造花楼園 ◇R-18◇

無欲

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case1.亜子の場合

06.亜子、破瓜される◼️

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「あ……ッはぁ……」


ようやく指と舌が離れて、男が服を脱ぎ始めた。こちらはもう乱れきっているのに、相手は呼吸ひとつも乱れていない。なんて酷い旦那様だろう。

男が全て脱ぐと、亜子の視界にもそれが目に入った。すぐに視線を逸らしたが、それはとても凶暴な色と形をしていて、すでにいきり勃っているのが見えてしまった。

亜子、と声をかけられても首を背けたままでいると、旦那様は亜子の顎を鷲掴みにして口に噛みついてくる。さっきクリトリスを弄っていたはずの舌が口内を荒らし、何か甘いラムネのようなものが入ってきた。


「噛んで、飲み込んで」

「なんですか、これ」

「避妊薬」

「え」

「亜子はまだうちに来たばかりだし、僕もそんなに急いで子供を作る必要はないと思ってるからね」


旦那様はそう言って、サイドテーブルに同じ薬の入った箱を置いた。そして亜子の上にゆっくりとのしかかり、肌をぴったり合わせてショートヘアの黒髪を撫でた。体重が掛からないようには加減してくれているが、亜子の太ももに硬い熱が押し付けられている。こちらは遠慮する気もないらしい。


「亜子がどういう理由で僕を選んでくれたのかは分からないし、無理に聞くつもりもないけど……君は若いし、僕とは親子くらい歳が離れてる。それに恋愛で繋がった仲でもない。だから、亜子は今、僕のことが好きなわけではないでしょう?」

「それ、は……」

「いいんだ、気にしないで。でも亜子は若くて、ここへ来たのは、流されたとまではいかなくても色んな人の意見を聞いてだろうから。そこに君の意思がどこまで含まれているか、きっと君自身よく分かってないと思うんだ」


文字通り、言葉を失う。

旦那様は出会ったばかりの亜子のことを、亜子自身よりもよく分かっていた。図星すぎて何も話せない亜子をまっすぐに見つめながら、旦那様は続けた。


「だから、君の意思で。もし本当に僕との子供が欲しいと思ってくれた時には、これは飲まないでくれたらいい。でもその未来が想像できないうちは飲んでおいた方がお互いのためだ。僕は亜子を縛る気はない。だからもし亜子に好きな人ができたり、離婚したいと思った時はそう伝えて。亜子、わかった?」

「……はい」

「本当に、亜子は素直だね。キスさせて?」


目を閉じて、舌を出して待つと、わざとらしいリップ音とともに唇が重なった。
そのまま少しの間、キスは唇だけに集中した。熱も酔いもさめた頭では、直前までの彼の言葉が鳴り響いている。

世間も友人も、両親でさえも、リナリアに属し、一夫多妻の妻となることが幸せであり憧れだと言っていた。そこに亜子の意思はなく、もっと言えば旦那様の意思も関係ない。


でも、彼はまず亜子の意思を尊重した。幸も不幸もあいまいにしか分からない亜子が自分の頭で考えられるようになるまで。それまで亜子が自由でいられるように、彼は一番に考えてくれていた。

きっと彼は亜子が離婚したいと望めば、その通りにしてくれるのだろう。亜子はそのことを嬉しく、そして少し悲しく思った。


キスをしながら、旦那様の二の腕をなぞってみる。着痩せするタイプなのか、服を脱いだ彼の身体は、同級生の男子と比べ物にならないくらい大きくて硬い。やはり軍人らしく鍛えているのであろう胸板にも触れてみると、亜子よりも静かに刻む心音が触れた。


「んっ……」


長いキスが終わると、旦那様の舌はゆっくりと亜子の身体を辿った。喉や、胸や、腰をなぞり、内腿やつま先にまで吸いつかれる。かかとを持ち上げられ、足の指までが舐められる。


「いや、っそんなところ……」

「いいから、亜子。僕のすることだけ感じて」


丁寧な前戯のやり直しに、冷えていた頭や身体はいとも簡単に熱を灯した。そしてまた彼の指が膣内に入り込み、ゆるやかに抽出して亜子に教え込んだ。……ここに、今から違うものが入るのだと。


「亜子、僕ももう限界だ。いいかな」


ひとつ頷くと指が抜かれ、亜子のクリトリスを一度だけ撫でて刺激した。そんなものでは全然足りないと、亜子の身体が疼いている。しかし、次に膣口に当てられたそれは、みしみしと音を立てるほど強く亜子の中へ分け入ってきた。


「っ……!!」

「きつ……」


痛い、本当に痛い。

先程までの快楽はすっかり何処かへ飛んで行ってしまった。ただ骨が折れるような、千切れるような痛みに耐え、歯をくいしばる。こんな、こんな事を、みんな平然とやってのけるのか。亜子には信じられなかった。


「……は、ぅ……ッ」


息を殺しながら、ふと、彼の顔がよぎる。

目の前の人と違い、本当に若い彼の物静かなうつむき顔。すっと通った細い鼻に、本をめくる繊細な手の動き。彼もあの可愛い後輩にこんな事をしているのだろうか。キスをして、裸になって、あの女の子を抱くのだろうか。


