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Ⅳ Satan
4-1 出立
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「そろそろ出るとしようか」
独り言にしては大きすぎる呟きに、ソファーにちょこんと座っていた椿の肩が跳ねる。
「いよいよ、ですね」
椿にしてみれば俺の家に来て、つまり『ゲーム』に参加してからまだ一週間も経っていない。その間に謳歌からの侵攻が無かった事を考えると、由実との戦闘を除けば椿にとってはこれが事実上の初陣ですらある。
しかし、それだけしか『ゲーム』に関わっていない椿でも、これからの戦いの重さは感じているのだろう。声はどこか堅く、面持ちも心無しか緊張しているように見えた。
「……一つ、椿にとって重要な事を言っておくけど」
そしてそれは俺も同じ、いや、それ以上だ。
口から出た俺らしくもない真面目な声に、椿がより一層真剣な表情でこちらを見る。
「今日、これからどんな結果になったとしても、椿がこうして俺の家で暮らすのはこれが最後になると思う」
「そう、なんですか?」
喜びを見せる様子のない椿に、構わずに話を続ける。
「結果がどうなっても、きっと今日で『ゲーム』は終わる。『ゲーム』が終われば、謳歌には椿と俺達を一緒にしておく理由も無いから」
思えば最初から、謳歌が椿をこちらに送ったのはこの夜のためだけだったのだ。あまり想像はしたくないが、もし謳歌が死んでしまったとしても、椿の記憶はいずれ自動的に元に戻るようになっているのではないだろうか。例えば、次に陽が昇った時などに。
「だから、椿も俺に付いて来る必要は無いんだよ」
きっと、謳歌は俺のこの言葉を肯定しないだろう。だが、椿にしてみればただ巻き込まれただけの『ゲーム』、危険を伴う戦いに身を投じる必要はないはずだ。
「いえ、私はやっぱり宗耶さんと一緒に戦います」
しかし、椿は何の躊躇いもなくそう言ってのけた。
「なんで? 謳歌と戦えば死ぬかもしれないのに」
謳歌によって巻き込まれ、『ゲーム』に生活まで掻き乱された椿を無理矢理に止める事はできない。本音を言えば、謳歌と戦うのであれば戦力的にも椿は必要だった。
だけどせめて、椿がなぜ戦う事を選んだのかの理由は聞いておきたい。
「それは……」
自分でもわかっていないのか、それとも言い難い事なのか。それを表情から読み取れるほどに俺は椿の事を理解しているわけではない。
「宗耶さんの事が好きだから、今夜が最後になるなら、最後まで一緒にいたいからです!」
それでも、椿が口にした言葉は予想通りのものだった。
「椿、それは――」
思い返せば、最初から椿は俺に好意を抱いていた。
だからこそ、怖かった。
その好意は『ゲーム』のため、記憶喪失と同じで謳歌が都合の良いように仕向けたものなのではないか。そして、その可能性を疑っていてなお、椿からの好意はただ純粋に嬉しかったから。
俺は、いつかきっと椿を好きになってしまう。
そしてその時、俺が椿を下の名で呼んだ時、本当に俺達四人は終わってしまうのではないか。それこそが謳歌の本当の狙いなのではないか、なんて事まで考えてしまった。
「いいんです。宗耶さんには私なんかよりもっと好きな人がいるのはわかってます」
迷いのない目でそんな事を言う椿を見ているのは、あまりに辛い。
この状況を生んだのは、ひとえに俺の甘さだ。
椿に好かれたくない、椿を好きになりたくないなら、いくらでもやりようはあったはずだ。冷たく接するなり、そもそも同じ家で暮らす事を拒むなり。今だって、椿の告白など一言で切り捨ててしまえばそれでいいのだ。
それを、この期に及んで何一つとして自分の中で決着を付けられていないからこそ。
「……その話は、全部終わってから、その後でしよう」
きっと嘘になるとわかっていて、だからこそ俺は先延ばしの言葉を投げかけた。
「そろそろ出るとしようか」
先程と同じ、だが明らかに大きな俺の声に、椿が隣へと駆け寄ってくる。
