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1.モブの心得
その8、モブたるもの長いものには巻かれろ
しおりを挟む間違えた。
絶対間違えた。
だってさばききれないよ。愛され美人じゃないし、風俗のお姉さんみたいなテクがあるわけでもない。誇れるものなんてなにもない。チチだってよく考えたら黒乳首だし。死。
やっぱりやめといた方がいい。お互いのため。
そう思うのに、私はなにも言えずにイケメンこと12番さんのななめ後ろを歩いていた。手汗もすごいのに、いまだ恋人つなぎのまま。
このホテル、どうやら部屋だけじゃなくエレベーターにもロックがついていて、客室になる10階から40階まではカードキーをかざさないと押せない仕組みだ。そしてイケメンは空いている手でさっとキーを出して25階のボタンを押した。チェックインしてる様子もないのに。
ってことは元から宿泊予定?
じゃあやっぱり、誰か探してたんだ。
私モブだから分かんなかった。ひと夜のお誘いってあんな感じか。別にそんなつもりじゃないよーみたいな涼しい顔して、結局それが目的なんだ。へーんふーんほーん。
すうっと心の中が冷えていくとともに、じゃあいいかって気持ちになってきた。どうせ続かない関係。一晩だけ。ならいっそ楽しんじゃおう! こんなイケメンに相手してもらえるなんて、遊びでも宝くじで100万当たっちゃったぐらいのラッキーだし!
お待たせしました、25階
むしろご愁傷さまなのはイケメンの方だけど、トチ狂ってモブA子を選んだのが運の尽きってことで、ここは諦めてもらおう。うん。……上手いのかな。経験豊富だから上手いかもしれない。でもそこは期待しないでおこう。エッチの気持ちいいって、私、感じたことないし。不感症だったらごめんね。というか、演技するから任せて。主演女優賞は無理でも、新人女優賞なら狙えると思うから。
2506
「どうぞ」
「おじゃまします」
「なんか飲む? えーっと、A子さん?」
「え、なんで名前」
「プロフィールに書いてあったろ」
「あー……でしたっけ」
そういえば書いたっけか。
でも……やだな。なんか。その名前で呼ばないでほしい。
「なんでそんな顔してんの?」
「あの、さっきナンタラちゃんって」
「ああエンボちゃん?」
「なんですかそれ」
「内緒」
あっ、ずるい。
そんな長い指で『しー』するなんて。それに、そういえば背も高いから、向かい合うときれいな切れ目が私を見下げてて、いたたまれない。
「ってか、じゃあ、俺の名前は?」
「うっ……」
「ひどいなぁ。そっちから誘っといて、名前も把握してないなんて」
まったくその通りである(CV.キー○ン山田)。
これだからモブは。こういう時、ヒロインなら確実に外さないんだろうな。きっと女豹たちだってきちんとチェックしてただろうし。モブのモブたる所以は、なにも外見だけじゃない。
「すみません」
「いいよ別に。でもじゃあ、俺のこと、なんて呼ぶ?」
「へっ?」
「ほら考えて、エンボちゃん」
イケメンはいつの間にか背を向けて、きれいな部屋の隅でお酒を作ってくれているらしかった。ミニボトルのブランデー、次いでペットボトルの水を、ふたつのグラスに入れて戻ってくる。片方の口角を上げた唇がセクシー・オブ・セクシー。
「い、イケメンさん?」
「だめ。全然面白くない」
「じゃ、じゃあ12番さん」
「やだ」
「えええ」
「ほらほら、お酒あげないよ?」
「うう、ええと、手が綺麗なひと?」
「ぶふっ、長くない?」
「イイ声の人」
「そりゃどーも」
「切れ長二重」
「なんか違う」
「A太、B太、C太」
「あーあ、適当になってんじゃん」
「う、へへ」
「あ、笑った、かぁいい」
「ゔ」
「なんでそんな顔するの」
「いやぁ、それほどでも」
「へんなの」
「あ」
「ん?」
「変人さん、いや、ううん、変態さん」
「ぶっはは! 直球じゃねえか!」
「うーん、ゲラ?」
「いや、いいよ変態で。なんか」
「?」
「そそるし」
……ブランデー味のキスって、おいしい。
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