「亜子、亜子。大丈夫?」

「……ッ、もう、入った……?」

「あいにくながら、まだ先だけ。でも男は亀頭が一番太いから。それに、女の人は入り口が一番狭いっていうし、ちょっとは進みやすくなるかな」


確かにそうだった。
引きつる痛みは弱まらないが、それからは骨ごと折られるような圧迫感は弱まって、彼のそれがゆっくり進んでいるのがわかる。さすがは年の功だ。旦那様はよく分かっている。


彼は……。
そんなことは、知らないだろうな。ただあの子の初めてに狼狽えて、訳もわからず慰めるのだろう。もしかしたらあの子は痛みに泣いて、彼は行為を途中でやめるかも知れない。亜子の片想いの彼は、嫌がる女の子に無体を働くような人ではないのだ。


「っはぁ、は……」


そこまで夢想して、亜子は急に冷静になった。
私は何を、今こんな状況で何を考えているのだろう。目の前の現実から逃げて、あろうことか彼に重ねるなんて。これでは心の不倫だ。


「亜子。どうしたの」

「う、え……」

「もしかして、好きな人のことを考えてた?」


旦那様は超能力者なのか。

亜子の目が見開かれ、旦那様はくすくすと笑ってゆるく腰を動かした。痛いが、それどころではない。不倫がバレてしまった。いや、心の中だからいいのかな?  でもやっぱり、旦那様の前でこんな事を考えてはいけないように思う。

亜子がぐるぐる考えているのをよそに、旦那様は耳元に唇を寄せて、内緒の話を持ちかけるように亜子に囁いた。吐息が耳の中まで入って、くすぐったいやら気持ち悪いやらで身をよじる。


「教えて、亜子。その人には告白したの?  それとも、告白されるのを待ってた?」

「やっ、なにも……なにも、してない、……っはなした、ことも……」

「そうなんだ。じゃあ、遠くから眺めるだけ?  亜子は奥手なんだね」


男の腰がぐり、と亜子の内腿に押し付けられる。いつの間にか、それは一番奥まで入ったのだろう。重い鈍痛が響いていた。心の中で不貞を働いていたというのに、旦那様は怒ったり悲しんだりせず、むしろ楽しそうに亜子の片想いを開いていく。その間にも、ゆるやかな抽出は止まらない。


「どこで出会ったの?」

「あ、電車の……なかで……ッ」

「じゃあ、学内の人じゃなかったんだ。学生?  それとも社会人?」

「がくせい……っ、もう、やめて……!  あっ」


痛みで息も絶え絶えなのに、妻の片恋相手を初夜で暴くなんて、この旦那様はどうかしてる。

亜子が嫌がると、旦那様はぷっくりと勃った乳首を舐めて転がした。それで謝罪のつもりだろうか。流されまいとするのに、すこし、気持ちがいい。


「亜子……亜子がその人を思い浮かべたいなら、それでもいいよ」

「えっ……」

「僕をその人の代わりにしてもいい。目をつむっていれば、誰が誰だか分からないでしょ?  ……僕はそれでもいいよ」


旦那様の声は、ひどく優しくて、どこか諦めをはらんでいた。


そんなことしない。そんなこと、出来るはずもない。彼と旦那様は全く違う人で、確かに彼に恋をしていたが、かといって旦那様が嫌いなわけではない。優しい目で見つめられるのは嬉しいし、キスだって気持ちがよかった。そう伝えたいのに、なぜだか涙があふれて伝えられない。この人に、自分の想いが伝わらなくてもどかしい。


どうしてこうなったのだろう。


「う、ふう……」

「泣いていいんだよ。僕のことは気にしないで」


白髪混じりの髪を少し乱した旦那様は、亜子を組み敷きながら、優しい口調で囁いた。


「無理やりその人を忘れようとしなくていい。君の心は自由だ」

「んっ、うっ……」


あの人のことを言われたその瞬間、彼女のナカにとろりと蜜が溢れた。夫のそれが、亜子の感じるところを刺激し始めたのだ。それにいつの間にか指でクリトリスまでこすられている。痛みのなかで、亜子の身体が覚えたての快楽を探し始めた。


「あ、あっ、やぁ……っ」

「ねえ亜子。亜子がココが好きなのを、その人は知ってるの?  亜子が自分で弄ってたことは?」

「やっ、やだ!  だんなさま、やめてっ」

「駄目だよやめない。亜子、亜子がこんなにいやらしくて可愛いのなんて、僕しか知らない。その人はこんなに乱れた亜子なんて、きっと想像もできないだろうね。どうする亜子?  その人に、亜子はこんなにいやらしい女の子ですって教えてあげようか」

「やっ、やだ、ああっ」

「そうでしょ、亜子。亜子のこんな姿を知ってる男は、僕だけで充分だ」


……この人は!
この人は初めから諦める気も、ましてや彼の代わりを務める気も一切ないのだ。それどころか苦しいほどの甘い言葉で自分の存在を主張してくる。さっき流した涙が、途端にムダに思えた。彼は亜子の身体の一番奥で主張ばかりしているくせに、まだ足りないのか。


馬鹿馬鹿馬鹿、どうかしてる。私の旦那様は、ほんとに意地悪!


結局彼が果てるまで、亜子はずっと頭と身体でせめぎ合い、心の中で子どもみたいな罵倒を唱え続けた。

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