「はい、行きましょう!」
無理に作ったような椿の明るい声が、今は少しだけ痛かった。
独り言にしては大きすぎる呟きに、ソファーにちょこんと座っていた椿の肩が跳ねる。
「いよいよ、ですね」
椿にしてみれば俺の家に来て、つまり『ゲーム』に参加してからまだ一週間も経っていない。その間に謳歌からの侵攻が無かった事を考えると、由実との戦闘を除けば椿にとってはこれが事実上の初陣ですらある。
しかし、それだけしか『ゲーム』に関わっていない椿でも、これからの戦いの重さは感じているのだろう。声はどこか堅く、面持ちも心無しか緊張しているように見えた。
「……一つ、椿にとって重要な事を言っておくけど」
そしてそれは俺も同じ、いや、それ以上だ。
口から出た俺らしくもない真面目な声に、椿がより一層真剣な表情でこちらを見る。
「今日、これからどんな結果になったとしても、椿がこうして俺の家で暮らすのはこれが最後になると思う」
「そう、なんですか?」
喜びを見せる様子のない椿に、構わずに話を続ける。
「結果がどうなっても、きっと今日で『ゲーム』は終わる。『ゲーム』が終われば、謳歌には椿と俺達を一緒にしておく理由も無いから」
思えば最初から、謳歌が椿をこちらに送ったのはこの夜のためだけだったのだ。あまり想像はしたくないが、もし謳歌が死んでしまったとしても、椿の記憶はいずれ自動的に元に戻るようになっているのではないだろうか。例えば、次に陽が昇った時などに。
「だから、椿も俺に付いて来る必要は無いんだよ」
きっと、謳歌は俺のこの言葉を肯定しないだろう。だが、椿にしてみればただ巻き込まれただけの『ゲーム』、危険を伴う戦いに身を投じる必要はないはずだ。
「いえ、私はやっぱり宗耶さんと一緒に戦います」
しかし、椿は何の躊躇いもなくそう言ってのけた。
「なんで? 謳歌と戦えば死ぬかもしれないのに」
謳歌によって巻き込まれ、『ゲーム』に生活まで掻き乱された椿を無理矢理に止める事はできない。本音を言えば、謳歌と戦うのであれば戦力的にも椿は必要だった。
だけどせめて、椿がなぜ戦う事を選んだのかの理由は聞いておきたい。
「それは……」
自分でもわかっていないのか、それとも言い難い事なのか。それを表情から読み取れるほどに俺は椿の事を理解しているわけではない。
「宗耶さんの事が好きだから、今夜が最後になるなら、最後まで一緒にいたいからです!」
それでも、椿が口にした言葉は予想通りのものだった。
「椿、それは――」
思い返せば、最初から椿は俺に好意を抱いていた。
だからこそ、怖かった。
その好意は『ゲーム』のため、記憶喪失と同じで謳歌が都合の良いように仕向けたものなのではないか。そして、その可能性を疑っていてなお、椿からの好意はただ純粋に嬉しかったから。
俺は、いつかきっと椿を好きになってしまう。
そしてその時、俺が椿を下の名で呼んだ時、本当に俺達四人は終わってしまうのではないか。それこそが謳歌の本当の狙いなのではないか、なんて事まで考えてしまった。
「いいんです。宗耶さんには私なんかよりもっと好きな人がいるのはわかってます」
迷いのない目でそんな事を言う椿を見ているのは、あまりに辛い。
この状況を生んだのは、ひとえに俺の甘さだ。
椿に好かれたくない、椿を好きになりたくないなら、いくらでもやりようはあったはずだ。冷たく接するなり、そもそも同じ家で暮らす事を拒むなり。今だって、椿の告白など一言で切り捨ててしまえばそれでいいのだ。
それを、この期に及んで何一つとして自分の中で決着を付けられていないからこそ。
「……その話は、全部終わってから、その後でしよう」
きっと嘘になるとわかっていて、だからこそ俺は先延ばしの言葉を投げかけた。
「そろそろ出るとしようか」
先程と同じ、だが明らかに大きな俺の声に、椿が隣へと駆け寄ってくる。
「はい、行きましょう!」
無理に作ったような椿の明るい声が、今は少しだけ痛かった。
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