汐留一家は私以外腐ってる!

折原さゆみ

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3周囲の人々④~悠乃の教え子~

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 私のクラスの担任はどこかおかしい。今年赴任してきた男性教師だが、イケメンで優しそうな風貌なので、女子生徒に瞬く間に人気となった。

「あんな男のどこがいいかわからないんだけど」

「あんたは、汐留先生がイケメンだとは思わないの?」

「思うけど、それとこれとは話が違うんだよなあ。それにあの先生、どうにもやる気がなさそうじゃない。別に熱血がいいなんてこともないけど」


 昼休みに、席が近かったクラスメイトの佐藤さんと一緒にお昼を食べながら、担任についての話で盛り上がる。ただし、盛り上がっているのは彼女だけで、私は気分も何も盛り上がらない。

「確かに、あんまり熱血教師ではないね。でも、熱血教師なんて、いまどき流行らないから、あれくらいでちょうどいいと思うけどな、私は」

 かくいう彼女も、汐留先生の一ファンらしい。とはいえ、私は彼女たちが知らない汐留先生の一面を知ってしまった。それ以来、どうにも彼のことが苦手となってしまった。生理的に受け付けなくなったと言ってもいい。

 あれ(担任)は、かなり特殊な性癖を持っている。下手をすれば犯罪者にだってなりかねない、危険人物だ。




 汐留悠乃(しおどめゆうの)という教師は、私のクラスの担任であると同時に、私たちの数学を教えている。イケメンイケメンと騒がれている通り、確かに背も高く、顔もかっこいいとは思う。授業もわかりやすく教えてくれるため、数学が苦手だった私が、今では数学が少し苦手なくらいになった。

 これだけ話すと、実力も見た目も兼ね備えた素晴らしい先生だと思われるだろうが、それを台無しにする性癖や性格があった。

 彼の私たちを見る視線は異常だ。本人は隠しているつもりなのだろうが、どうにも隠しきれていない感情が見え隠れしていた。何を考えているのか知らないが、私たち生徒を見ながら、興奮しているのだ。いったい、どんな妄想をしているのか考えたくもない。

 あまりにも気になったので、お弁当を一緒に食べている佐藤に聞いてみたが、反応はいまいちだった。


「汐留先生の視線が気持ち悪いって、大げさじゃない?私はそんな風に感じたことはないけど」

「気のせいではないと思うけどなあ。ああ、わかった。じゃあ、男子を見る目が変な時があるのはわかる?」

「男子を見る目って。女子を見る目の間違いじゃないの?そういえば、今世間で少しずつ広まっている腐男子ってあるでしょ。ほら、男同士の恋愛、BL(ボーイズラブ)っていうんだっけ?それが好きな男子のこと。まさか、汐留先生が腐男子で、だから男子のこと……」

 佐藤は私の発言に頭を悩ませている。私だって、担任にこんなことを言いたくはない。しかし、気になるものは気になる。

「でもさあ、汐留先生って確か、既婚者だよね。奥さんと子供がいるって話しているのを聞いたことがあるよ」

「既婚者だから何?そんなこと関係ないでしょう。既婚者だって浮気する人はいるし」

 佐藤はどうしても私の言い分を信じてくれないらしい。佐藤に信じてもらうのはあきらめて、私は視線を受けている男子生徒に直接話を聞くことにした。




「汐留先生の視線?ああ、確かに感じたことはあるけど、今のところ、何か言われるわけでもないし、されるわけでもないから、気にはなるけど、放置だな」

「オレも気になってはいるけど、本人に面と向かって聞いたことはないな。でも、高橋がそんなに気になっているのなら、聞いてみればいいだろ。俺たち男子の代表として」

「いや、私は男子じゃなくて女子だけど」

「気になってるなら、聞いてみろよ。ああ、それと……」


 私は、陸上部のマネージャーをしているため、男子と話す機会も多い。陸上部は男女同じで一緒に部活をしているためだ。そして、たまたま部活の顧問は汐留先生だった。視線の他にも気になったことがあったので、それも一緒にこの際だから聞いてみることにした。男子にも言われたことだ。






