きずもの華族令嬢は初恋の男とクズ夫に復讐する 〜わたしたちは、罪悪です。〜

サバ無欲

文字の大きさ
3 / 18

《三》

しおりを挟む

 扉が閉まってすぐ、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
 もう歩けるのだから探せばいいのに、ひとり息子だからか、甘えん坊が目にあまる。

「まつ、千之助をおねがい」

「アラ奥様、どちらへ」

「お手水へいってきます。あとそれから、お中元の宛名書きもしたいの。できそうだったら、名簿と筆を出しておいて」

「承知いたしました」

 ズッズッズッ

 まつと別れて重たい足を引きずり、壁づたいに長い廊下をわたって北のお手水へと向かう。広大な敷地と使用人を持つ尾上邸は、お手水も風呂も、家主や客人用のそれと使用人用のそれとは明確に分けられていた。

 北にひとまとめにされた水場は使用人のもの。
 分かっていながら、わたしは人知れず北のそまつなお手水に入り鍵を閉める。

「ヨシコちゃん、昨日はずいぶんお楽しみだったわね」

 とたんに女たちのかしましい声が耳に入った。

「やめてよアキエねえさん」

「やめて欲しいのはこっちさね、ヨシコの大声でこっち、ろくすっぽ寝れてないのに」

「あははは! いっちゃう死んじゃうゆるしてェ~って子猫みたいに。あたしにもよぉく聞こえたわ」

「もう、いやだわシヅさんまで。お互いさまでしょ? おとといだってその前だって、あたし、ふたりのお声がしっかり聞こえてましてよ?」

 不自由な体を壁にあずけて耳をそばだてる。


 アキエ、シヅ、ヨシコ。


 この三人の妾たちは今、前の晩に女中たちが使いたおした残り湯で身を清めている。一と五のつく日の朝はそうと決まっていて、使用人たちもこの時間はこの辺りには寄りつかない。

「だってねえ、おとといの旦那様ったら、そりゃあもうすごくって」

「そうそう、昨日も全然離してくれなくて、ほんとに死んじゃうって思ったもの」

「ちょっと、あんたそれ旦那様にちゃんと言ってよ。加減してって。あんただって疲れるでしょうに」

「ン……でもぉ、きもちいいんだもの……」

「はー、でたでた。ヨシコちゃんたらほんとお好きなんだから」

 からからと女たちの笑い声。
 妾たちはその境遇も、妾となった経緯もそれぞれに違う。ヨシコは一年前に旦那様が会社から迎え入れた、もとはただのお茶くみだった。ひとつ年下で、胸とくちびるがぽってりとして、どこかだらしのない喋り方をする。

 妾たちは、わたしがお手水にいるとも思わず話し続ける。

「おおかた奥様に相手されなくて溜まってんでしょ。妊娠前はあたしらのことなんてさっぱり忘れたみたいに奥様奥様だったけど、お坊ちゃんが生まれてからは向こうさん、とんとご無沙汰じゃないのさ」

