私の大事な妹は

折原さゆみ

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「ありがとうございました」

 話しがあらかた終わり、歩武たちは店を出ることにした。席を立ち、店主がいるであろう店の奥に声をかけると、すぐにマスターは歩武たちの前に姿を見せた。

「話はすんだみたいだね。僕に協力できることがあったら、なんでも言ってね。おじさんは若者の味方だよ」

「とりあえず、この場所に兄が今後も来れないようにしてくれるだけで充分だよ。ここはオレの安らげる数少ない場所だから」

「私たちの問題に他人を巻き込むわけにはいきません。お気持ちだけ受け取っておきます」

「健気な子たちだねえ」

 歩武は話しながらも、周囲に目を向ける。スマホを持っていない歩武が時刻を確認する手段は店にある時計になる。店の入り口辺りにあった壁時計を見ると、すでに夕方の6時を回り、そろそろ帰った方が良い時間となっていた。中学生の部活は6時までなので、今からここを出れば、ちょうどよい時間に帰宅できる。


「これからのことだけど、近いうちに遠野さんの家にお邪魔してもいいかな」

「私は別に構いません。ミコを助けるためなら、なんだってします!」

 店を出た二人は、これからのことを話しながら歩いていた。空は日が暮れ始めて、歩武たちの影が道路に長く伸びていた。

学校から出る際は、家に上がるのはまずいと言っていた清春が、今度は自ら歩武の家に行きたいと言い始めた。それに対して、ミコは清春が男で、自分が女であることをすっかり忘れて簡単に許可してしまう。

「わかった。今日はもう遅いから解散しよう。学校でも本当ならいろいろ打ち合わせしたいところだが、オレはいかんせん、校内ではそれなりに有名人だからね。学校では、あまり他人と親しくしているところは見せたくない。必然的に、話し合えるのは放課後だけということになる」

「確かに先輩は有名人ですもんね」

 歩いていくうちに大通りに出て、二人は歩武の家の方角に進んでいた。そういえば、清春はどこに住んでいるのだろうか。

「先輩の家はどちらですか?このままだと私の家についてしまいますよ」

 もし、家が反対方向ならば、清春は無駄足になってしまう。親切心から問いかければ、清春は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに苦笑して返事する。

「僕の家を知りたがる人は多いけど、そこまで純粋に僕を心配してくれている聞き方は初めてだね。別に構わないよ、僕の家も遠野さんの家の方向にあるから」

「ならいいですけど」

 二人の間に急に会話がなくなり、しばらく二人は無言で夕方の薄暗い道を歩いていく。街灯の明かりが灯り始め、夜に近づく道を照らしていく。そのまま二人は歩武の家まで無言で歩き続けた。




「帰りが遅いと思ったら、不純異性交遊していけないんだー」

「今時、そんな言葉使わないだろ。それにしても、こいつが歩武の彼氏とは意外だな」

 歩武の家の前までやってくると、家の前で二人の少年が歩武の帰りを待ち受けていた。セサミとアルの登場に、歩武は慌てて清春の様子をうかがう。清春には、家に捨て猫の霊と、学校に居たウサギの霊を居候させていることを伝えていなかった。

「君たちは、遠野さんの知り合いなのかな?」

「僕たちのことが視えるなんて、すごいね。セサミ、彼は歩武の彼氏じゃないよ。あいつを通して知り合ったただの先輩みたいだよ」

「そうなのか?それにしては、一緒に学校とやらから帰ってきてるみたいだぞ。そういうのって、彼氏彼女とかの恋人同士の行動じゃないのか?」

「ううん、そう言われれば、否定はできないね……」

 清春は当然のようにセサミたちの姿を認識していた。そして、彼らに歩武との関係を質問する。しかし、歩武の家の居候たちは清春の質問を無視して話を続ける。仕方ないので、歩武が彼らのことを清春に紹介することにした。