「汐留先生、少しお時間をいただいてもいいですか?」

 部活の最中に、ちょうど時間が空いていた汐留先生を捕まえて声をかける。汐留先生は熱心に男子の練習を見入っていた。例の謎の君の悪い興奮した視線を送っていた。私の声に気付いた先生は、ハッと正気に戻ったようで、慌てて私の要件を聞き出そうとした。

「ああ、高橋さんか。時間をいただくって、何か悩みでも相談かな」

「まあ、そんなようなものですけど」

「それなら、こんなところで話すのはやばいか。ああ、でも放課後はなあ。でも、生徒の悩みを聞くのは教師の仕事だから、残業もやむなしか……」

 ぶつぶつとつぶやいている先生を無視して、私はすぐに本題に入った。



「先生は、男子生徒眺めて、何を妄想しているのですか」

 ぶほっと、飲み物を飲んでいたら、吐き出していそうな大げさな反応を示した先生は、自分を落ち着かせるために、大きく深呼吸をする。目をつむって言葉を探しているようだった。

「ええと、悩みを相談するのではなかったのかな。それが悩みにつながるとは思えないけど」

「質問を変えましょう。先生はなぜ、部活をそんなに減らそうとしているのでしょうか」

 最初の質問に答えてくれないのであれば、次の質問に切り替えるだけ。もともと、聞きたいことは二つあったので、答えてくれる順番が変わるだけだ。


「部活の少なさに不満があるんだね。まあ、先生も気持ちはわからなくはないかなとは思うけど、でも、これ以上部活の時間とか日数を増やすことはできないな。僕だって、自分の時間を確保する権利はあると思わない?」

 二つ目の質問は、私にとっては答えがわかりきっていた質問だった。私は別に部活の時間が少ないと思っているわけではない。むしろ、部活の時間が短いことに賛成派だった。しかし、いくら教員のブラックぶりを指摘され、部活動を短くするようにと通告されてはいても、急にここまで部活を短くする教師はなかなかいないと思う。

「思いますけど、先生が顧問になってから、部活が短すぎると不満がっている先輩が結構いますよ。いきなり先生の独断でそこまで削るのはどうかと」

「そうは言っても、僕は彼らを全国大会に連れていくことも、将来、オリンピック選手に鍛え上げることができるほどの実力もない。それなのに、ただやみくもに練習時間を増やす意味がないだろう。貴重な青春を部活だけで終わらせたくないと思うのは、先生として悪いことだろうか」

「そんなことは百も承知ですよ。では、先生はいったい、そこまでして家で何をしたいと思っているのですか。家族との団らんですか。ああ、もしかして、実はゲームオタクで、家に帰ってゲーム三昧とか」


「僕のことを何だと思っているの、高橋さん。否定はしないよ。僕は家族との団らんも楽しみたい。そのために部活を減らしている。本当は定時に家に帰りたい」

「正直ですね。わかりました。二つ目の質問はこれで勘弁してあげます」

 よくわからないが、汐留先生は、家族のことがよほど大切なようだ。それが改めて確認できたということで、それは良しとしよう。問題はもう一つの質問だ。答えてくれるまであきらめるつもりはない。


「なんだか、先生に対して偉そうだね。別に僕としては構わないけど、もう少し先生を敬ってもいい気はするけど」

「それなら、きちんと私の質問に答えてください。一つ目の質問の答えをもらっていません」

 話を蒸し返すと、先生はおろおろと視線を宙に漂わせ始めた。どうにも隠したいことがあるらしいが、そんなことは私に関係ない。

「なんでそんなことが気になるのかな」

「だって」



「先生、練習メニューが終わりそうですけど、今日は何か他にすることはありますか?」

 部活の練習メニューを終えた、女子の副部長の先輩が汐留先生に質問する。その質問に快く答える汐留先生は、私の質問を逃れられると安心したように見えた。

「ああ、それなら、今日はまだ時間があるから、インターバルを五本追加してくれるかな」

「わかりました」


 とはいえ、先生の目論みは外れた。先輩は指示を仰ぐと、すぐに運動場に引き返して、後輩たちに指示を出し始めた。先生はまた、私と二人きりになってしまった。

「ええと、そうだな。その話をするには、少々時間がかかりそうだから、またの機会にしてくれると嬉しい。質問の答えを用意するのに、少々時間がかかりそうだ。それに、高橋さんは、陸上部のマネージャーでしょう。部員が一生懸命部活をしているときは、しっかりサポートするのが仕事だ。ほら、タイムを計ったりしておいで」

