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3.彼らの関係
その22、恋人のもとへ駆けつけよう②
しおりを挟む大通りの交差点。
一瞬、誰だか分からなかった。
普段ストレートの髪をゆるく巻いて、見たことのない明るい色のワンピースを着て、ヒールを履いて。似合っていて、すごくきれいだ。だからこそ焦りと苛立ちが胸に押し寄せる。
その格好は、誰のため?
なんのため?
でもそうも言っていられなくなった。不安、困惑、焦燥、いろんなものが混ざって固い表情のエンボちゃんは、きょろきょろと寄る辺なくあたりを見回して、今にも待ち合わせた場所から去ってしまいそうな危うさだったから。急いで車を止めて、降りる。
「映子!」
知らない男の声。
呼んだことのない、名前。
カッと、目の前が赤く染まるようだった。訳が分からなくなりそうな頭を冷やしたのはやっぱりエンボちゃんで、彼女は、名前を呼ばれた途端に苦痛の色を強くした。それから多分、怒りも。
どうして怒っているのかは知らないが、その顔を見て、俺の付け入る隙があるのだということは理解した。だから。
「映子ちゃん」
……ずるい。
そんな顔をされたら、なにもかも、許さざるをえない。
ほっと緩んで、今にも泣き出しそうな顔。
キスをする。
往来でこんなこと初めてだ。通行人の視線が突き刺さる。かまうもんか。今、こうしないでどうする。華奢な身体を抱いて、頬をなぞって、舌で唇を開けさせて、舐めて、吸って、
見せつけろ。
「お待たせ。遅くなってごめんね」
彼女はセックスの後みたいによろめいて、その体重を俺に預けて見上げてきた。妙に色っぽい姿。しかもVネックから谷間が覗いている。
「くおん、さ……」
「車乗って。さあ、帰ろっか」
大人しく頷いて助手席に乗ったエンボちゃんにほっと息をつく。これでもう盗られることも、逃げられることもない。……彼女の希望で迎えにきたのだから、そんな心配は必要ないはずなのに。
「すみません。映子、体調が悪いみたいなんで持って帰りますね」
「あ……はい」
車のドアを閉めて男を……元カレを、まじまじと見る。思っていたのとは随分違った。
まずダサい。圧倒的にダサい。
赤いチェックのネルシャツによれたジーパン、年寄りが掛けていそうな銀縁メガネ。背丈だって高くはなく、ヒールを履いたエンボちゃんと同じか、下手したら低いくらいだ。
それにこの男、はっきり言って小物だ。
彼女の名前を呼んだときはいっそふてぶてしいほどの表情だったのに、俺を見て目の色も、態度も変わった。そして今、簡単に怖気づいてひるんでいる。俺だったらキスぐらいで引きはしない。
所詮はその程度のくせに。
「……感謝してるんです。あなたには」
「え、はぁ……?」
「映子を捨ててくれて」
近づくな。二度と。
「じゃあ」
「あっ、あの……」
「まだ何か?」
「…………ごめんって、伝えといてください」
「分かりました」
言うかよ馬鹿が。
車に乗り込む。短時間でエンボちゃんはまた沈みきっていた。グロスの取れかかった唇を噛み、膝の上でぎゅっと手を結んで、視線を上げずに耐えている。発進。
耐えている。なにに?
何も分からないけど、聞けるような雰囲気ではなかったから、固く結んだ手に手を重ねる。力がゆるんだ。そのまま、しっかりと繋ぎなおす。
「エンボちゃん」
「……」
「呼んでくれてありがとう。嬉しかった」
「ごめんなさい……」
「どうして謝るの? エンボちゃん、なにも悪くないでしょ」
「でも……」
強い力で握られている。
子どもが親に、必死ですがりつくみたいに。
良くないことがあったんだろう。あの男と、彼女のあいだになにか……
なにがあったんだよ。
泣くほどあいつが良かったのかよ。
ああ駄目だ。考えるほど問い詰めたくなってしまう。状況から見て違うだろうと頭ではわかっていても、心の隅からちりちりと焼け焦げていくみたいだ。
マンションに向かおうとしたら、珍しく、エンボちゃんの家に来てほしいといわれて車を回した。近くの駐車場に停めてアパートへ向かう。お互いに、何も話さない。
家に着いたら話してくれる?
何があったか打ち明けてくれる?
そんな期待は、部屋へ着いてすぐ打ち破られた。
「エンボちゃ……」
まるで彼女らしくない、食らいつくようなキスだった。精一杯に身体を伸ばして、腕を首に絡めて……
ああ、無理だ。
どうしたって応えられない。だって、俺はこんな彼女を知らない。知らない彼女は誰のものだったのか、考えるだけで爆発しそうだ。
「久遠さ……」
「あいつの事、思い出してんの」
「え……」
「俺をあいつの代わりにすんの」
俺のことは名字で呼ぶくせに、あの男には名前を呼ばせてたの? あいつとは外でもデートした? 平日にも会ったりしてた?
ねえ、エンボちゃん……映子ちゃん。
「まだ好きなの、あいつのこと」
俺は、君にとっての何なの?
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