12 / 63
11
しおりを挟む
良く晴れた昼下がり、ユスティーナは今日は友人にお茶に招待をされ屋敷を訪ねていた。屋敷に着くと直ぐに使用人に案内されて、中庭へ通される。するとそこには既に友人二人の姿があった。
「ユスティーナ様、ご機嫌よう」
立ち上がりユスティーナに声を掛けてくれたのは、この屋敷の令嬢であるミレイユだ。漆黒の艶やかな髪が特徴的な彼女はミレイユ・レニエ侯爵令嬢だ。整った顔立ちと髪色は、ある人物を思い出させる。それはジュディットだ。ミレイユとジュディットの母親は姉妹であり、二人は従姉妹にあたる。
「ご機嫌よう、ミレイユ様、アメリー様。今日はお招きありがとうございます」
焼き立てのアップルパイから漂うシナモンの香りと、紅茶の匂いに癒される。ユスティーナは淹れ立てのお茶を啜ると、一息を吐いた。
「ユスティーナ様、もしかしてお疲れですか?」
小首を傾げて心配そうにユスティーナを見遣る彼女はアメリー・ロジェ伯爵令嬢だ。フワフワな金髪の巻髪が印象的で、おっとりとした愛らしい女性だ。
「確か、慈善活動が忙しいのでしょう?」
今日の招待を受けた手紙の返事に、少し書いておいたのでミレイユはそれを思い出した様に話す。
「えぇ、そうなんですけど……そうじゃなくて」
自分で言っておいて、一体どっちなんだと思い苦笑してしまう。
確かに此処の所、少し疲労感を感じている。教会に通う頻度が増えた事もあるが、それだけじゃない。寧ろ体力的と言うよりも、精神的な方が大きい。
「もしかして……あの噂の事を気にしていらっしゃってるのでは……」
アメリーが戸惑いながら口を開いた。噂自体にユスティーナの名前はないが、一応当事者であるユスティーナに対して気遣ってくれているのだろう。
「少しだけ。でも何時もの事ですから……」
努めて明るく笑顔で返すが、自分で顔が引き攣っているのが分かる。
「三角関係ね、相変わらず失礼極まりない方々ですね」
少し苛々した様子でミレイユは溜息を吐き、フォークで大きめに切り分けたアップルパイを口に放り込んだ。
「あの性悪女を奪い合うとか、頭おかしいんじゃないの?」
「ミレイユ様、言い過ぎですよ」
アメリーが嗜めるが、ミレイユは意に返す事なく話を続ける。
「大体ね、レナード殿下は可愛くてこんなに素敵な婚約者がいるにも関わらず、あの性悪女ばっかり優先させて、王太子殿下と性悪女を奪い合い?……私、前からずっ~と!思ってましたけど、もうアレって立派な浮気ですよね⁉︎」
ガチャンッと音を立ててカップを受け皿に置いた瞬間、ユスティーナは身体をビクリとさせた。それはミレイユの目が据わっていたからだ。これはかなり、怒っている……。
「それに、王太子殿下も一体何考えていらっしゃるのか良く分かりませんし」
「そうですわね。王太子殿下って、人格者でいらっしゃるけど、ジュディット様を嫉妬に狂って泣かせる程お好きだったなんて少々驚きましたわ」
「以前から三角関係とか何だと言われてましたけど、それは王太子殿下は婚約者という立場もあるからと思っていましたけど……今回の噂を聞く限り、結局はあの性悪女の見てくれに惑わされているただの男って感じですね」
ふんっと鼻を鳴らし、ミレイユは今度はお茶を一気飲みする。かなり苛立っている。
先程からジュディットの事を性悪女と連呼しているが、実はミレイユは従姉妹であるジュディットが昔から嫌いらしい。以前から彼女に対して悪口やら敵意が凄い。
ただ性悪女は言い過ぎだが、ユスティーナも少し気持ちが分かる気がする……。
その後もミレイユの毒舌は止まらなかった。
ユスティーナは二人の話を聞きながら、唇をキツく結ぶ。最初に噂を聞いた時から今までずっと、胸の辺りがモヤモヤして苦しい。だがこれまでだってこんな事は良くある事で、悲しいが慣れている。以前は少しすれば気持ちは落ち着いていた。それなのに今回はずっとこのモヤモヤが続いている。その理由は、何故だが分からない。
「あら、ユスティーナ様。素敵な耳飾りですわね」
「え……」
