愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています

秘密 (秘翠ミツキ)

文字の大きさ
17 / 63

16

しおりを挟む

「姉さん、おめでとう!姉さんは自由になったんだ」

夕方屋敷へ戻ると、ユスティーナの帰りを待ち構えていたであろう弟のロイドから、開口一番にそう言われた。意味が分からず首を傾げると、弟は笑った。

「姉さんとレナード殿下の婚約が解消されたんだ!」

突然の事にユスティーナは呆然とする。

「今朝、ようやく陛下が正式に書面にしてくれたんだよ!でも折角婚約解消になったっていうのに、姉さん中々帰って来ないからさ。僕早く知らせたくて知らせたくて仕方が無かったんだよ?あぁそうだ!今夜はお祝いだから、姉さんの好物いっぱい用意させたんだ!だから……」

興奮気味に話すロイドが差し出した正式な婚約解消の書面を、ユスティーナは無言で受け取り目を通す。どうやらユスティーナを揶揄っている訳ではなく事実の様だ。

「……ごめんなさい、ロイド。少し一人にさせて」







やはり、自分は彼には必要とされていなかった見たいだ。

ユスティーナは自室に戻ると、ランプを窓縁に置いてその場にしゃがみ込んだ。行儀が悪いが、そのまま床に座り膝を抱えた。

ずっと、彼に必要とされたかった。彼に憧れ、彼の様になれたらと思った。彼の婚約者になれて嬉しかった。誇らしかった。彼に自分を見て貰いたくて、認めて貰いたかった……。
だが彼はそんなユスティーナとは対照的に、ユスティーナにはまるで関心がない様で、彼の兄の婚約者であるジュディットばかりを見ていた。それでも何時か、彼が自分を見てくれる日が来るかも知れないと淡い期待を抱いていたが、結局それは無理だった様だ。




ユスティーナとレナードが出会ったのは今から六年前の事で、ユスティーナが十歳の時だ。

その日、ユスティーナは父に連れられ登城した。特に何も聞かされておらず、中庭へ連れて行かれそこで待つ様にと言った父は、一人何処かへといなくなってしまった。
暫くは大人しく座って待っていたユスティーナだったが、中々戻らない父に退屈になり中庭を離れた。

初めての城に浮かれていた事もあって、調子に乗ってしまい気付いた時には、完全な迷子になっていた……。

此処さっきも通った気がする……どうしようー。


『お前がやったに決まっているんだ‼︎』

『⁉︎』

ユスティーナが途方にくれていた時だった。突然怒鳴り声が聞こえて来て、思わず身体を震わせる。一体何事だろうかと、柱の陰からこっそりと声の方を覗いてみると、見るからに傲慢そうな男が青い顔をした青年を怒鳴りつけていた。

『わ、私は本当にやっていません!信じて下さい!』

『この期に及んでまだ口答えをするつもりか‼︎これだから平民は嫌なんだ!信用なんてまるで出来ない。あれはな、お前の様な卑しい身分の人間が一生掛かって働いても買える様な代物ではないんだぞ‼︎』

男に殴り飛ばされた青年は地面に倒れてしまう。更に男は青年を足蹴りし、手を踏み付けた。青年は呻き声を上げている。ユスティーナはその光景に目を見張り、恐怖に声すら出ない。助けてあげなくてはと狼狽えるが、身体が全く動かない。

だ、誰か‼︎ー。

祈る様に両手を握り締めたその時だった。

『何をしているんだ』

深く蒼い瞳の美しい青年が現れた。彼はツカツカと歩いて来ると男と倒れ込む青年の間に立つ。

『殿下⁉︎あ、あのですね、殿下。その下男があろう事か、蔵にあった美術品を壊したんです‼︎』

『ち、違いますっ、私が蔵に入った時には既に壊れていて』

『煩い!黙れ、まだそんな嘘を』

男が殿下の横を擦り抜けまたもや青年を足蹴りしようとしたが、殿下が男の腕を掴み後ろに押し退けた。

『殿下っ⁉︎何をなさるのですか⁉︎』

『彼は違うと言っている。先程からお前の煩い声は廊下に響いていたぞ。平民だから何だ?そんな下らない理由だけで彼を犯人扱いするなんておかしいだろう』

『しかし、殿下っ!どう考えても犯人はこの男なんです‼︎平民が言う事など信用出来る筈がない‼︎』

『黙れ。平民だから貴族だから何だと言うんだ。同じ人間だろう。信用出来るかどうかは関係ない。私は彼より、お前の方が余程信用出来る様に思えないがな』

『っ‼︎』

『この件は私が引き受ける。もうお前は下がれ』

殿下に睨まれた男は不満そうにしながらも、頭を深々と下げると逃げる様に去って行った。そして殿下は青年へと手を差し出す。

まるで、騎士様みたいー。

ユスティーナはそう思い、目を輝かさせた。
しおりを挟む
感想 412

あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

私は本当に望まれているのですか?

まるねこ
恋愛
この日は辺境伯家の令嬢ジネット・ベルジエは、親友である公爵令嬢マリーズの招待を受け、久々に領地を離れてお茶会に参加していた。 穏やかな社交の場―になるはずだったその日、突然、会場のど真ん中でジネットは公開プロポーズをされる。 「君の神秘的な美しさに心を奪われた。どうか、私の伴侶に……」 果たしてこの出会いは、運命の始まりなのか、それとも――? 感想欄…やっぱり開けました! Copyright©︎2025-まるねこ

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)

処理中です...