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しおりを挟むあれから一ヶ月と少し経った。ヴォルフラムが言っていた通り本当にラルエット侯爵は失脚した。詳しくは分からないが、長年に渡り脱税を行なっていたそうで、その他細かい余罪もあると聞いた。娘のジュディットは、これまで父の権力と王太子の婚約という立場を盾に好き勝手していたが、それも出来なくなり更にはヴォルフラムから侮辱されたと訴えがあり、今は屋敷に軟禁状態になり処罰が下るのを待っている。同様にレナードも謹慎を言付けられ、自室に軟禁状態だと聞いた。
「ねぇ、ロイド。貴方いつの間にヴォルフラム様の側近になったの?」
ユスティーナがヴォルフラムの婚約者になったと同じに、弟のロイドは彼の側近となったらしいが、かなり意外で驚いた。あの日、城の客室で暫く休んでいると弟が迎えに来てくれた。「急に閑所に行きたくなって……戻ったら姉さんがいなくて……ヴォルフラム殿下の侍従に案内されて来た」などと説明された。しかもこれまで接点がないと思っていた弟とヴォルフラムは親し気に話し出し、目を丸くしたのを覚えている。
「まあ、色々あってね。それより姉さん、ヴォルフラム殿下に、少し時間が欲しいって言ったんだろう?」
「……えぇ、婚約はお父様が承諾しているから私にはどうこうする事は出来ないけど、余りに突然過ぎたから気持ちの整理をつけたくて」
「もしかして、ヴォルフラム殿下と婚約嫌だった?」
「そう言う訳ではないけど……」
我儘だとは分かっているが、ヴォルフラムとも話し合い、ユスティーナの気持ちが落ち着くまでは妃教育を待って貰っている。少し自分自身を省みる時間が必要だと考えた。
「じゃあ、姉さん行ってくるね」
登城する弟を笑顔で見送ると、ユスティーナはため息を吐いた。自室へ戻り、簡素なドレスに着替える。ここ最近、教会へ行っていない。シスターや子供達の事も気になる。今日は久しぶりに行こうと思う。
準備を済ませ外に出た。馬車に乗り込もうとした時だった。
「ユスティーナ」
彼が現れた。
何だか凄く気不味い。ユスティーナは正面に座る彼を盗み見る。大事な話があると言われ、かなり強引に馬車に乗り込んで来た割にはずっと黙っている。それに彼は謹慎中の筈だが、もう良いのだろうか……。
「あの、レナード殿下。それで、お話とは……」
「……殿下、か……他人行儀だな。もう婚約者でもないから当然か」
彼は独り言の様に話すと、苦笑する。彼と会うのはあのお茶会以来だった。たった一ヶ月だが、少しやつれた様に見える。
「ユスティーナは、本当にこのまま兄上と婚約して結婚するつもりなのか」
「これは政略結婚ですから。私の意思は関係ありません」
「私の時も同じだったのか。いや違う……君は私を好いてくれていた。そうだろう?」
レナードが何を言いたいのかユスティーナには全く分からない。例え彼の言う通りだとして、それが何の意味があるのだろう。彼は婚約者だった自分ではなくジュディットを好いていた。いや、今も尚変わらないだろう。それなのに今更ユスティーナに何を言わせたいのか……。
「兄上と君が抱き合っているのを見た時、二人が婚約したと聞いたあの時、私は目が覚めた。自分は何て愚かだったのかと。本当に大切にしなくてはならなかったのは君だったんだ。私は後悔しているんだ。そもそも、君と婚約解消なんてしたくなかった」
「……」
「虫がいいのは自分でも分かっている。だが、君を失って、私には君が必要だと気付いたんだ。君が赦してくれるなら、もう一度初めからやり直したい。君も迷っているのだろう?だから妃教育を拒んでいる。今ならまだ間に合う。これから父上の所に一緒に行って、君から父上に私との婚約を戻したい、兄上とは婚約はなかった事にしたいと訴えて欲しい。今度こそ、私は君を一番に考え大切にする。ジュディットとは金輪際関わらないと約束する、だから」
一見すると冷静に見えるレナードだが、その目はギラギラとして興奮している。
「ユスティーナっ」
困惑し何と返事をすれば良いかと悩んでいると、彼は徐にユスティーナの腕を掴み自らに引き寄せた。そしてそのまま抱き締められる。
「レ、レナード殿下⁉︎離して下さいっ」
必死に身動ぐが、力の差があり過ぎて無駄だった。
「ユスティーナ……あぁいい匂いがする」
レナードに抱き締められるのは初めてだった。以前は、何時かこうやって抱き締めて貰いたいと願った事もあったが、当たり前だが今はもうそんな風には思っていない。彼はユスティーナの首筋に顔を埋め、ユスティーナの名を呼びながら荒い息遣いを繰り返す。
怖い、気持ち悪いー。
そんな時、馬車が大きく揺れ止まった。どうらや目的地に到着した様だ。助かったと、安堵する。
「レナード殿下っ、離して下さい!もう着きましたから、降りないとっ」
すると彼は意外にも、すんなりと解放してくれた。だが……。
「君はこのまま待っていてくれ。馭者に城へ向かう様に言って来る」
有無も言わせず彼は馬車を降りて行ってしまった。
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