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しおりを挟む「さて、ユスティーナ、お帰り。随分と遠くまで出掛けていた様だね」
「……本当にヴォルフラム殿下は、何でもお見通しなんですね」
ヴォルフラムの言葉に苦笑しながらユスティーナはそっと彼から身体を離した。
「それで何か収穫はあったかい?」
先程レナードに久しぶりだと言った理由は、ユスティーナが城下を離れ少し遠くへと出掛けていたからだ。行って戻って来るのに一ヶ月も掛かってしまった。
「はい」
彼の事だ。説明するまでもなく、ユスティーナの目的すらもう分かっているかも知れない。
「ルネ様のお陰で、心が決まりました」
ユスティーナはレナードからヴォルフラムの話を聞いてからは一人悶々と悩む日々を送った。
これまでユスティーナが見ていたヴォルフラムは、優しく真面目で、たまに少年の様に戯けて意地悪そうな笑みを浮かべる、そんな青年だった。それでいて、まるで隙がなく何処までも完璧な彼。そして何よりもヴォルフラムはユスティーナの命の恩人でもある。
ただ彼がユスティーナを助けてくれた理由は、利用価値のある人間に死なれたら困るから……かも知れないが。
『あの人は自分の欲しいモノの為に、手段は選ばない。障害となる邪魔なモノは徹底的に排除する。穏やかで優しい仮面の下は、冷酷非道で無慈悲だ』
あの時、レナードから告げられた彼の本性と自分の知る彼を頭の中で何度も何度も照らし合わせた。
冷酷……その言葉に思い当たる節がある。何度か見た、ヴォルフラムの鋭く冷たい、どこか仄暗さを孕んだ瞳を思い出した。それを思うとやはりレナードの言う通りなのかも知れないと思ってしまう……。
そんな事をひたすら考えている内に一ヶ月が過ぎ、少し落ち着きを取り戻したユスティーナはヴォルフラムに手紙を書く事にした。こうなれば意を決して彼に直接会って確かめようと思ったのだ。
だが何度手紙を出しても、彼からの返事は全て否だった。何かと理由をつけては会う事を拒否され続け、気が付けば更に一ヶ月が過ぎていた。完全に避けられている……。
このままではダメだと思いながら深いため息を吐いた時、不意に思った。
私は彼の事を、実際は何も知らない……ー。
それなのにただ悩むなど不毛でしかないと気が付いた。自分はレナードの言葉に踊らされていたのだ。ユスティーナがヴォルフラムと接する様になったのはほんの最近の事だ。それに比べて弟であるレナードの言葉は重みが違う事は歴然だ。それ故無意識に彼の言葉に引っ張られていた。だが本当は自分の中にも、レナードの言葉の中にも答えはない。例えヴォルフラム本人に聞いたとしてもそれは変わらないだろう。
『ヴォルフラム殿下の事を知りたいんです。どんな些細な事でも構いません。仕事の事、交友関係、昔の、子供の時の事とか……』
知らないなら知ればいい、そう思い取り敢えずダメ元で父に聞いてみた。父は国王陛下とは旧友だ。それに公爵という立場からしても接する機会もある筈だ。父の事は少し苦手だが背に腹はかえられない……。
『……』
父は暫し黙り込む。鋭い視線を向けられユスティーナは息を呑む。やはり、ダメだった……内心諦め掛けた時、父が口を開いた。
『……ヴォルフラム殿下の生母のベリンダ妃は殿下が幼い時に亡くなっている。そもそも殿下は乳母に育てられ……』
前正妃だったヴォルフラムとレナードの生母であるベリンダ妃の話と、ヴォルフラムの乳母の話を簡潔に父は教えてくれた。
『その乳母は今はどちらにいらっしゃるかご存知ですか』
『確か乳母の出身地はロジェと言う村だと聞いた事があるが、彼女は……』
『ロジェ村ですね!お父様、ありがとうございました‼︎』
『ユスティーナ、話はまだ……』
ユスティーナは、早る気持ちが抑え切れずまだ父が話しているにも関わらず、部屋を飛び出した。そして自室に戻り慌ただしく旅支度を始めた。
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