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実習棟一階階段横物置
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「そうなの? 大変だね……家の中ギスギスしそうだし」
違うよ。大変なのはそこじゃないのに。
「あーしんどいよねあれ。ウチも親離婚してるんだけどさ、離婚する前の喧嘩がうざいのなんのって。そんな嫌ならさっさと別れろって」
違う。別れて欲しくなんかない。喧嘩したってなんだって、最後二人が戻ってくれるならそれがいいのに。
「気に病んじゃダメだよ莉奈。テレビで見たんだけど離婚なんてホント珍しいものじゃないらしいし、かく言うあたしも片親だしさ。
最初しんどいけど慣れるって! 私で良ければ相談乗るよ?」
ああ、なんで。なんで別れる事が前提なの。慣れたくなんかない。珍しくないからなんだっていうの。
「大丈夫? 莉奈かなり家族仲よかったもんね。辛いよね。あんまり無理しないでね。授業なら私がノートとっとくから頑張らなくていいから、頼ってね」
ありがとう。頼もしいよ、本当にありがとう。けれど、何故かその気遣われるような優しさが今はしんどさもある。わがままなのかな。ただ、もう。
「大丈夫だって。二組の相澤なんて事故で両親死んじゃったけど、今じゃ全然元気戻って普段どおりだしさ。それに比べれば、な? あんまり気にするなって」
そうだね。私より不幸な人なんていくらでもいるよね。離婚なんて大したことじゃないのかもしれない。けれど。だからなんだって言うの。
私は仲の良い人に片っ端から今の状態を話して、胸の内を吐露して、辛さを零した。側から見てもそれは相談だっただろうし、私もそのつもりだった。
その実、私が求めていたのは同情でも啓蒙でも慰めでも無かったのかもしれない。友人から返ってくる言葉は私の為に送ってくれている物の筈なのに、その全てが無責任な暴力のように思える。
私が悪いのだろう。両親を過度に愛して、悲劇の最中を気取って、達観できない私が悪いんだ。
それでも時に、友人達の言葉に時折怒りすら覚えた。こんなに辛いのに、理解もせずになんでそんな無責任な事が言えるのかと。理解なんて出来るわけもないのに。面倒な話を聞いてもらっているのに。
聞いてもらいたいだけなのかな。それも分からない。答えが欲しい気もする。救いが欲しい気もする。
ただ今は、何も分からない。暗い森の中に身一つで放り出されたようで、先が見えない。一縷の光だって無いように感じる。
一通りの泣き脅しも訴えも、両親には通じなかった。否定もしないし、決定的な言葉を口にもしなかったが、罪悪感を抱えた苦い表情の二人の沈黙が何よりの答えだった。
そこで感じた私の絶望を多分誰も理解できない。私ですら理解できないのだから。
ありがとうと、何とか口にして教室を後にした。耐えられなかった。友人達の達観した正しい言葉が。自分が悪いのか間違っているのか、ただでさえ辛いのにそんな事を考えると頭がおかしくなりそうだった。
私は部活に入っていて、学年を問わずそこそこ友達がいる。そして、昨日何人かに話した私の事情は今朝になってみるとほぼ全員に伝播していた。
気が滅入るのでスマホの通知は切った。ただ校内に逃げ場が無い。幾人かに話し掛けられて愛想笑いで切り抜けて、ようやく一人になれる場所を見つけた。
実習棟の一階の南端の階段横にある物置。
物置といっても廊下との仕切りは無いけれど、置かれているのは体育祭の時に使われるものばかりで今訪れる者はそう多く無いだろう。
私は床に積まれた埃っぽいマットに腰を掛けて、舞い上がった塵の数を意味もなく数えた。
違うよ。大変なのはそこじゃないのに。
「あーしんどいよねあれ。ウチも親離婚してるんだけどさ、離婚する前の喧嘩がうざいのなんのって。そんな嫌ならさっさと別れろって」
違う。別れて欲しくなんかない。喧嘩したってなんだって、最後二人が戻ってくれるならそれがいいのに。
「気に病んじゃダメだよ莉奈。テレビで見たんだけど離婚なんてホント珍しいものじゃないらしいし、かく言うあたしも片親だしさ。
最初しんどいけど慣れるって! 私で良ければ相談乗るよ?」
ああ、なんで。なんで別れる事が前提なの。慣れたくなんかない。珍しくないからなんだっていうの。
「大丈夫? 莉奈かなり家族仲よかったもんね。辛いよね。あんまり無理しないでね。授業なら私がノートとっとくから頑張らなくていいから、頼ってね」
ありがとう。頼もしいよ、本当にありがとう。けれど、何故かその気遣われるような優しさが今はしんどさもある。わがままなのかな。ただ、もう。
「大丈夫だって。二組の相澤なんて事故で両親死んじゃったけど、今じゃ全然元気戻って普段どおりだしさ。それに比べれば、な? あんまり気にするなって」
そうだね。私より不幸な人なんていくらでもいるよね。離婚なんて大したことじゃないのかもしれない。けれど。だからなんだって言うの。
私は仲の良い人に片っ端から今の状態を話して、胸の内を吐露して、辛さを零した。側から見てもそれは相談だっただろうし、私もそのつもりだった。
その実、私が求めていたのは同情でも啓蒙でも慰めでも無かったのかもしれない。友人から返ってくる言葉は私の為に送ってくれている物の筈なのに、その全てが無責任な暴力のように思える。
私が悪いのだろう。両親を過度に愛して、悲劇の最中を気取って、達観できない私が悪いんだ。
それでも時に、友人達の言葉に時折怒りすら覚えた。こんなに辛いのに、理解もせずになんでそんな無責任な事が言えるのかと。理解なんて出来るわけもないのに。面倒な話を聞いてもらっているのに。
聞いてもらいたいだけなのかな。それも分からない。答えが欲しい気もする。救いが欲しい気もする。
ただ今は、何も分からない。暗い森の中に身一つで放り出されたようで、先が見えない。一縷の光だって無いように感じる。
一通りの泣き脅しも訴えも、両親には通じなかった。否定もしないし、決定的な言葉を口にもしなかったが、罪悪感を抱えた苦い表情の二人の沈黙が何よりの答えだった。
そこで感じた私の絶望を多分誰も理解できない。私ですら理解できないのだから。
ありがとうと、何とか口にして教室を後にした。耐えられなかった。友人達の達観した正しい言葉が。自分が悪いのか間違っているのか、ただでさえ辛いのにそんな事を考えると頭がおかしくなりそうだった。
私は部活に入っていて、学年を問わずそこそこ友達がいる。そして、昨日何人かに話した私の事情は今朝になってみるとほぼ全員に伝播していた。
気が滅入るのでスマホの通知は切った。ただ校内に逃げ場が無い。幾人かに話し掛けられて愛想笑いで切り抜けて、ようやく一人になれる場所を見つけた。
実習棟の一階の南端の階段横にある物置。
物置といっても廊下との仕切りは無いけれど、置かれているのは体育祭の時に使われるものばかりで今訪れる者はそう多く無いだろう。
私は床に積まれた埃っぽいマットに腰を掛けて、舞い上がった塵の数を意味もなく数えた。
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