」

「ありがとう。大切にするよ」

「はいっ!」

 両手で差し出された箱を受け取り礼を言うと、椿は嬉しそうに微笑んだ。

「それと、ごめん。俺の方はプレゼントとか用意してなかった」

「そんな、お家に泊めて頂いてるお礼でもありますし、気にしないで下さい」

「いや、流石にそういうわけにも。幸いまだ24日にもなってないし、欲しいものを言ってくれればこれから買おうかと思うんだけど」

 これを聞きたいがために、わざわざプレゼントを用意していなかった事まで正直に口にした。俺には椿の欲しいものなどわからないし、いらないものを贈って気を使われるのも気分が良くない。それならこのままの流れで聞いてしまうのが一番だろう。

「……じゃあ、その、私も時計がいいです」

 しばらくは遠慮していた椿だったが、やがて根負けしたようにそんな答えを口にした。

「時計、か。俺へのプレゼントもそうだけど、時計が好きだったりする?」

「好きというよりもその、時計は毎日見るので、その度に宗耶さんからのプレゼントだって思い出せたら素敵かな、なんて……」

 椿が途中から顔を真っ赤にして俯き、その声も少しずつ小さくなっていく。

 こういった反応をする少女が周りにいなかったせいで、しばし見惚れてしまう。気を抜いていたらあっさりと骨抜きにされてしまいかねない。

「えっと、やっぱりちょっと気持ち悪かったですよね! 宗耶さんはそんな事全然気にしないで普通に使ってくれていいんです! ただ、私はその方がいいかなって……」

 しかし無言を悪い意味で取ったのか、椿は先程とは違う意味で俯いてしまった。

「いや、照れてただけで、気持ち悪いとかは全然無いから。いくらでも思い出してくれていいし、俺もこの時計を見る度に椿の事を思い出すから」

「……そう言われると、たしかにちょっと恥ずかしいですね」

 浮かんでいた不安の色も消え、椿はただ赤い顔ではにかむように笑う。

「よし、時間も時間だし、そうと決まったら早く時計を買いに行こうか」

 俺の顔もきっと同じように赤くなっているから。今更ながら、それを悟られないように椿より先に一歩を踏み出した。




「それにしても、今日は本当にお時間を取らせてすいませんでした」

「いや、デートだと思えば結構楽しかったから。むしろ、普通に考えれば俺の方がさっさと選び過ぎただけだと思う」

 何度目になるだろうか、深く頭を下げる椿にこちらも軽く頭を下げ返す。

 時計を買っていよいよ椿の財布が尽きかけたので、外食はせずに帰宅。それでも夕食の時間がほとんど遅れないくらいの短時間で俺のプレゼント選びは終了していた。

「そんな、すぐに選べるならその方がいいに決まってます! 私はあんなに時間を掛けてやっと選んだのに、宗耶さんはすぐに、それもすっごく私の好みのものを選んでくれて」

 俺が椿へのプレゼントとして選んだのは、黒と白、二色だけのシンプルな配色の置時計。

 最初はもっとかわいらしいものにしようかと思っていたのだが、何気なく手に取った時の椿の表情ですぐにこの時計の購入を決断する事となった。

「まぁ、俺は思いっきり反応見ながら選べたからなぁ。椿ってすぐ顔に出るし」

「え、顔に? 今も顔に出ちゃってますか?」

「出てる出てる、芸能人の個人情報くらい出てる」

「うぅ……恥ずかしいです」

 照れながらも椿の口元はどこか緩んでいる。高額紙幣の一枚にも満たない金額でそれだけ喜んでくれるのならば、こちらとしても安いものだ。

「……本当に、ありがとうございました」

 しばらくそうして椿を眺めていただろうか、ふと目が合った椿は両手で時計をきゅっと胸元に抱くと、またも深々と頭を下げた。

「お相子なんだしそんなにお礼を言われても。俺だって椿からのプレゼントは嬉しいし」

 俺も礼は言ったし、プレゼント自体も好みに合っていて嬉しかったのだが、椿にこうも大袈裟なまでに感謝や喜びを表現されるとそれも霞んで見えてしまう。

「いえ、これはプレゼントだけじゃなくって、これまでお家に泊めて頂いた事、優しくしてもらった事へのお礼でもありますから」

 しかし、椿の言葉は俺の思っていたそれよりもずっと重いものだった。

 おそらく、椿がこれまでずっと俺に対して抱いていたであろう負い目。居候の身であるという事実は、それだけで相当な重荷だったに違いない。

 それでも、その事を謝罪ではなく感謝の言葉にできるようになっただけでも、椿にとって俺を含む今の状況が少しはマシなものになったのではないかと思えたから。

「それは……そっか、じゃあ、どういたしまして」

 今だけは椿の笑顔を消さないように、謙遜などせずただ頷く事を選んだ。
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