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騎士様のご自宅は、理想のお家でした③
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「もちろんですわ。屋根も壁も、とっても趣味がいいし、窓の意匠も可愛らしいです。
お庭だって日当たりが良くて、庭木の数もちょうどいい具合いですし……あら、あの花壇に植えてあるのは、ハーブかしら?」
南側の壁寄りにある大きめの花壇の中で生い茂り、愛らしい花をつけている植物たちが、観賞用ではなく香草の類であることはすぐにわかった。
世話が行き届いているようで、どの葉も花も陽光を受けて活き活きと輝いていた。
「セージに、ローズマリー、スイートバジルもあるわ。あの花壇は、あなたが?」
野良着の老人のほうへ目をやると、彼はこくりと頷いた。
そういえば紹介がまだだったと気づいたザックが、二人について教えてくれる。
「こちらは庭師のジャン=ジャックと、メイドのサーリアです。
ジャンは住み込みだがサーリアは近くに家があって、そこから通って来てくれている。
他に、週末だけ来てもらう掃除婦がいるが、ほとんどのことはこの二人に任せています。
サーリアもジャンも器用で誠実で、よく働いてくれます」
ザックが褒めるからには、二人とも本当に信頼できる人達なんだろう。
自分のことを気に入ってくれればいいなと願いつつ、リリーはまずサーリアへ右手を差し出した。
「リリー・アルシェ・デッケンと申します、どうぞよろしく。お会いできて嬉しいわ」
貴族の令嬢から握手を求められたサーリアは、ちょっと驚いたようだが、おずおずと手を伸ばしてきてくれた。
握手に応えてくれたその手は、連日の水仕事で荒れているが、ザラついた皮膚は働き者の証拠だ。
今度ここに来る時は保湿効果のあるクリームを持ってきてプレゼントしましょう、なんて考えていると、サーリアが頭を下げた。
そのまま履いているスカートに頭が埋まるんじゃないかというくらい深く背を曲げてお辞儀したものだから、さすがにリリーもびっくりする。
「ど、どうなさったの」
「……すみません、お嬢さん。そいつは口がきけねぇもんで……」
老人特有の掠れはあるが、よく通る声でジャン=ジャックが代わりに答えてくれた。
「メイドの前は戦地で看護婦をしてたんだが、目の前に砲弾が落ちてきて爆発してね。
そのサーリアは運良く岩陰に隠れていたから難を逃れたんだが、かなり酷い光景を見ちまって……それ以来、声が出なくなったんだそうだ。
おまけに、メイドへ職を変えてからは口がきけないからって同僚や雇い主からさんざん虐められたもんだから、すっかり卑屈になっちまった。
慣れるまでは貴女にも、そうやって行き過ぎなくらい気を遣うだろうが、どうか鬱陶しがらずに許してやってくだせぇ」
「まあ……」
彼女が背負うものを思い、表情を曇らせるリリーだが、すぐに笑顔へ戻った。
生半可な同情や憐憫は、かえって相手を不快にさせるだけだと、両親から教えられている。
「許すも何も、私は怒ってなんかいないわ。よろしく、サーリア。
私、貴族の娘にしては家の事そこそこするほうだけど、まだまだ未熟者ですから。いろいろ教えてね。
ジャン=ジャック、あなたも」
サーリアとの握手を済ませ、次にジャン=ジャックへ右手を向けると、老人はしっかりと握り返してくれた。
こちらも働き者特有の、ごつごつした温かい手だ。
「こちらこそよろしく、お嬢さん。無教養なもんで、こんな喋り方で済まねえ。
本当は帽子を取らなきゃいけないんだろうが、俺もこう見えて若い頃は兵士をやってましてね。
その時にヘマをやって左耳と頭半分、大怪我しちまった。
その傷痕が二目と見られねえ有り様でよ、とても若い娘さんにはお見せできねえもんで、すんません」
そこまで広範囲な傷となると、きっと火傷だろう。銃か砲弾、それとも熱した油を被ったか。
いずれにせよ想像を絶する痛みを味わい、生死の境をさ迷ったに違いない。
ひどい傷痕といえど命がけで戦ってくれた証を恥じることはないと思うが、本人が見せたくないのなら、その気持ちを尊重するべきだろう。
リリーは笑みを浮かべたまま、口を開く。
「あなたの喋り方、お父様と似ていて、とても心地良いわ。出身はどこ?ジャン=ジャック」
そんなことを訊ねられるとは思っていなかったのだろう。老人はキョトンと目を丸くする。
「ポシェの村です。ひづめ山の麓の」
「あら、デッケンの領内ね!どおりで聞き覚えがあるはずだわ。
今度ぜひ、うちに遊びに来てちょうだい。
我が家で働いているのは地元から連れてきている人ばかりだから、みんなきっと喜ぶわ」
「いや、そんな、恐れ多い……」
