冷酷な男爵は家事で惚れさせる!?~その無慈悲さ、料理でほどける~

花霞つばき

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 煌びやかなシャンデリアが揺れる舞踏会の夜。噂では「無慈悲の男爵」と呼ばれるグレイヴ・アトルウッドを、リリアナは遠目に見つめていた。

「ねえリリアナ、あの男爵がグレイヴ様よ。近寄らないほうがいいって皆が言ってるわ」

 友人の貴族令嬢がひそひそと囁く。

「無慈悲って、一体どんな方なのかしら」

 リリアナは自分の胸に素直な疑問を抱く。彼の冷ややかな視線が、会場のあちこちを見回しているのは確かだ。近寄りがたいオーラをまとい、女性たちも敬遠している。ところが、その横顔にほんのわずかな寂しさを感じたのは気のせいだろうか。

「リリアナ様、そろそろご挨拶に参りましょう」

 従者が促すが、彼女は気になって仕方がない。過度に怖がるほどのことなのか、直接話してみればわかるかもしれない。そんな好奇心に胸を突き動かされた。

 ところが、グレイヴは人混みを避けるように動き、壁際へと姿を消していく。

「……」

 その背中を目で追ううちに、リリアナは人の足に裾を引っかけてバランスを崩した。倒れそうになる瞬間、見えないほど素早い手が彼女の腰を支える。

「大丈夫か」

 低く冷静な声。目を上げると、そこにはグレイヴ本人の整った顔があった。

「すみません…ありがとうございます」

 リリアナの礼にも、グレイヴはただ小さく頷くだけ。まるで心ここにあらずのような反応に、彼女は思わず戸惑う。

「おケガはありませんか?」

 舞踏会のスタッフが駆け寄ってくると、グレイヴは無言で離れていく。彼女を支えた時の体温の記憶が、リリアナの胸に薄く残ったままだ。

「……あの方が、本当に無慈悲の男爵?」

 噂とは違う優しさを、ほんの一瞬だけ感じ取った。冷酷そうな瞳の奥に何かが潜んでいる気がする。それが何なのか、リリアナの好奇心はかき立てられる。

 それから少しして、クタクタになったリリアナは廊下にあるソファへ腰掛ける。慣れない踊りで足に負担がきたのだろう。ロングドレスの裾をめくってみると、くるぶしに小さな痛みが走る。

「……あらら、捻挫しちゃったかしら」

 軽く靴を脱ごうとした瞬間、少し先の通路でグレイヴの姿が見えた。彼はちらりとこちらを一瞥し、足を止める。だが、声をかけるでもなく、さっと目を伏せて立ち去ろうとする。その無表情ぶりに、リリアナは思わず「待ってください」と呼び止めたくなった。

 しかし、ためらいと遠慮が同時にこみ上げ、言葉は出ない。会場のざわめきの中、足音だけを響かせて、グレイヴ・アトルウッドはその場を後にする。

「やっぱり……冷たい方なのかも」

 けれど先ほど抱き留めてくれた優しさと、今のそっけない背中。そのギャップが、リリアナの胸をチクリと刺して離れなかった。
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