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九十一話〜従兄妹〜
しおりを挟む事件の翌々日、エレノラはユーリウスと共に登城した。
応接間に通されソファーにアンセイムが座った後、エレノラとユーリウスは向かい側に座った。侍女がお茶を淹れ終わると、アンセイムが人払いをする。
「フラヴィ嬢の件、聞いたよ。災難だったね、大丈夫だったかい?」
「驚きましたが、ユーリウス様が助けて下さったので特に怪我もありませんでした」
「それは良かった。ただ元を辿れば原因はユーリウスにあるからね。当然な事だ。寧ろ感謝どころか反省をすべきだ」
隣に座るユーリウスを盗み見ると、僅かに口元に力が入っているのが分かった。ただ事実なので庇う事はしない。
「それで二人揃って僕に話とは何かな?」
「実は、側妃になるお話をお断りしたく思っております。一度承諾したにも拘らず、本当に申し訳ありません……」
無責任だと分かっている。だがユーリウスから想いを告げられ、彼と一から夫婦として歩んで行きたいと思ってしまった。こんな気持ちを抱えたまま離縁してアンセイムと結婚は出来ない。どちらにせよアンセイムに失礼だ。
(それなら私は、ユーリウス様と夫婦でいたい)
「それだとユーリウスの愛人達の進路先の斡旋の話は無効になるけど、いいのかい?」
「それは私が、責任を持って探すので問題ありません」
黙ってやり取りを見守っていたユーリウスがエレノラの代わりに答えた。
アンセイムはユーリウスへ視線を向けると、不適な笑みを浮かべる。
「なるほど。だがユーリウス、僕が認めないと言ったらどうする?」
「殿下とは可能ならば争いたくはありませんが、必要ならば致し方ないと考えております」
二人は黙り込み睨み合う。不穏な空気が流れた。
エレノラが打開策を考えていると、暫くしてアンセイムが大きなため息を吐いた。
「これは、僕が完全に劣勢みたいだ。優秀な側近を失うだけでなく、ブロンダン家の支持まで失うのは正直厳しい。それにーー」
不意にこちらを一瞥をする。
「エレノラ嬢に嫌われるのは嫌だからね」
眉根を寄せ苦笑する姿に、申し訳ない気持ちで一杯になった。
「二人で話がしたい。ユーリウス、少し席を外してくれないかい?」
「いくら殿下でもそれは」
慌ててユーリウスはエレノラを自身の後ろに隠すが、エレノラはそれを制止した。
「ユーリウス様、アンセイム様とお話しさせて下さい」
「いや、しかし」
「ユーリウス様、お願いします」
真っ直ぐに彼の瞳を見つめ嘆願をする。
「っ、分かった。殿下、十分です。それ以上は待てません」
「ああ分かった」
アンセイムの前だから毅然とした様子で部屋から出て行くが、その横顔はしゅんとしていた。
「あの……」
二人きりとなり更に気不味くなる。
アンセイムは窓辺に立つと外へ視線を向けた。
「残念だよ。君を妃に迎えられると思って楽しみにしていたんだ」
「一度承諾したにも拘らず、本当に申し訳ありません」
こちらを振り返ったアンセイムに深々と頭を下げると彼は穏やかに笑んだ。
「実は君は僕の初恋の女性に良く似ていてね。三度、会ったのは偶然ではあるが必然ともいえる」
「それはどういう意味ですか?」
意外な言葉に目を丸くする。
「初めて君と出会った時、そのすみれ色の瞳や雰囲気に彼女を思い出し直ぐに君を調べた。だから街で偶然会わなくとも何れ君に会おうと考えていた。だがそもそも君と会えた事自体が運命だと思ったんだーー僕の初恋の女性は、君の母君だよ」
「え……え? え⁉︎」
驚き過ぎて思わず叫んでしまい慌てて口元を覆う。
「し、失礼致しました……」
「いや驚くのも無理はない。因みに僕と君は従兄妹にあたる」
「…………はい⁉︎」
次から次に衝撃的な発言を繰り出すアンセイムに、エレノラの頭は混乱をきたす。
アンセイムの初恋の女性はエレノラの母で、彼とエレノラは従兄妹だという。それならエレノラの母は彼にとって叔母という事になる。
「君の母と私の母は腹違いの姉妹なんだ」
王妃のアリアンヌとエレノラの母であるブランシュは腹違いの姉妹で、ブランシュは所謂婚外子だった。
ブランシュの母は子爵令嬢ではあったが、あまり裕福ではなくボートリエ侯爵家の侍女として働いていた。そして当時の侯爵に手籠にされた上に子を身籠り、それがブランシュだった。
だが彼女はブランシュを出産後直ぐに亡くなってしまう。
侯爵はブランシュを引き取るつもりだったそうだが、当時の侯爵夫人が拒否をしたためブランシュは母方の生家である子爵家に引き取られる事となった。
それからブランシュは年頃になっても社交界には顔を出さず、日陰者のように暮らしていたという。
そんな中、ボートリエ侯爵家の娘アリアンヌが当時の王太子へ嫁ぎ状況は変わった。
王太子は妻アリアンヌと腹違いとはいえブランシュは義理の妹だからと、頻繁に社交の場に招待をした。だが周りからの目は厳しく、更に腹違いの姉であるアリアンヌは気に入らないとブランシュに公然の前で嫌味を言ったり嫌がらせをしたという。
アンセイムがブランシュと出会ったのは、初めて大人達のお茶会に参加する事になった八歳の時だった。その際に彼はブランシュに一目惚れをした。
周りから虐げられても嫌な顔一つせず、穏やかに微笑む姿は正に聖母のようだった。
そしてある日、いつも通り城の中庭でお茶会が開かれ、アンセイムはブランシュの姿を探していると、見つけた彼女は中庭の奥の木々の中へと姿を消した。
するとーー
『なにをしているの?』
『あらアンセイム殿下、お恥ずかしいところを見られてしまいましたわ』
ブランシュの腕には猫が抱かれ、その猫は怪我をしていた。
『私、実は耳がとても良いんです』
お茶会で皆、騒がしくしている中、遠くから猫の声が聞こえてきたという。そして庭の奥へきてみれば、猫が怪我をして倒れていたらしい。
『猫は大丈夫なの?』
『応急処置はしましたが、本来なら確り処置してあげないと化膿してしまいます』
『それなら僕が医務官を連れて来るよ』
アンセイムは医務官を連れてくると猫の治療をさせた。
「それから叔母上とはお茶会で顔を合わせれば話すようになってね。でも暫くして叔母上は田舎に嫁いでいって、その後は二度と会う事はなかった」
アンセイムからの話にエレノラは、母を思い出す。
まだエレノラが幼かったせいか、母はエレノラに生家の話などはしなかった。母が亡くなった後、父も使用人達も少しずつ母の話はしなくなっていき、そもそも生きるのに必死で父に母の生家の話を聞こうとも考えなかった。故に何も知らなかった。
「叔母上の瞳もすみれ色だっただろう? この瞳の色は、ボートリエ家の遺伝なんだ」
それにしてもまさかこんな所で母の話を聞けるとは思わなかった。しかも母は侯爵家の婚外子で、更にはアンセイムとは親類にあたるなど、俄には信じられない。
父方の親類がいないので少し嬉しい気もするが、複雑な気持ちでもある。
「今はまだ僕しか知らないけど、もし母上やボートリエ家に君の存在を知られたら、少し面倒な事になるかも知れない。その時に君を守ってあげられるのは僕しかいないという事を忘れないで欲しい。ブロンダン家は名家ではあるが、所詮は一貴族に過ぎない」
爽やかに笑んでいるがどこか威圧感を覚え思わず息を呑む。
「このままユーリウスと夫婦を続けるのは構わないが、もし気が変わったらいつでも僕の元へおいで」
「お気遣いありがとうございます。ですが、ご遠慮致します」
エレノラは微笑むと丁寧に頭を下げた。
「殿下、もう宜しいでしょうか」
その瞬間、タイミング良くユーリウスが部屋に入ってきた。
「お話がお済みなら妻を返して頂きます」
「ユーリウス様っ⁉︎」
靴音を鳴らしながら二人の間に割って入ると、ユーリウスに引き寄せられる。突然の事に足元がフラつき彼に抱き付く形となり、腕の中に収まった。
「本日はお時間を頂戴し、ありがとうございました」
「幸せになれるといいね」
爽やかに笑んだアンセイムに見送られ、エレノラ達は部屋を後にした。
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