アメリーの言葉に我に返ると何時の間にか、また耳に触れていた。少し前にもレナードに指摘されたが、最近癖になってしまい無意識に触れてしまう。身につけるのをやめればいいのだが、つけていると何故か安心出来るので結局つけたままでいた。
「本当だわ、綺麗な蒼色。もしかして、贈り物ですか?」
「これは……弟のロイドからで」
「相変わらず、仲良しで羨ましいです」
また、嘘を吐いてしまったー。
だがヴォルフラムから贈られた物だなんて、誰にも言えない。胸がまるで針で刺された様にチクリと痛む。
「……」
その瞬間、ハッとする。嘘を吐くのは、後ろめたさがあるからだ。勿論あんな場所に王太子であるヴォルフラムが一人で出入りしている事を言えない事もあるが、別にそんな事を言う必要はない。
浮気ですよね、先程ミレイユが言った言葉が頭を過ぎる。
もしかして、あれも浮気になってしまう、の……?ー。
ここ数ヶ月、ヴォルフラムとは数日に一回は二人だけではないが会っている。それに先日は、二人きりで買い物に出掛けた。手を繋いで、腕にしがみ付いて、この耳飾りを贈られて耳に口付けまでされて……。
私、なんて事を……ー。
心臓が大きく脈打つ。激しく動悸を感じ、息苦しさと目眩がする。
「っ……」
気持ち悪いー。
「ユスティーナ様⁉︎」
「ユスティーナ様っ‼︎誰が来て頂戴‼︎」
身体に力が入らない。ミレイユとアメリーが何か叫んでいるのが遠くに聞こえるが、声が出ない。ユスティーナはその場に崩れ落ち着いて、意識を手放した。
「ユスティーナ様、ご機嫌よう」
立ち上がりユスティーナに声を掛けてくれたのは、この屋敷の令嬢であるミレイユだ。漆黒の艶やかな髪が特徴的な彼女はミレイユ・レニエ侯爵令嬢だ。整った顔立ちと髪色は、ある人物を思い出させる。それはジュディットだ。ミレイユとジュディットの母親は姉妹であり、二人は従姉妹にあたる。
「ご機嫌よう、ミレイユ様、アメリー様。今日はお招きありがとうございます」
焼き立てのアップルパイから漂うシナモンの香りと、紅茶の匂いに癒される。ユスティーナは淹れ立てのお茶を啜ると、一息を吐いた。
「ユスティーナ様、もしかしてお疲れですか?」
小首を傾げて心配そうにユスティーナを見遣る彼女はアメリー・ロジェ伯爵令嬢だ。フワフワな金髪の巻髪が印象的で、おっとりとした愛らしい女性だ。
「確か、慈善活動が忙しいのでしょう?」
今日の招待を受けた手紙の返事に、少し書いておいたのでミレイユはそれを思い出した様に話す。
「えぇ、そうなんですけど……そうじゃなくて」
自分で言っておいて、一体どっちなんだと思い苦笑してしまう。
確かに此処の所、少し疲労感を感じている。教会に通う頻度が増えた事もあるが、それだけじゃない。寧ろ体力的と言うよりも、精神的な方が大きい。
「もしかして……あの噂の事を気にしていらっしゃってるのでは……」
アメリーが戸惑いながら口を開いた。噂自体にユスティーナの名前はないが、一応当事者であるユスティーナに対して気遣ってくれているのだろう。
「少しだけ。でも何時もの事ですから……」
努めて明るく笑顔で返すが、自分で顔が引き攣っているのが分かる。
「三角関係ね、相変わらず失礼極まりない方々ですね」
少し苛々した様子でミレイユは溜息を吐き、フォークで大きめに切り分けたアップルパイを口に放り込んだ。
「あの性悪女を奪い合うとか、頭おかしいんじゃないの?」
「ミレイユ様、言い過ぎですよ」
アメリーが嗜めるが、ミレイユは意に返す事なく話を続ける。
「大体ね、レナード殿下は可愛くてこんなに素敵な婚約者がいるにも関わらず、あの性悪女ばっかり優先させて、王太子殿下と性悪女を奪い合い?……私、前からずっ~と!思ってましたけど、もうアレって立派な浮気ですよね⁉︎」
ガチャンッと音を立ててカップを受け皿に置いた瞬間、ユスティーナは身体をビクリとさせた。それはミレイユの目が据わっていたからだ。これはかなり、怒っている……。
「それに、王太子殿下も一体何考えていらっしゃるのか良く分かりませんし」
「そうですわね。王太子殿下って、人格者でいらっしゃるけど、ジュディット様を嫉妬に狂って泣かせる程お好きだったなんて少々驚きましたわ」
