清めの塩の縁~えにし~

折原さゆみ

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34少年の興味対象となったのは

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 従妹が妙に興奮したような声で電話をかけてきて一週間後、彼女は帰らぬ人となってしまった。嫌な予感がしたが、まさか最悪の事態になるとは思っていなかった。計胡は、彼女が亡くなったことをすぐには認めることができなかった。しかし、亡くなったら葬儀が行われる。計胡は葬儀場に来ていた。

 彼女は自分の部屋で亡くなっていたらしい。自殺のようだが、詳しく教えてもらうことはできなかった。しかし、彼女の会社の取締役がわざわざ計胡に連絡してきてくれた。遺体の損傷が激しいということで、遺体が葬式会場に持ち込まれることはなかった。そのため、彼女に最期の別れを告げることは叶わなかった。

 当然、遺体がないので、火葬場に行くこともなく、葬式が終わるとすぐに親族が集まっての食事となった。二人の子供がいる計胡は、早めに食事を終わらせて帰ろうと考えていた。すでに葬式の最中からうつらうつらと眠そうにしていた娘たちが、今は完全に計胡の腕の中で寝てしまっている。


「帰らせてもらった方がいいかもしれないね。僕たちは先に帰らせてもらおうか」

 夫もすっかり夢の中に旅立っている娘二人の様子を見て、計胡と同じ考えに至ったようだ。夫の意見も同じだったので、先に帰らせてもらおうと、彼女の母親に声をかけようとしたが。


『お前が従妹か。あまり似ていないね』

「だ、誰なの?」

『でも、お前が彼女の従妹だろう?お前が帰るというのなら、僕も一緒についていくことにしよう。食事をキャンセルしなければならないのなら、この僕直々にやっておいてあげるよ!』

 夫の声でも知り合いの声でもない、謎の声が頭の中に聞こえ、計胡が反射的に声の主が誰か尋ねるが、声の主は計胡の話を聞かずに、勝手に話を進めてしまっていた。


「私の話をきい」

『いったん、黙ってくれる?それと、目をつむってくれるかな』

 謎の声が計胡に指示を出す。はっと、我に返った計胡は周囲を見渡すが、そこで驚きの事実に言葉を失ってしまう。

『まったく、せっかく驚かせないようにと思って、目をつむって欲しいとお願いしたのに』

「ど、どういう、こ、と」

『見たまんまだけど。それと今から時間を戻すから、戻したらさっさとそこの男と子供連れて家に帰りなよ。僕もついていくから』

 計胡が頭の中の声と会話していた声は、誰の耳にも届いていなかった。正確には、計胡以外に、動いている者がいなかった。誰も彼もが、動きを停止していた。手を宙に挙げたまま動かない者、顔に手を当てて泣いている者、近くにいる人と話していると思われる、口を開いたままの者など、様々な動作のまま停止していた。

 まるで、計胡以外の時間が止まってしまったかのように。慌てて自分の夫や子供の様子を確認するが、夫も動くことがなかったが、子供の方は。

「スースー」

 娘の愛理も美夏も、最初は他の人と同じように動きを止めているのかと思ったが、よく耳を澄ますと、小さな寝息が聞こえた。

『おや、これはまた珍しい』

 謎の声が感心したような声を出すが、計胡は娘たちが動いていて少しほっとした。

『とりあえず、僕の話を聞いてくれるかな』

「今がどんな状況かわかりませんが、この状況を作り出したのは、あなたなんですよね。わかりました。この子たちが寝ている間に、家に帰りましょう」

 子供たちは無事なことを確認した計胡は、自分の頭の中に聞こえる声の指示に従うため、目をつむった。




 
 家に入る前に、計胡たち家族は葬式での厄を落とすため、玄関で身体に塩をまくことにした。塩は葬式でもらっていた。

「あれ、この塩、普通の塩よりキラキラしてる?」

 時刻はすでに夕方となり、辺りは薄暗くなり始めていた。周囲が見えにくくなる中で、その塩はキラキラと存在感を示していた。

「そうかな。僕はただの普通の塩に見えるけど」

「あいりもキレイにみえる。この塩キラキラ」

「あいりがいうなら、みかもきらきら」

 夫は変わらないと言っているが、計胡は葬式でもらった塩がどこか普通の塩と違う気がした。それが何かわからないが、キラキラと輝いている気がした。しかし、いつまでも外にいては風を引いてしまう。家の中に早く入るため、計胡たちは、お互いに塩をかけあった。


