映した鏡

はんぺん

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君の辛さは分からないから①

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 ここは教室棟からも離れているせいか、実際通る人は殆どいなかった。実習授業や部活で使うとて、階段の影、それも棟の下駄箱から離れた位置にある場所だ。気付く人もあまりいないし、こんな陰鬱とした場所だからか通ったとしても知らぬふりをしてくれる。

 気付けば三日も私はそこを頼った。日がないる訳にもいかないけれど、昼休みと朝早くはここにいる。友達と同じ様に、親とも顔を合わせているだけで辛くなる。だから私は親が起き始める前に支度を始めて挨拶だけ交わしてから家を出ている。
 何の解決にもならないのは知っている。けれどまだ踏み出す勇気も気力も無い。もう不意に涙は出なくなったけど、どうしようもない虚無感が私に巣食っている。きっと涙は心の中身だったんだ。
 持て余した時間で自分を主人公に見立て、頭に詩を作ってみたり。その痛々しさを自嘲する余裕すらなく時間が過ぎて行く。

 少しずつ、友人の慣れるという言葉の意味も分かってきていた。感情が麻痺してくる。辛かった筈の事柄に対する感覚が鈍ってきている。
 時間が解決するとはこういう事なのかな。その内、友人達の言葉も笑って吞み込めるような気がしてきていた。


 多分、この物置に居座って一週間は過ぎた。最初は埃っぽかったこの場所も、居心地を良くするために掃除をして今ではここに住みたいとすら思える。実際は家に帰りたくないだけなんだけど。
 私が寝てからの秘密の会議は相変わらずのようで、まだ直接口にされてはいないがあからさまな変化があった。二人がお互いの気にさわる部分に対して笑って済ませて来た事を、私の前でも嫌な顔をするようになった。いくら麻痺をしたと言っても、流石に正視できるものではない。

 もう部活が終わって三十分は経った。もう最終下校時刻は過ぎただろう。なのに私はここにいる。部活動後の友人の誘いを曖昧に断ってここにいる。帰る事がどうしても怖かった。二人のあんな顔を見たくなかった。麻痺なんてしていない、そうしないといけないって思い込んで努めていただけだと気付いた。
 マットの上で膝を抱えた。頭を膝に埋めて、言語化出来ない感情が唸りとなって口から漏れた。誰かといれば自分を保てる、ただ辛いけれど。独りになると自分を我慢しなくてよくなる、より辛いけれど。

 逃げたくてここに来たのに、結局何からも逃げられていない。ただ辛さを感じる感度が増しただけ。それでも友人といるのが怖い。どういう目で見られているのか、友人達の尺度で裁かれる事が恐怖だった。
 出なくなったはずの涙が出てきた。結局一歩だって前進は出来ていなかったみたいだ。
 嗚咽しながら涙を拭う。そんな時だ、ここに不相応な足音が聞こえた。それは確実に、入口の方からこちらへ歩を進めている。
 
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