勇者のいない世界で

玄城 克博

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Ⅳ Satan

4-5 消失

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 実のところ、俺の知る佐久間謳歌という少女は、あくまで勇奈が消えたあの日までの幼い少女に過ぎない。

 十をやっと超えたくらいの年齢から、今に至るまで。俺達の離れていた数年は、だが人格や思考が変わるにはまさしく丁度の時期だ。今の謳歌が以前とは全く別の少女になっていたとしても、それほど驚く事ではないのかもしれない。

「魔王さまの目的って、何だと思う?」

 藍沢が消え、一段と沈んだ空気の中、常より少しだけ低い声の会長の問い。

「目的、ですか」

 それは、ずっと考えていた事だ。

『ゲーム』の目的、生徒会や椿を巻き込んだ目的、そして今になって『ゲーム』を放り出した理由。かつては理解どころか把握すらできていたはずの謳歌の思考が、今はまったくと言っていいほどわからない。

「…………」

 会話が耳に入っていただろう由実も、明確な答えをもって割り込んでくる事はない。目的などない、やりたいからやっているだけだ、と言い切る事ができるほどには、由実も謳歌を完全に切り捨てられているわけではないのだろう。

「まぁ、そんな難しい話じゃなくてね。ただ、魔王さまの目的がなんであれ、そのために雛姫を消す必要があったのかって事なんだけど」

「つまり、会長は雛姫が消えてないと?」

「目の前から消えたのは間違いないけどね。ただ、あの事件の時とまったく同じとは限らないんじゃないかな、と思って」

 可能性は、たしかにあるだろう。俺も謳歌の力については、思考同様把握しきれているわけではない。何もこの世界から消失させずとも、例えば単に空間を転移させるなどといった手段で藍沢を俺達の目の前から消し去った可能性は否定できない。

 もちろん、俺にとってはそうであってくれた方がいいに決まっている。藍沢の身柄については当然だが、謳歌がついでのように人を一人消し去れるような魔王になっていたとしたら、これまでと同じかけがえのない幼馴染として見る事は難しくなる。

「だから、魔王さまに会ったら、まずは話を聞いてみようか。もしも雛姫がまだ生きてるなら、助けてやらないと拗ねるだろうし」

「…………」

 会長の言葉に、副会長は苦い表情をしながらも口を開けずにいる。

 結果的に、あるいは元からそういう意図があったのかはわからないが、会長は俺に肩入れをする形になっていた。謳歌の死を避けたいと強く願っているのは、この場ではおそらく俺以外にはいないのだから。

「椿、身体は大丈夫か?」

 むしろ、状況を正確に分析した場合、心配するべきは謳歌よりも俺達の方だ。

「はい、大丈夫です。白岡さんに治してもらいましたから」

 謳歌の放った黒い光を至近距離で受けた椿は、白岡の治癒を経て傍目には常時の調子を取り戻したように見える。魔眼を通して体内を視ても、内蔵から骨、神経に至るまで特に損傷は発見できない。

 だが、それでも一度、椿の身体を地に伏せさせたのは事実だ。由実の全力の光矢ですら簡単に受け止めた椿、その椿すらもただの一撃で戦闘不能に追いやるほど、俺達と謳歌の間には歴然とした力の差がある。

「……謳歌はこの部屋にいる」

 如何に大病院とは言え、所詮は学校に被せられた像に過ぎない本館一つ。あの日の謳歌の病室に辿り着くまでにそれほど時間は必要なかった。

「これで最後です。この部屋に入ったら、もう引き返せない」

 振り返り、生徒会の面々に問う。

「謳歌は俺と由実を殺しはしないとは思うけど、他までは断言できない。実際に、藍沢も消えてますし。それでもここから先に進みますか?」

 もはや、由実を止められない事はわかっていた。

 だが、会長や副会長、白岡に椿は違う。もしも見栄や体裁を気にしてこの場にいるのだとしたら、自分の身の為に一刻も早く逃げ去るべきだ。

「…………」

 誰からも、答えが返ってくる事はなかった。誰も、踵を返そうとはしなかった。

「じゃあ、行くぞ」

 ならばもう進むしかない。俺も俺の為だけに、その他の事を顧みずに進む。

 病室の扉に手を掛ける。抵抗もなく横滑りした扉の先、白の病室の中には不釣り合いな黒装束の少女がこちらに視線を向ける。

「……ここで、終わりにしよっか」

 悪寒。

「窓から飛べ!」

 予想はしていた。未来視もそれを裏付けた。

 問い返す事もなく、椿は俺の手を掴むと窓を突き破り、弾丸の速さで宙へ跳んだ。だが、飛べたのは俺達だけだった。そして直後、周囲の空間が色を失う。

「これ……は」

 無色の領域を抜け、地面に着地した椿が背後を振り返り息を呑む。そこには病院も学校もなく、あの時のようにただ一面の更地と、その中に立つ人影だけがあった。
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