「ただいまあ」

 家族全員で家に帰宅の挨拶をする。家に誰がいるわけではないが、計胡が実家でも行っていた習慣だ。夫も特に異論はないようで、今では家族全員が誰もいない家にも挨拶をするようになっていた。

『やはり、彼女の記憶で見るより、澄んだ空気が充満しているな。これは居心地がよさそうだ』

 また、家族以外の声が聞こえたので、計胡はあたりを見渡すが、当然、家族以外に人は見当たらない。従妹が若いのに亡くなってしまい、その葬式に行き、疲れているのだと思うことにした。その声は、少年のような声変りを終えていない、可愛らしい声をしていた。





『計胡と言ったか。お前は面白い力を持っているな。その力には興味がある。とはいえ、力だけだな。お前の思考はつまらない。娘の方が断然面白い思考をしている』

 計胡はこれが夢だと確信していた。目の前には、ぼんやりと自分の娘より年上の少年が立っている。近づこうとしても、計胡が近寄ると、相手はその分だけ遠ざかるため、近寄ることができなかった。そのため、少年の顔や輪郭はぼんやりとしたままだ。しかし、少年のことを計胡は知っていた。少年から発せられる声が、頭の中で聞こえた声と同じだった。

「あなたはいったい、誰なの?どうしてあの時、声が聞こえたの?」

『僕のことを知りたいみたい打ね。でも、深く考えない方がいい。僕の正体を知ったところで意味がない。逆に正体を知ったことで、厄介なものに巻き込まれる可能性もある。そのせいで、大事な娘を失いたくはないだろう?』

「娘は関係ないでしょう!」


『僕は人の記憶をのぞくことができるんだ。まあ、あまり褒められたことではないみたいだけど。それで、あなたの従妹からあなたのことを知り、娘のことを知った。面白そうだったから、わざわざここまでやってきたのさ』

 謎の少年は自分の娘に興味を持っているようだ。その理由が計胡には理解できなかった。普段から娘を見ているが、面白い要素は見当たらない。しいて上げるとするならば、姉の喜咲が、たまに大人びた言動や行動をすることがあるくらいだ。妹の陽咲は年相応に育っているため、特に面白いというわけではない。

 喜咲は、幼稚園の頃、他の園児が楽しそうに遊んでいるのをぼんやりと眺めていたことがあった。身体が弱いわけでもないし、友達がいないわけではない。遊びに誘われれば、多少嫌そうな顔をするが、遊びだすと楽しそうに笑っている。それなのに、なぜかぼんやりと他の園児が遊んでいるのを眺めていることがあった。それはまるで、親が子供が遊ぶ様子をぼうっと眺めている様子に似ていた。

『これからもっと、面白くなりそうだから、少しの間、お前のところに居候することに決めた』

 計胡が愛理のことを考えている間に、謎の少年は、勝手に計胡の家に居候することに決めてしまった。少しの会話から、少年が自分の意見は押し通すことは理解できた。断ることも可能だろうが、計胡には聞きたいことがあったので、少年の提案に条件を付けることにした。

「娘たちに手を出さないと誓えますか?」


 自分の娘に興味を持つ謎の少年に計胡は尋ねる。人の記憶を見ることができるのは、時間売買に携わる人間か、それ以外なら人外しか思いつかない。そんな存在が娘に興味を持っていて、手を出さないとは限らないだろう。

『心配しなくても、娘を喰って力にはしない。娘には手も出さないようにしよう。とはいえ、僕はあなたの思う通り人外ではないから、ただで手を出さないっていうのも面白くないよね。僕からも条件を出そうか。それを守れるのなら、娘には手を出さないし、何なら危険が迫った時、助けてやってもいい』

 その後、謎の少年は条件を口にした。その内容は、計胡にとって問題なくこなせる条件であり、あまりの簡単な条件に拍子抜けしてしまうほどだった。その思考が少年に読まれてしまい、笑われてしまった。


『簡単なこと、か。それならずっとこの家をきれいで清浄な気で満ちさせておくことだ。それと、僕の依り代となる塩の存在を忘れるなよ。そうそう、守ってやるのは、あくまで○○の方だけだ。もう一人はただの娘だからな。興味があるのは○○の方だ』
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