数日前のザックがそうだったように、ジャン=ジャックはリリーの気さくな態度に、ずいぶん戸惑っている。
ここは雇い主として助けを出しておこうと、ザックが口を開いた。
お庭だって日当たりが良くて、庭木の数もちょうどいい具合いですし……あら、あの花壇に植えてあるのは、ハーブかしら?」
南側の壁寄りにある大きめの花壇の中で生い茂り、愛らしい花をつけている植物たちが、観賞用ではなく香草の類であることはすぐにわかった。
世話が行き届いているようで、どの葉も花も陽光を受けて活き活きと輝いていた。
「セージに、ローズマリー、スイートバジルもあるわ。あの花壇は、あなたが?」
野良着の老人のほうへ目をやると、彼はこくりと頷いた。
そういえば紹介がまだだったと気づいたザックが、二人について教えてくれる。
「こちらは庭師のジャン=ジャックと、メイドのサーリアです。
ジャンは住み込みだがサーリアは近くに家があって、そこから通って来てくれている。
他に、週末だけ来てもらう掃除婦がいるが、ほとんどのことはこの二人に任せています。
サーリアもジャンも器用で誠実で、よく働いてくれます」
ザックが褒めるからには、二人とも本当に信頼できる人達なんだろう。
自分のことを気に入ってくれればいいなと願いつつ、リリーはまずサーリアへ右手を差し出した。
「リリー・アルシェ・デッケンと申します、どうぞよろしく。お会いできて嬉しいわ」
貴族の令嬢から握手を求められたサーリアは、ちょっと驚いたようだが、おずおずと手を伸ばしてきてくれた。
握手に応えてくれたその手は、連日の水仕事で荒れているが、ザラついた皮膚は働き者の証拠だ。
今度ここに来る時は保湿効果のあるクリームを持ってきてプレゼントしましょう、なんて考えていると、サーリアが頭を下げた。
そのまま履いているスカートに頭が埋まるんじゃないかというくらい深く背を曲げてお辞儀したものだから、さすがにリリーもびっくりする。
「ど、どうなさったの」
「……すみません、お嬢さん。そいつは口がきけねぇもんで……」
老人特有の掠れはあるが、よく通る声でジャン=ジャックが代わりに答えてくれた。
「メイドの前は戦地で看護婦をしてたんだが、目の前に砲弾が落ちてきて爆発してね。
そのサーリアは運良く岩陰に隠れていたから難を逃れたんだが、かなり酷い光景を見ちまって……それ以来、声が出なくなったんだそうだ。
おまけに、メイドへ職を変えてからは口がきけないからって同僚や雇い主からさんざん虐められたもんだから、すっかり卑屈になっちまった。
慣れるまでは貴女にも、そうやって行き過ぎなくらい気を遣うだろうが、どうか鬱陶しがらずに許してやってくだせぇ」
「まあ……」
彼女が背負うものを思い、表情を曇らせるリリーだが、すぐに笑顔へ戻った。
生半可な同情や憐憫は、かえって相手を不快にさせるだけだと、両親から教えられている。
「許すも何も、私は怒ってなんかいないわ。よろしく、サーリア。
私、貴族の娘にしては家の事そこそこするほうだけど、まだまだ未熟者ですから。いろいろ教えてね。
ジャン=ジャック、あなたも」
サーリアとの握手を済ませ、次にジャン=ジャックへ右手を向けると、老人はしっかりと握り返してくれた。
こちらも働き者特有の、ごつごつした温かい手だ。
「こちらこそよろしく、お嬢さん。無教養なもんで、こんな喋り方で済まねえ。
本当は帽子を取らなきゃいけないんだろうが、俺もこう見えて若い頃は兵士をやってましてね。
その時にヘマをやって左耳と頭半分、大怪我しちまった。
その傷痕が二目と見られねえ有り様でよ、とても若い娘さんにはお見せできねえもんで、すんません」
そこまで広範囲な傷となると、きっと火傷だろう。銃か砲弾、それとも熱した油を被ったか。
いずれにせよ想像を絶する痛みを味わい、生死の境をさ迷ったに違いない。
ひどい傷痕といえど命がけで戦ってくれた証を恥じることはないと思うが、本人が見せたくないのなら、その気持ちを尊重するべきだろう。
リリーは笑みを浮かべたまま、口を開く。
「あなたの喋り方、お父様と似ていて、とても心地良いわ。出身はどこ?ジャン=ジャック」
そんなことを訊ねられるとは思っていなかったのだろう。老人はキョトンと目を丸くする。
「ポシェの村です。ひづめ山の麓の」
「あら、デッケンの領内ね!どおりで聞き覚えがあるはずだわ。
今度ぜひ、うちに遊びに来てちょうだい。
我が家で働いているのは地元から連れてきている人ばかりだから、みんなきっと喜ぶわ」
「いや、そんな、恐れ多い……」
数日前のザックがそうだったように、ジャン=ジャックはリリーの気さくな態度に、ずいぶん戸惑っている。
ここは雇い主として助けを出しておこうと、ザックが口を開いた。
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