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君の辛さは分からないから②
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少し驚いたがどうということはない。もう最終下校時刻は過ぎている。守衛だか見回りの先生だかは回ってきて当然だ。見つかっては流石に帰らないわけにもいかない、何とか涙だけでも見られぬように私は立ち上がって袖で涙を拭う。
「お……」
間に合わなかった。目をこすってる最中に私は見つかってしまったようだ。漏れた驚きの声は若い男のものだった。いや、あまりに若々しすぎる。
少し身構えて目蓋を開く。滲んだ視界にはまず赤いインクが垂らされた。その赤を中心に輪郭は鮮明になっていき、それはウチの高校指定のシャツを着た男子になった。もっともそのシャツは赤、もとい血に塗れていたのだけど。
「ひっ」
驚きのあまり私は足をもつれさせてマットの上に尻餅をついてしまった。彼は申し訳無さそうに左手を伸ばして、「ごめん」と言ったかと思うと途中で諦め代わりに右頬を押さえた。どうやら口内が切れているらしく、声を出した時に激しく痛んだようだ。痛みに対してか、或いはそれを作った者へか、激しい憎悪を彼は顔に滲ませる。
しかし直ぐに彼は自分の表情に気付いてか、あるいは他の感情か、ふっと顔を背けた。
「ごめん。そこに体育祭の時に使う救急箱置いてあってさ……。いや、ほら、保健室ももう開いてないだろうし…………」
何故か言い訳がましく理由を言って、その後彼は間を置いて何度かごめんと繰り返した。謝る道理も無いのに。その後、私も返す言葉が思い浮かばなくて気まずい沈黙が滞った。
微妙な間の間に彼を観察してみると手の甲や顔に擦り傷があって、左足は引き摺りがちで服も揉み合ったかのようにクシャクシャだ。外面で云えば私なんかよりよっぽど辛そうだった。不意に笑いが溢れた。久しぶりのそれはとてもぎこちなくて自分でも分かる位控え目のモノだったけれど、少し自分の心を取り戻せた気がした。
「……い、いや、あの、ごめんなさい」
そして今度はこっちが謝る番だった。目を丸くして私を見る彼に申し訳なくて、お尻をついたまま少し頭を下げる。名札の色で彼が三年生なのは分かっていた。対して私は二年。薄幸そうな様に重ねて、笑ってしまった事にさらに罪悪感が増す。
「……じゃああいこで、な。俺も人居ると思って無かったからビックリしちゃってさ」
今尚頬を押さえる彼は恥ずかしそうに俯いて言う。そしてそのまま手の平を見せて回れ右する。
虚を突かれて私の口から「あっ」という情け無い声が漏れた。彼は不思議そうに振り向いて、私は力無く伸ばしていた右手に気付き慌てて引っ込めた。
「……どこ行くんですか?」
「どこって……帰るだけだよ」
「……なんでですか?」
「…………泣いてたんだろ。わざわざこんな所で」
歯切れ悪く彼は言った。多くは言わず、端的に。
そうだ私泣いてたんだった。反射的に目を擦って乾いた涙の跡を消した。
「お……」
間に合わなかった。目をこすってる最中に私は見つかってしまったようだ。漏れた驚きの声は若い男のものだった。いや、あまりに若々しすぎる。
少し身構えて目蓋を開く。滲んだ視界にはまず赤いインクが垂らされた。その赤を中心に輪郭は鮮明になっていき、それはウチの高校指定のシャツを着た男子になった。もっともそのシャツは赤、もとい血に塗れていたのだけど。
「ひっ」
驚きのあまり私は足をもつれさせてマットの上に尻餅をついてしまった。彼は申し訳無さそうに左手を伸ばして、「ごめん」と言ったかと思うと途中で諦め代わりに右頬を押さえた。どうやら口内が切れているらしく、声を出した時に激しく痛んだようだ。痛みに対してか、或いはそれを作った者へか、激しい憎悪を彼は顔に滲ませる。
しかし直ぐに彼は自分の表情に気付いてか、あるいは他の感情か、ふっと顔を背けた。
「ごめん。そこに体育祭の時に使う救急箱置いてあってさ……。いや、ほら、保健室ももう開いてないだろうし…………」
何故か言い訳がましく理由を言って、その後彼は間を置いて何度かごめんと繰り返した。謝る道理も無いのに。その後、私も返す言葉が思い浮かばなくて気まずい沈黙が滞った。
微妙な間の間に彼を観察してみると手の甲や顔に擦り傷があって、左足は引き摺りがちで服も揉み合ったかのようにクシャクシャだ。外面で云えば私なんかよりよっぽど辛そうだった。不意に笑いが溢れた。久しぶりのそれはとてもぎこちなくて自分でも分かる位控え目のモノだったけれど、少し自分の心を取り戻せた気がした。
「……い、いや、あの、ごめんなさい」
そして今度はこっちが謝る番だった。目を丸くして私を見る彼に申し訳なくて、お尻をついたまま少し頭を下げる。名札の色で彼が三年生なのは分かっていた。対して私は二年。薄幸そうな様に重ねて、笑ってしまった事にさらに罪悪感が増す。
「……じゃああいこで、な。俺も人居ると思って無かったからビックリしちゃってさ」
今尚頬を押さえる彼は恥ずかしそうに俯いて言う。そしてそのまま手の平を見せて回れ右する。
虚を突かれて私の口から「あっ」という情け無い声が漏れた。彼は不思議そうに振り向いて、私は力無く伸ばしていた右手に気付き慌てて引っ込めた。
「……どこ行くんですか?」
「どこって……帰るだけだよ」
「……なんでですか?」
「…………泣いてたんだろ。わざわざこんな所で」
歯切れ悪く彼は言った。多くは言わず、端的に。
そうだ私泣いてたんだった。反射的に目を擦って乾いた涙の跡を消した。
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