上 下
4 / 64

三話

しおりを挟む
「ルーフィナ?」
「‼︎」

 突然後ろから声を掛けられビクりと身体を震わせる。ゆっくりと振り返れば、そこには目を丸くしているテオフィルが立っていた。

「テオフィル様」
「こんな所に隠れて何をしてるんだい? 探したんだよ……どうかしたのか?」
「い、いえ、その、ネ、ネズミが……いた気がしたんですが多分見間違えですね~」
「ネズミ……?」

 恥ずかしい所を見られてしまいどうにか誤魔化そうとするも、気の利いた言い訳が出てこずテオフィルから不審な目で見られてしまった。

「すまない、随分と待たせてしまったね。僕はてっきり広間の事だと思い込んでいたんだ」

 どうやら何時になっても来なかったのではなく、彼の方が先に到着をして広間の出入りでずっと待っていたそうだ。二人共に初めてという事で、待ち合わせていた出入り口の認識が違った様だと互いに笑ってしまった。

「リュカ達は先に広間に行っている。僕達も行こうか」

 差し出された彼の手を取り、ルーフィナは広間へと向かった。


 学院での制服姿ともお茶会での私服姿ともまた違う友人達の正装姿に少し気恥ずかしさを感じる。
 あの後テオフィルと共に広間に着いたルーフィナは、無事ベアトリスやリュカとも合流する事が出来た。お金持ちの旦那様を捕まえると意気込んでいたベアトリスは、やはり気合い十分の格好をしていた。全身装飾品やフリルなどで着飾っている。方向性は不明だが、似合っているので問題はないと思う。ただ彼女が言うには全財産を身に付けてきたらしい……。それを聞いて少し心配になってしまう。そんな彼女の隣には、あれだけ面倒臭いと文句を言っていたリュカの姿があるがやはり伯爵令息なだけはある。普段とは別人の様に凛とした佇まいで正装を着こなしていた。今夜ばかりは寝癖はない。

「ルーフィナ、綺麗だよ」
「ありがとうございます」

 隣で終始爽やかな笑顔を振り撒いているテオフィルもまた普段に増して今夜は一段と大人びて紳士的だ。そして何時もより増し増しで令嬢等からの視線も熱い。ルーフィナが隣にいてもお構いなしに変わる変わる令嬢等から声を掛けられている。相変わらずモテるなと感心をするのと同時に、やはり申し訳なくなってしまう。本来なら自分などではなく未婚でもっと素敵な女性が彼のパートナーには相応しい筈だ。


 ルーフィナには幼い頃母に連れられよく登城していた記憶がある。だがそれも母を亡くし結婚してからは訪れる機会もなくなった。久々に訪れた城に少し懐かしさを覚えるも、まるで別世界の様だとも思えた。
 広間は無数の灯りで照らされ、豪華な食事に優雅な演奏、誰もが華やかな出で立ちをしており全てが光り輝いている。
 暫し飲み物を口にしたり談笑したりと楽しんでいたルーフィナだったが気分が悪くなってしまう。どうやら歩くのに苦労する程の人の数に圧倒され少し人酔いをしてしまった様だ。そんなルーフィナを気遣いテオフィルは壁際へと身体を支えて避難させてくれた。
 水を取りに行ってくれたテオフィルにお礼を言って、ゆっくりとそれを飲み干すとようやく気分が落ち着いた。その後は休憩しつつ広間の中央で踊るベアトリスとリュカを眺めながら二人で談笑をしていた。
 
「テオフィル」

 そんな時、一人の男性が此方へと近付き声を掛けて来た。歳は中年程、かなり背の高い、黄の強い金髪とヘーゼル色の瞳……ルーフィナは男性の特徴に横にいるテオフィルと思わず見比べる。

(顔立ちも髪色も目の色も同じ……もしかして)

「父上」

 やっぱり……彼から聞くまでもなく納得をする。

「そちらが話していたご令嬢かな」
「はい、ルーフィナ嬢です」

 テオフィルから紹介をされ、背筋を正しドレスの裾を持ち上げ会釈をする。

「初めてまして、ヴァノ侯爵夫人。私はテオフィルの父のブラームス・モンタニエと申します。何時も倅がお世話になっています」
「父上、違います、ルーフィナ嬢です」

 ルーフィナが挨拶を返そうとすると、テオフィルが口を挟んで来た。だが指摘する理由が分からない。ヴァノ侯爵夫人だろうがルーフィナ嬢だろうが、どちらもルーフィナに違いない。謎だ……。

「はは、そうだな。ルーフィナ嬢だったな」

 軽く笑うブラームスとは対照的に珍しく不貞腐れた様な顔をする彼に目を丸くする。何がそんなに不満なのだろう……。

「初めまして、ルーフィナ・ヴァノです。此方こそテオフィル様には何時も助けて頂いております」

 テオフィルの父親が騎士団長を務めている事は以前から知ってはいたが、いざ会って見るととてもそうは見えない。確かにかなり背も高く大柄ではあるが、気さくで話し易く穏やかだ。騎士団長と聞いてもっと強面で気難しい人を想像していた。またテオフィルには兄が一人おり同じく騎士団に所属しているそうだが、テオフィルはしていない。剣の腕は確かなのに勿体無い。だがまあ彼なりに思う所があるのだろう。

「フィナ! 探したよ、こんな所に居たんだね。君は小柄だから人に埋もれてしまってないか心配したんだよ」
「エリアス様」

 紫を帯びた銀色髪の青年は、ルーフィナに気が付くと嬉しそうに駆け寄って来た。彼はエリアス・ペルグラン、この国の王太子でルーフィナの従兄にあたる。エリアスは昔から何かとルーフィナの事を気に掛けてくれ、ルーフィナの屋敷にも良く顔を見せに来る。この国には王子が三人いるが、仲が良いのは彼だけだ。因みに第二王子にはかなり毛嫌いされている。理由は分からないが、顔を合わすと睨まれてからの舌打ちが通常だ。

「これは王太子殿下、ご機嫌よろしゅうございます」
「やあ、ブラームス。そっちの彼は君のご子息かな」
「王太子殿下、ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。私はモンタニエ家の次男テオフィル・モンタニエです。どうぞお見知り置きを」

 暫くエリアスも加わり雑談をしていると、ベアトリスとリュカが戻って来た。何だか妙な顔ぶれだなと漠然と思っていると「エリアス様! 私、エリアス様とは婚約破棄致します‼︎」と声が聞こえて来た。


 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

私の好きな人はお嬢様の婚約者

恋愛 / 完結 24h.ポイント:518pt お気に入り:421

貴方の子どもじゃありません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:26,958pt お気に入り:3,877

【R18】引きこもりだった僕が貞操観念のゆるい島で癒される話

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:575pt お気に入り:12

転生したら男女逆転世界

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:688pt お気に入り:684

お父様、お母様、わたくしが妖精姫だとお忘れですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:156pt お気に入り:5,581

悪役令嬢、推しを生かすために転生したようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:174

貞操観念がバグった世界で、幼馴染のカノジョを死守する方法

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:356pt お気に入り:17

処理中です...