「えー、あたしは反対に、もう飽きたんだと思うなぁ。そもそも、きずものにしちゃった負い目で結婚したようなもんだしさぁ」

「そうよね……旦那様は素敵なのに、あんなお顔の奥様だなんて、おかわいそう……」

 わたしはお手水のなかでひとり、ままならない足を開く。

「ん……」

 着物のお・く・み・をたくし上げ、まだねばっこい手を股にあわせる。秘裂に指を割り入れれば、そこはあの男のくちのように熱く、ぬかるんでいた。

「旦那様ったらね、最近なんだかさみしそうなのよ。前ほどおしゃべりもしないし……あたしが奥様なら、あんなふうに旦那様をほうっておけないわ」

 妾たちが嗤っている。

「ねえヨシコ、そう思うんならいっそのこと寝とっちゃいなさいなよ」

「ええっ……奥様を差し置いてだなんてそんな……申し訳ないわ」

「びっこ片目の胡蝶様が? あんなの、お名前ばかりご立派でなぁんにも出来やしない、いやしいちょうちょじゃない。なにが申し訳ないもんか」

「お仕事も順調のようだし、案外、オネダリすればすんなりくら替えしてくれるんじゃないの?」

「そうそう! あたしたちだって、あんたが奥方様になったほうがよっぽど気楽なんだから……この可愛いおくちで説得なさい、よ!」

「ああん、もう、ねえさんたら……だめえっ……!」

「あははははっ! ほぉらつかまえた!」

 目を閉じ、くちびるを噛む。

「……んっ……」

 妾たちのたわむれる声を聞きながら、わたしは今しがたのことを思い出す。

 『胡蝶』と呼んだあの声を。
 ぎゅっと握った大きな手を。
 熱い舌のなぞりを、絡みつく視線を思い出し、それらすべてがわたしを責め立てる夜を想像する。

「もうこんなにとがってる。ヨシコちゃんったら、昨日は本当にたっぷり悦くしてもらったのねぇ」

「あ、だめ、だめ、そんな、そこ、されたら」

「いいから、昨日みたいに鳴いてごらんよ? にゃーん、にゃーんって」

「んあああっ……!」

 ヨシコの声が水音とともにうわずってゆく。
 わたしも指を動かす。あの男の唾液とわたしの愛液が、蜜壷のなかでまざりあって床にしたたり落ちていく。指の動かし方も、自分の慰め方も、わたしはかつて旦那様にいやというほど教え込まれた。だから知っている。

「イク、イクぅ……も、イッ、ちゃうぅ……っ!」

「くっ……ぅ……ッ」

 とうに昂っていたわたしの体はヨシコと同じく簡単に絶頂へと引き上げられる。全身に快楽が巡って、内ももにとろとろと蜜が流れて、立っているだけでやっとだ。

「はぁ……は……」

 呼吸を、整えなくては。
 そろそろ使用人たちが戻ってくるころだろう。

「あはははっ! ほんとに昨日とおんなじじゃないこの女! まぬけだねえ!」

「んぐっ……」

「ほら、イかせてやったんだからあたしのも舐めてよ。上も下も旦那様仕込みなんでしょ、ヨシコの奥様?」

「まーたやってる、ヨシコちゃんがんばれぇー」

「んうっ、ん、んんんー……っ!」

「休むんじゃないよこのアマ。旦那様みたいに、しっかり舌を動かしな……ああ、そう……!」

 背中で妾たちの狂宴を聞き流しつつ、股にこぼれた蜜を拭き取って手を洗う。周りに誰もいないことを確認してからわたしはお手水をあとにした。


 ズッズッズッズッ

 野犬に食いちぎられた足を引きずりながら、もと来た道をひたすらたどる。
 あとからあとから妾たちの夢物語が思い出される。

『ねーえ、こうなったらヨシコ、いっそのこと寝とっちゃいなさいよ』

『ええっ……奥様を差し置いてだなんてそんな……申し訳ないわ』

 同じ男にたかめられ、同じ男を思い出しながら達したわたしたち。だというのにアキエとシヅはわたしを正妻の座から引きずりおろせとけしかけ、ヨシコはそれにまんざらでもない様子だった。

「くっ……ふふ……」

 腹の底からなにかがせり上がってくる。どんどんどんどんのぼってきて、たまらない。嘔吐のように、おさえられない。せめて声が漏れないよう、着物の袂をぎゅっと握って口を塞ぐ。


「くっくっくっ……うっ、ふふ…………うーーーっ!」


 よろこべばいいのか。
 悲しめばいいのか。
 怒ればいいのか。
 憐れめば、いいのか。


 『旦那様』が人知れずすげ替わった今、わたしはもう吐くような笑いがとまらない。
 ただひとつ分かるのは、千景は今度こそ上手くやってのけたのだということだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

処理中です...