優しさを君の傍に置く

砂原雑音

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何でもかんでも明け透けに喋ればいいと思うなよ!7

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「いやいや、好きな人と居るのに前の彼女の電話に出るとか、しないっすよ」
「でも、随分長く鳴ってます、ほら」


今も陽介さんの手の中では携帯が早く出ろとばかりに震えている。
僕がそれを指差すと、陽介さんは困惑して黙り込んだ。

困らせてるのは、僕なんだろうか。
自分のしてることや相手の気持ちを考えれば、答えはなんにでもちゃんとあるものと思っていたし、わかるものだと思ってた。

わからない。
どうすればいいのか、さっぱりわからない。

元カノが弱ってるからってほいほい相談に乗られるのは嫌だけれど、だからといって冷たく突き放して欲しいとか着信拒否して欲しいとか、それを要求するのは違う気がする。

人を好きになるってこんなに疲れるのか。
まだスタートにも立たない時点で、こんなにも難題が来るものなのか、と先行きが少々不安になってきた、その時だった。

突然、伸ばされた手に二の腕を掴まれる。
「え、」と声を上げた瞬間には、陽介さんに頭を抱えられていた。


「ちょっ?!」


床に座った陽介さんの足の間に連れ込まれて、額が陽介さんの胸に当たりかろうじて倒れ込むのは耐えられた。
顔を上げようとすれば、陽介さんの顎が頭の上に乗っていて逃げられないように片腕が回って抱きすくめられている。


「ちょっと、陽介さん離して……」
「もしもし?」
「は?」


頭の上で、陽介さんの声がする。
携帯電話を通して、『陽ちゃあん』と女の人の声が聞こえた。


「あんなあ。こないだも言ったろ、もうかけてくんなって」


続けられる会話を、聞いていていいのかわからないけれど当然耳に聞こえてくる。
泣きそうな声の彼女……っていうか、ガン泣きだった。


『いいじゃん、ちょっとくらい聞いてくれたってぇ!』


うわーん、と派手な泣き声が聞こえる。
陽介さんがその都度、携帯を耳から遠ざけてるのがわかった。


「多分、酒入ってるんです。弱いくせによく飲む奴で……」
「え、こんな時間から?」

「独立した上司に惚れてついてったんですけど……プライベートで上手くいかないと職場でも当然居場所がないらしくて。ストレスたまっては自棄酒してるんすよ。で、友達に順番にかけてるらしくて」

「そ……そうなんですか」


聞けば少々気の毒な気にもなってくるが……どうやら電話の向こうの彼女は、若干、人騒がせな性格をしているようだ。


『あれ? 陽ちゃん、誰かと一緒なの?』


わんわんと泣き声が聞こえていたから大丈夫かと思ったが、僕の声はばっちり届いていたらしい。
しまった、と慌てて口を継ぐんだけれど、陽介さんは平然と答える。


「今、デート中なんだよ。だから切る」
『えっ、こないだ言ってた好きな人?』


びくっ、と無意識に身体が跳ねる。
首の後ろに回った陽介さんの手が、するするとうなじを撫でた。
あの日の、キスの時と同じ仕草だと気づけば、心臓が急にどくどくと鳴る。


「そう。やっと念願かなってデートなんだから邪魔すんなよ」
『うそぉ! ごめんマジで邪魔だった!』
「本気で邪魔。今だったら浩平が暇なんじゃね? 掛けとけ掛けとけ」


距離が近すぎて、身体に直接声も体温も伝わってくる感じがした。
肌の匂いも。
どう聞いてもすっかり友達同士のような会話にまたちょっと安心をもらって、反面この状況に鼓動はますます早くなる。


「……っていうよりさ。真田さんとちゃんと話しろって……上司としてほんとすげー人だったし、そんな不誠実な人じゃねえと思うよ」

『……わかってる、けどさぁ』
「けどじゃねー」

『わかったわよ……ってか、陽ちゃんの好きな人と喋ってみたい』
「は⁉」

『ちょっと代わってよ』
「嫌に決まってんだろ!」

『えーっ!』


電話の向こうで聞こえたのが最後で、陽介さんが遂に強引に電話を切った。
随分と、個性的な性格の人のようで……ちょっと話してみたかった気がしないでもない。


「終わりました。……心配させてすみません」
「いや……別に、心配とか」

「……わかんないすね、こういう時どうするのがいいとか」


そうか。
陽介さんにもわからないのか、と、自分だけが不安なわけではないのだと気が付いた。
僕の肩を抱いたまま、陽介さんが顔を覗き込んでくる。


「僕も」


わかりませんでした、という言葉は、陽介さんの口の中に吸い込まれてしまった。

ちゅ、と軽く、ゆっくり啄んでから、離れていく。
それから首を傾げて、少し眉尻を下げた、困ったような表情で僕の様子を窺ってくる。


「……なんですか、急に」
「ムスッとしてたから、ずっと」

「……僕の機嫌が悪かったら、そういう誤魔化し方するんですか貴方は」
「すみません、でも可愛くて、つい」

「それに別にムスってなんてしてません」


内心を悟られていたのが、情けなくて格好悪くて、つい語尾に被せ気味に言い返してしまったが、なんだか文脈のオカシイ台詞じゃなかったか。
ムスッとしてたのに、可愛いってなんだ。


「もっと怒ってくれても、いいんすよ」


そう言って、くしゃっと、彼は笑った。
冗談じゃない。
あんな、ドロドロした感情、絶対、知られたくない。

ダンマリで通そうとする僕から、彼は言葉を引き出したいらしいけど、なんでもかんでも、明け透けに気持ちも言葉もさらけ出す、貴方とは僕は違うのに。

きっと僕と貴方は違うから。
言葉にするのは、大事なんだろう。


……恋愛は、難問だらけだ。



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