「わかりました」

 困ったような表情の先生に、今ここでの回答を求めるもの酷な気がして、私は素直に先生の指示に従うことにした。

 校庭では、運動部の息を切らして走る姿や、懸命に声を出す生徒たちでにぎわっていた。




 

 汐留先生と二人きりで話す機会はすぐに訪れた。部活が休みとなっている木曜日に、放課後時間は取れるかと、先生自ら話しかけてきた。陸上部は基本的に木曜日が休みとなっている。平日の一日くらいは休みにしようという、先生の配慮らしい。休みとは言っても、一日休むとなんとやらというので、少しだけ学校の周りを部員全員が軽くジョギングする程度のことはしている。

 部活が早めに終わり、私と先生は、放課後の誰もいなくなった教室で二人きりで机に向かい合って座っていた。


「それで、この前の話だけど、それについて正直に話したら、先生は通報されて、仕事を辞めなくてはいけないかもしれない。だからこの話は他言無用でお願いしたい」

「そんなやばいことを妄想している視線だったのですか」

 私の切り返しに先生は、苦笑いを浮かべて肯定も否定も避けた。


「高橋さんは、腐男子って言葉は知っているかい?」

「BL(ボーイズラブ)をたしなむ男性ですよね」

「知っているなら話は早いね。実は僕は」

「わかりました」


「えっ?」

 私はその言葉で先生の生徒への視線の意味を理解した。そうか、そういう視線だったのか。佐藤の言っていたことはあながち嘘でもなかったらしい。しかしそうなると、矛盾も出てくる。

「先生は、確か家族との時間を大切にするために、部活の時間を減らしていると言いましたよね」

「そうだけど」

「先生は、浮気でもしているのですか」

 先生は、ゲイかもしれない。腐男子なんて言葉を使ってはいるが、実は本物の同性愛者ではないか。それなら、視線の意味もおのずと理解できる。男性に欲情していたのだ。だとすると、自分が犯罪者であるという発言も納得だ。しかし、先生は私の考えに何か誤解があるということに気付いたようで、必死に弁明してきた。


「なんか、とんでもない勘違いをしていそうだから、訂正してもいいかな」

「構いませんよ」

「ありがとう。このまま高橋さんを家に帰すと、どう考えてもやばい感じだったからね。あのね、僕は……」

 先生は真実を語りだした。それは、私にとって、衝撃的な内容だった。



 先生の奥さんは、腐女子だったらしい。その影響で、自分もBLをたしなむようになり、思いのほかはまってしまった。そこで、彼は学校の先生だったので、生徒たちを見ながら、ひそかに妄想していた。

 男子生徒同士の絡みを。


 それが思いのほか、興奮するようなものだったらしく、つい犯罪者みたいな視線になってしまったそうだ。そして、その妄想を嬉々として、自分の奥さんに話していたというのだ。あきれた夫婦である。聞いた話によると、奥さんも学校の先生をしているらしいので、やばい夫婦確定だ。


「だから、高橋さんが思っているようなことはないよ。僕はちゃんと妻を愛しているし、同性愛者ではない。ただ純粋にBLを楽しみたいだけなんだ」

「それなら、もっと自分の欲望を押さえておいた方がいいですよ。このままではいずれ、犯罪者として訴えられてもおかしくはありません」


 話は済んだ。まあ、視線の意味も分かったことだし、こんな先生と長話をする意味はない。この日、私はさっさと話を切り上げて帰った。今後、先生を尊敬することはないだろうと心に誓って。


 それが覆されるのは、もう少し後の話。
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