「以前から三角関係とか何だと言われてましたけど、それは王太子殿下は婚約者という立場もあるからと思っていましたけど……今回の噂を聞く限り、結局はあの性悪女の見てくれに惑わされているただの男って感じですね」
ふんっと鼻を鳴らし、ミレイユは今度はお茶を一気飲みする。かなり苛立っている。
先程からジュディットの事を性悪女と連呼しているが、実はミレイユは従姉妹であるジュディットが昔から嫌いらしい。以前から彼女に対して悪口やら敵意が凄い。
ただ性悪女は言い過ぎだが、ユスティーナも少し気持ちが分かる気がする……。
その後もミレイユの毒舌は止まらなかった。
ユスティーナは二人の話を聞きながら、唇をキツく結ぶ。最初に噂を聞いた時から今までずっと、胸の辺りがモヤモヤして苦しい。だがこれまでだってこんな事は良くある事で、悲しいが慣れている。以前は少しすれば気持ちは落ち着いていた。それなのに今回はずっとこのモヤモヤが続いている。その理由は、何故だが分からない。
「あら、ユスティーナ様。素敵な耳飾りですわね」
「え……」
アメリーの言葉に我に返ると何時の間にか、また耳に触れていた。少し前にもレナードに指摘されたが、最近癖になってしまい無意識に触れてしまう。身につけるのをやめればいいのだが、つけていると何故か安心出来るので結局つけたままでいた。
「本当だわ、綺麗な蒼色。もしかして、贈り物ですか?」
「これは……弟のロイドからで」
「相変わらず、仲良しで羨ましいです」
また、嘘を吐いてしまったー。
だがヴォルフラムから贈られた物だなんて、誰にも言えない。胸がまるで針で刺された様にチクリと痛む。
「……」
その瞬間、ハッとする。嘘を吐くのは、後ろめたさがあるからだ。勿論あんな場所に王太子であるヴォルフラムが一人で出入りしている事を言えない事もあるが、別にそんな事を言う必要はない。
浮気ですよね、先程ミレイユが言った言葉が頭を過ぎる。
もしかして、あれも浮気になってしまう、の……?ー。
ここ数ヶ月、ヴォルフラムとは数日に一回は二人だけではないが会っている。それに先日は、二人きりで買い物に出掛けた。手を繋いで、腕にしがみ付いて、この耳飾りを贈られて耳に口付けまでされて……。
私、なんて事を……ー。
心臓が大きく脈打つ。激しく動悸を感じ、息苦しさと目眩がする。
「っ……」
気持ち悪いー。
「ユスティーナ様⁉︎」
「ユスティーナ様っ‼︎誰が来て頂戴‼︎」
身体に力が入らない。ミレイユとアメリーが何か叫んでいるのが遠くに聞こえるが、声が出ない。ユスティーナはその場に崩れ落ち着いて、意識を手放した。
184
あなたにおすすめの小説
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
私は本当に望まれているのですか?
まるねこ
恋愛
この日は辺境伯家の令嬢ジネット・ベルジエは、親友である公爵令嬢マリーズの招待を受け、久々に領地を離れてお茶会に参加していた。
穏やかな社交の場―になるはずだったその日、突然、会場のど真ん中でジネットは公開プロポーズをされる。
「君の神秘的な美しさに心を奪われた。どうか、私の伴侶に……」
果たしてこの出会いは、運命の始まりなのか、それとも――?
感想欄…やっぱり開けました!
Copyright©︎2025-まるねこ
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう
おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。
本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。
初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。
翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス……
(※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる