汐留一家は私以外腐ってる!

折原さゆみ

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3周囲の人々⑤~雲英羽の教え子~

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 僕は中学一年生の男子生徒だ。国語を教えてくれる先生がいるのだが、その先生は、どこか普通とは違う雰囲気を持っていた。

「先生、昨日のアニメ見た?めっちゃ面白かったよね」

「見ていないよ。そもそも、深夜アニメをリアルタイムで中学生が見てはいけません!あんな時間まで見ていたら、次の日に支障が出るでしょう。だから、先生は家に帰ってから録画したものをじっくり見るのです」

「えええ、リアルタイムがいいのに。だって、そうでないと、次の日にはもう、ネタバレがネットで出回るでしょう」

「見なきゃいい話です。だから、そのアニメについては、明日またじっくりと語り合いましょう」




 僕はクラスメイトと先生が語る話に耳を傾けていた。先生の名前は汐留雲英羽(しおどめきらは)。非常勤の国語の先生だ。彼女は先生ではあるが、非常勤であるため、学校に来るのは週に三回、授業を教えるときにしか学校に来ない。それにも関わらず、生徒たちには人気がある先生だ。その理由は、先生との距離の近さだと僕は思っている。

 今、僕の目の前で話されている会話もその一つだろう。先生は、オタクらしくアニメやマンガが好きらしい。生徒同士が、現在放送中のアニメについて話していたことがあった。それをたまたま聞いていたらしい先生が、その生徒たちの会話に混ざったことがきっかけだった。


「面白そうな会話をしているね。先生も混ぜてもらってもいいかな?」

「汐留先生、先生もアニメ見るんですね」

「見てるよ。いい大人がアニメ見ちゃいけない決まりでもあるのかい」

「見ちゃいけない決まりはないけど、ああ、でも見てそうな顔してるよね、先生って」


「何を言う、それは私の見た目がオタクといいたいんだな」

 先生と生徒の会話とも思えない、緩い会話が繰り広げられていた。先生は、生徒の頭をぐりぐりとなでまわしていた。生徒は嫌がってはいたが、本気で嫌がっている様子ではなかった。

 そんなこんなで、会話を聞いていたクラスメイトは、汐留先生がオタクだということを知ったわけだ。それからは、何か面白いアニメやマンガの話があるたびに、先生に話しかけるという構図が生まれた。



「先生は、結婚ってしてるの?指輪もつけていないし、オタクだから、どうせ結婚していないでしょう」

「私もそう思う!だって、先生が結婚出来たら、世の中の未婚率がもっと減りそうだもの」

「秘密。君たちの想像にお任せしますよ」

 アニメの話で盛り上がっていたかと思えば、今度はプライベートについて質問をしだす生徒たち。どこまで踏み込んでいいのか、彼女たちも把握している。例えば、僕たちの担任も汐留先生と同じくらいの年の女性だが、誰もそんなプライベートなことを聞くことはしない。ヒステリックで怒りっぽくて、男子をえこひいきする。そんな担任のことをよく思わない生徒は多い。男子とは言え、担任のお眼鏡にかなわない僕もその一人だ。きっと結婚はしていないと、クラスのだれもが思っていた。

 さて、汐留先生はどうだろうか。疑問に思ってはいたが、別に気になるほどでもなかった。しかし、そんなことより衝撃的な現場を僕は目撃してしまった。







 ある日の休日、僕は母親と一緒に近くのスーパーに買い物に出かけていた。その日は、スーパーセールを実施していて、洋服が20%引きになるそうで、ちょうど私服が欲しかったので、母親の買い物についていった。

 そこで、汐留先生を見つけてしまった。僕は慌てて、先生の死角に入るように物陰に隠れた。それを不審に思った母親が、どうしたのか聞いてきたので、思わず正直に答えてしまった。

「僕の国語の先生が近くにいたんだ」

「そうなの。じゃあ、挨拶をしておかなくちゃ」

 まさか母親が先生に挨拶に行くとは思っていなかった僕は、慌てて母親の行動を止めようとしたが、すでに遅かった。ちょうど、汐留先生が僕たちのいる方向に向かって歩いてきてしまい、鉢合わせしてしまった。


 先生は、僕に気付くと、目を見開いて通り過ぎようとしたが、その前に母親の声に止められた。

「すいません。あなたが息子の国語の先生で間違いないでしょうか」

「ええと、まあ、そう、です、ね」

 僕のことを見て見ぬふりをして通り過ぎようとしたが、僕の母親に声をかけられてしまい、先生は観念したらしい。あきらめて自分が先生だと認めた。

「そうですか。いつも、息子がお世話になっています。一年二組の西藤大樹(さいとうだいき)の母親です。先生のおかげで、大樹は国語の成績が上がったんですよ。ありがとうございます」

「いえいえ、大樹君が頑張った結果ですよ。私はそれを手助けしたにすぎません」

 学校の授業では見たことのない笑顔で、先生は淡々と母親との会話をこなしていく。薄っぺらい笑顔で、いつも授業で笑わせている明るい笑顔ではなく、顔の表情を無理やり笑顔にしている、見るに堪えない顔だった。

「母さん、先生も買い物中だから、邪魔しちゃ悪いよ」

 僕は先生のその表情が見ていられず、母親の服の袖を引っ張って先生を解放しようとした。母親も僕の意図に気付いたのか、慌てて頭を下げる。


「私ったら、先生も買い物の途中でしたよね。すいません、お邪魔しちゃって、ところで、そちらの男性は?」

「ああ、私の旦那ですよ」

「だ、旦那さんですか」

 先生の隣には、僕の母親と先生の会話を終わるのをじっと見つめている男がいた。男の存在に僕も気になってはいたが、旦那と聞いて驚いた。確かに先生の近くにいるのだから、赤の他人ではないのだろうと思ってはいたが、とても先生の旦那には見えなかった。

旦那と紹介された男性は背が高く、イケメンだった。こんなイケメンと先生が夫婦とは想像ができない。


「汐留です」

 男は汐留と名乗り、自分が先生と同じ名字であることを紹介した。母親は驚きで声が出ないようだったので、その隙に腕を引っ張り、その場から離れることに成功した。

「母親が失礼をしました。僕たちはこれで失礼します」

「また、次の授業で会いましょう」

 僕たちはここでいったん、別れた。ただし、僕はまた、先生たちと遭遇することとなった。







「あんなカッコいい旦那さんがいるなんて驚きだわ。人間、何が起こるかわからないものね」

「先生に失礼だよ」

「だって、あんなにいい男が旦那さんなんて驚くのも無理はないでしょう」

「気持ちはわかるけど、その言い方はちょっと。僕、トイレに行ってくる」

 母親は珍しく興奮していた。そんな彼女の言葉をいさめつつ、僕はトイレに行くことにした。

 用を足してトイレから出ると、目の前を汐留夫婦が通りかかるのが見えた。汐留夫婦は手元の何かに夢中で僕の存在に気付いていなかったので、とっさにまた隠れてしまった。こっそりと観察していると、これまた驚くべき会話が耳に入る。


「ねえ、さっき会ったあの子、なかなか可愛かったでしょう」

「確かに可愛かったね。それに、真面目そうで良い子そうだ。でも、その相手にムキムキの体育教師を合わせるのはどうかと思うよ。彼なら、もっと細めのインテリ系のメガネ男性がお似合いだと思うけど」

「教師と生徒の時点でアウトでしょ。その前に男っていう前提が私にはアウトだけど」


「死ねばいいのに。お前ら全員」


 何を話しているのかさっぱりわからなかったが、会話は僕の理解を越えて、進められていく。

「まあ、現実世界の妄想はともかくとして、この作者の新刊を買えて、私は今日は満足かな。今日が発売日だと知っていたから、当日買えてよかった」

「雲英羽さん、その作者好きだからね。でも、オレにはちょっときついかな。エロが強すぎてそればかりが目に飛び込んできて、どうにも内容が頭に入らない」

「キモい」

「本当に殺してやろうかこの両親」

 いつの間にか、汐留夫婦に二人の女性が加わっていた。どこか両親に面影が似ている彼女たちは、娘たちだろうか。それにしても、現実世界の妄想とはいったい何のことだろうか。それにエロとは。気になるワードが多すぎる。


「でも、本当に悠乃君がBL(ボーイズラブ)をたしなんでくれてうれしい。だって、なかなか自分の意見を言い合える機会ってないでしょう」

「そうだね。まさか、僕も男同士の恋愛を楽しむことが来るとは思っていなかったよ。そして、先生という仕事がBLの妄想の宝庫だとは知らなかった」


 なんか、会話の雲行きが怪しくなってきた。男同士の恋愛とは何なのか、想像するだけで吐きそうだった。この会話から、さっき会ったあの子というのは、僕のことだろうと推測した。

「どうしたの。そんなに蒼い顔をして、具合でも悪いの?」

 トイレからの戻りが遅いことを心配して、母親が迎えに来た。僕は一瞬考えて、首を縦に振り、肯定した。たった今、先生たちの言葉のせいで、具合が悪くなったのは本当だ。




 


 そんな休日だったが、次の日の国語の授業では平然と先生は授業を行い、いつも通り、休み時間には、生徒たちとアニメ談話で盛り上がっていた。そんな中、生徒が先日質問した内容をまた質問していた。

「先生、前は質問の答えをごまかしていたけど、今日こそは答えてもらうからね。先生って、本当は結婚しているの、していないの?」

「それ聞きたい。秘密というのは、ダメだからね」

「私は結婚していないに一票」

「私もそうしよう」

 生徒たちは先生が結婚しているか、していないかの話題で楽しそうだった。生徒たちの質問に対して、先生も楽しそうに返答する。


「えええ、先生って、そこまでひどい女だと思われていたの?心外だわあ。それで、あなたたちは、先生が結婚していないと思っているというわけか。私の人間として、女性としての誇りが台無しね」

 ちらりと、先生が僕の方を見た気がした。しかし、ほんの一瞬のことだったので、僕の気のせいだったのかもしれない。

「そうねえ、一つだけヒントを与えましょう。先生は、正規の職員ではありません。そんな先生の給料は安いです。それだけの給料で生活できるでしょうか」

「それって、結婚しているってこと?」

「でも、指輪をしていないよね。確か、英語の先生はつけているし、他にもつけている先生いるよ。ああ、でも、私たちの担任はつけてない」

「担任は結婚していないでしょ」


 先生のヒントから、何とか結婚しているか、していないかを判断しようと躍起になる生徒たち。その間に先生が僕のところに近づいてきた。


「土曜日は、驚いたね。先生のこと、みんなには話さなかったんだね」

「別に話すほどのことでもありませんから」

「そう、ならこのまま秘密にしてくれると嬉しいな、それと」

 付け加えられた言葉に僕は納得した。彼女が母親との会話の際に浮かべたへたくそな余所行きの笑顔の理由がわかった。

「わかりました。でも、僕は先生のことが生理的に受け付けなくなりました。今後、個人的に話しかけるのはやめてください」

「私が何かあなたにしたかしら?」


 先生は僕があの会話を聞いたことを知らないようだった。ばれていなくてよかったが、それでも僕はあの会話を聞いてしまっても、先生とそのままの関係を続けることはできなかった。

 たとえ、授業が上手で成績が伸びようと、大人と会話するのが苦手でつい、不器用な笑顔になってしまうような、かわいいところがあるとしても、ダメだ。それ以上にあの趣味を聞いたところで、先生の印象がマイナスからプラスに転じることはない。



 汐留先生は、BLをたしなむオタクらしい。そんな先生に授業を教わる僕は幸か不幸か、成績は今のところ、上位をキープしている。しかし、僕は早く、この先生がどこか違う学校に転勤してくれることを祈っている。

 あんな趣味を持ち、なおかつ、学校で妄想などしている先生を尊敬することなど到底できないし、一緒に居たいと思わないだろう。




「では、授業を始めます」

 そんなことを思いながらも、今日も僕は先生の授業を受けるために席に座っている。汐留先生がおかしな性癖のことを知っているのは、きっと僕だけだ。
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