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しおりを挟むユスティーナが倒れたあの日、姉の婚約者のレナードは結局来なかった。あの時の光景が蘇り、拳を握り締めた。代わりに届けられた花を見て「莫迦にするのもいい加減にしろ‼︎」と思わず怒鳴った。苛々が治らない中、ある意外な人物が屋敷を訪ねて来た。
『今日僕がここに来た事は内密にね』
頭からスッポリと外套を纏った彼は、白い薔薇を一輪差し出して来た。
『これを彼女に……但し、贈り主は伏せておいて欲しい。それとロイド・オリヴェル、君と話がしたい』
ロイドは彼を応接間へと通すと人払をした。念の為カーテンを引き、扉の内側から鍵を掛ける。
『それでお話とは一体なんでしょうか、王太子殿下』
外套を脱いだ彼は鮮やかに笑った。
◆◆◆
『君の姉君の、ユスティーナ嬢の事なんだ』
『……姉が何か』
彼女の弟のロイドは、かなり警戒した様子だった。彼とは殆ど面識がないという事もあるが、姉の事を蔑ろにしている婚約者の兄という事の方が大きいかも知れない。
『君はレナードの事、どう思っている?』
『……不敬になっても宜しければお答えします』
『成る程。その言葉だけで十分だ』
ヴォルフラムはロイドにレナードとユスティーナの婚約を解消させたいと思っている趣旨を話した。するとロイドは驚いた様子で目を見開く。だが直ぐに怪訝そうな表情に変わった。
『姉を王太子妃に据えたいと仰るんですか?何故、姉なんですか。殿下には、心から愛するジュディット様がいるではありませんか』
少し嫌味を含ませ笑むロイドに、ヴォルフラムの唇は弧を描く。彼は確かまだ十五歳くらいだった筈だ。幾ら公爵家跡取りだとしても、随分と肝が据わっている。何しろ王太子である自分相手に嫌味を言い嘲笑までした。正に将来有望だろう。
『理由は二つ。一つ目は単純に僕自身が彼女が欲しいから。二つ目は彼女を得る事で中立派最大のオリヴェル家を僕の配下に置きたいから。まあ、簡単に言えばそんな感じかな?後これは彼女とは関係ないけど、僕は虫唾が走る程嫌いな ジュディットとは婚約を解消し、その生家を潰したいと考えている。なので君は思い違いをしている。僕はあの女を好いてなどいない。寧ろ排除したい存在なんだ』
ジュディットの父であるラルエット侯爵は大きな権力を持つ男だ。貴族の中には派閥が幾つか存在する。ラルエット家率いる強硬派、レニエ家率いる穏健派、何方にも属さない中立派だ。
強硬派は王族に対し以前から敵対的な言動をとる事も暫しで、正直言って手を焼いている。
父である国王はラルエット侯爵の娘のジュディットを王太子であるヴォルフラムの婚約者に据えて、強硬派の勢力を抑え取り込もうと考えた様だが、ヴォルフラムは逆に危険だと思っている。このままジュディットが王太子妃、王妃となり何れ子を成せばそれを盾にし、権力を振るい兼ねない。そうなれば益々ラルエット家の権力や影響力が強まり、最終的には王家を乗っ取られる可能性が高い。そんな危険分子の芽は早めに摘んでおかなくてはならない。
『聞いてもいいですか』
『構わないよ。ただ答えるとは限らないけどね』
『殿下は、姉さんが欲しいといいましたが……好き、なんですか』
『好きだよ。彼女を一目みて心奪われてから、彼女を想わない日はないくらいには」
ロイドはヴォルフラムの真意を測る様に凝視してくる。そして彼は、笑った。
『約束して下さいますか?姉さんをあの人から解放したら、必ず殿下の妃に迎えて下さると』
『あぁ、約束する。ただその為には君の協力が不可欠になる』
彼は思っていた以上に、意外にもあっさり頷いた。
ロイドを協力者に引き入れたヴォルフラムは、帰り際オリヴェル公爵と出会した。
『ロイドを早々に引き入れたか。だが私はそう簡単にはいかないぞ?さてどうする?』
その挑発的な言葉に、ヴォルフラムは余裕のある笑みを浮かべて見せた。
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