「あの、彼らは、私がこの前、道端で……」

 話そうとして、歩武は彼らの説明をどうやってしたらいいのか言葉に詰まってしまう。セサミは歩武が拾ったわけではなく、むしろ他の通行人と同じように見捨ててしまった。彼が死んでから、歩武に接触してきた。アルについては、中庭で見かけて勝手についてきてなし崩し的に居候させているに過ぎない。


「歩武を困らせるなんて、お前ってやつは悪い奴だな」

「そうだぞ。さて、あいつの手下だな」

 先ほどからセサミたちは男に興味を示して、言いたい放題である。それにいい加減いら立ちを隠せないのか、清春が自分で自己紹介を始めてしまう。

「どういう関係課はまだわからないけど、オレに対して、ずいぶんと失礼な口を利くじゃないか。オレが何者なのか、教えてやろうか。オレは」

『別にお前のことなんてどうでもいい』

「えっ?」

「どうでもいいよ。お前がもし、オレたちを祓いに来た奴だとしても、関係ないな。だって、オレはもう、歩武に名前を付けてもらって、この家に住んでいるからね」

「そうそう。僕たちが恐れるべき相手は一人だけ。それだって、歩武の近くに居れば、平気だし」

 清春の話を途中で遮り、二人は急に興味が失せたように歩武に近づいてきて、腕を引く。

「なんか、ずいぶんとナルシストな奴だ。そんな奴が歩武の彼氏なわけがない。さっさと家に入れよ。風邪が出てきて寒くなってきただろ。生きているやつは、すぐに風邪をひく」

「歩武のお母さんが夕食の支度をして、帰りを待ってるよ」

「う、うん。あの、先輩。今日はこれで」

 二人に腕をひかれた歩武はされるがままに玄関に向かっていたが、ドアを開ける直前で、清春に向き直る。

「そうだね。そいつらのことを詳しく聞くのはまた次回だな。それにしても、遠野さんはずいぶんと、動物の霊に好かれているみたいだ。それが君にとっていいことだとは思わないけど。じゃあ、また学校で会おう」

 清春は、先ほどの二匹の失礼な言動について言及せずに、歩武に軽い口調で別れを告げて、その場を離れていく。最後の言葉は意味深だったが、歩武はセサミたちに腕をひかれ、家に入るよう催促されて、深く考えることはなかった。




「ただいま」

「おかえり。ずいぶんと帰りが遅かったけど、学校で何をしていたの?歩武は確か、美術部に入っていたはずでしょ。部活がそんなに長引くとは思えないけど」

 家に入ると、すぐに母親が玄関に顔を出す。娘の帰宅が遅いことを心配していたらしい。歩武はどう答えようか迷ったが、中学生にありがちな嘘をつくことにした。

「ええと、今日、英語の小テストで悪い点を取っちゃって、再テストをしていたの。もっと勉強しろって、先生に怒られちゃった。アハハ」


「再テストでこんなに遅くなるものなのかしら?」

「ああ、それはその。そう!そのあと、友達に英語を教えてもらっていたの。頭のいい子がいてね。その子に教えてもらっていたら、あっという間に時間が過ぎて……」

 母親に疑いの眼差しを向けられて、歩武はしどろもどろに何とかごまかそうと言い訳を口にする。

「まあ、歩武ももう、中学生なんだからそこまで問い詰めても仕方ないわね。これからは帰りが遅くなりそうなら、お母さんに話して頂戴ね」

「うん、わかった」

「よろしい。夕食の支度が出来ているから、荷物を置いてリビングにいらっしゃい」

 どうやら、今回は特におとがめはないようだ。歩武は内心、ほっとしていることを顔に出さないようにして、急いで二階の自分の部屋に向かうために階段を駆け上る。そんな娘の様子を母親はじっと見つめていた。

 歩武の後ろを猫とウサギの霊が追いかけていく様子は、母親の目に映ることはなかった。

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