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九十二話〜父と子〜
しおりを挟む久々に本邸に足を踏み入れた。
長い廊下を靴音を響かせながらユーリウスは歩いて行く。
その目的は継母に会うためだ。
先日、アンセイムとの話し合いも無事に終わり、エレノラとの離縁は回避した。
そして気持ちを新たに、彼女を守ると決意した。
これまで家族の問題から目を背けてきたが、これからは自分一人ではない。妻であるエレノラがいる。
フラヴィのようにあからさまな事をするような人間ではないが、今回の件を受け考えを改めた。これまで継母がユーリウスに直接何かを仕掛けてくる事はなかったが、エレノラには違った。継母からすれば、ちょっとした嫌がらせのつもりだったかも知れないが、実際はエレノラは死に掛けたのだ。許せる筈がない。
継母を責めれば父が庇うのは目に見えているが、それでも抗議と警告をするつもりだ。
ユーリウスはとある部屋の前で足を止める。
散財が趣味の継母の事だ。装飾品類が山ほど置かれている趣味部屋にでもいるのかと思われたが、当てが外れた。
仕方がなく近くを通り掛かった使用人に声を掛ける。
「夫人はどこにいる?」
「若旦那様、こちらにおいでになられるなど、一体どうなさったのですか⁉︎」
「質問にだけ答えろ」
無礼な使用人に不快感を示すと、彼は分かり易く萎縮した。
「い、今は、旦那様とテラスでお茶をなさっております……」
今日は早めに仕事を切り上げてきたので、今はまだ夕暮れ前でありどうやらテラスで優雅にお茶をしているらしい。
それにしても、継母が公爵家の女主人になってからというもの使用人達の質が目に見えて落ちてきていると呆れる。
離れの使用人達はスチュアートが教育をした者しかいないが、その差は歴然だと鼻を鳴らす。
「お取り込みのところ失礼致します」
「ユーリウス、やはりきたか。話は聞いている。ドニエ家の事だろう。イネス、すまないが少し席を外してくれ」
テラスに足を向けると、やはり父と継母が優雅にお茶をしていた。
突然の訪問にも拘らず父は驚いた様子を見せる事はなく、継母は心底煩わしそうな顔をする。
「お待ちください。確かに私が訪ねた理由はドニエ家関連の事ではありますが、今日は夫人にお話があり参りました」
事件の翌日にはドニエ侯爵自らブロンダン家の屋敷を訪ねてきて、父である公爵に今回の件の説明と謝罪をしたと報告を聞いた。その後、ユーリウスは正式にフラヴィを告訴したが、流石にまだ進展はなく現時点でわざわざ父と話す必要はないと考えている。
「イネスにか?」
父は怪訝な顔で向かい側に座っている継母を見ると、彼女は手にしていたカップをテーブルの上に置いた。
「あら、私にご用意があるなんて何かしら?」
「事件の日、立ち入りを禁止させていた筈のフラヴィ・ドニエを屋敷に入れ、更に妻の護衛であるヨーゼフに対して虚偽の言伝をして任務を妨害した事です」
ユーリウスの言葉にイネスは一瞬目を丸くして大袈裟に笑って見せた。
「あらごめんなさい。良く覚えていないわ」
「今回の件、裏付けは取れています。だが貴女から謝罪をして欲しい訳ではありません」
「……あらそう。それなら何しにきたの?」
ピタリと笑うのを止めると、今度は冷ややかな視線を向けてくる。
その様子から全く反省などしていない事が窺え、苛立ちを覚えた。
本当に昔から変わらず性悪で図々しい女だ。
母が屋敷を出て行ったその日の夕刻には我が物顔で屋敷に入り込むとそのまま住み始めた。そして女主人として権力を振り翳し、やりたい放題だった。
先ず初めにした事は、わざわざ母の部屋を私室にし、次に屋敷中の内装をイネスの趣味に変えさせた。その後は品性の欠片もないようなただ派手な高価なドレスや装飾品を買い漁り散財を始めた。
昔からずっと思っている。父はこんな女のどこが良かったのかと。
「次に私の妻に危害を与えようとしたらただでは済まない。これまで通り生活していきたいなら肝に銘じておけ」
母の事や嫌味を言われたりと様々な理由からこれまで嫌悪してきたが、父の伴侶であるイネスには礼儀だけは弁えてきた。だがこの女は母から父を奪っただけでは飽き足らず、今度は自分の息子を後継者に据えるためにユーリウスを後継者の座から引き摺り下ろそうとエレノラを攻撃してきた。
「ユーリウス、母に向かって何という口の利き方をするんだ」
「母? その人は父上の伴侶ではありますが、私の母ではありません。私の母は、十五年前貴方方に屋敷を追い出された哀れな母上、ただ一人です」
今はもう生みの母を恋しいと思う事もなければ恨む事ない。だが、それでも自分にとっての母はあの人だけだ。
「父上、私は貴方が嫌いです。母を蔑ろにし他所に愛人を囲い、最後には母を屋敷から追い出した。それでも、私が今の立場にあるのは貴方のお陰だと思っています。これまで愚行を続けても見捨てないでくれた事も重々理解しています。そしてエレノラを私の妻に迎えてくれた事を、心から感謝していますーーだからもう、私の幸せを壊さないで下さい」
今回の事は継母が引き起こした事であり父に向けて言うのは違うように思えるが、この屋敷にイネスを連れてきたのは父だ。そしてこれまで好き勝手させていたのも全て父だ。故に責任の一端は父にもある。
「言っておくけど貴方の母親は勝手に屋敷を出て行ったの。私達のせいにされても困るわ。貴方の母親は女として私に負けただけ」
「イネス、少し黙ってくれないか」
「だって、ダミアン、このままだと私達が悪いみたいじゃない? だから」
「黙れと言っているんだ‼︎ 聞こえなかったのか⁉︎」
「っ……」
ユーリウスは目を見張る。冷静な父が声を荒げたのを初めて見た。
そのためイネスも顔を青ざめさせると黙り込み俯いた。
「ユーリウス、私が良い父親でない事は理解している。お前の実母の事も弁解のしようもない。……お前が、私を嫌っている事も知っていた。今更、何を言ったところで信用出来ないだろうが、私はお前の事もロベルトの事も同等に大切な息子だと思っている。私に言う権利などないと分かってはいるが、幸せになって欲しい……。すまなかった、ユーリウス」
継母に警告をしにきたのが思わぬの展開となり複雑な心境に陥る。
本当に今更だと思う。
母が屋敷を出て行った直後は激しい憤りもあったが、今はそこまでの感情を父に向けるほど興味はない。
「折角のお茶の時間を邪魔してしまい申し訳ありませんでした。私はこれで失礼致します」
怒りはないが、許す事が出来ない自分はまだまだ子供なのかも知れない。
返事をする事なく頭を下げると父は「ああ……」そう一言だけ返した。
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