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36向かった場所は
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『コツは掴んだみたいだな。それでいい。では、今日は僕も助力しよう。こちらの方が目的地に早くつけるだろう』
「ほ、本当に時間が私以外の時間が止まっているの?」
『外を見てみないよ。その方がわかりやすいだろう?』
愛理は昼食後、自分の部屋に戻っていた。そして、自分以外の時間が止まって欲しいと願い、目を閉じた。そして、目を開けてみたのだが、目の前にいるのは白亜だけで、自分以外の時間が止まったことを確認することはできない。白亜の言う通りに部屋の窓から外を覗いて、白亜が言っていたことが本当だと知ることができた。
窓の外では、自分の家の前を通っている車や通行人が、ミニチュアの模型のように微動だにしていなかった。
愛理は自分の願ったことが現実になったことに驚いた。一度は成功していたものの、二度目がこんなに簡単に成功するとは思っていなかった。それでも、今は喜んでいる場合ではない。白亜が愛理に右手を差し出した。握ろということだろうか。愛理は黙って白亜の右手を両手でつかんだ。
ふわり。愛理は白亜とともに宙に浮かんだ。
「こ、これは」
『心配しなくても大丈夫。ただ宙に浮いているだけだ。ただし、これは僕の力だから、手を離せば、すぐに落下する』
二人は今、部屋の床から50センチほど宙を漂っていた。愛理は白亜の言葉に頷き、恐る恐る片手を離し、白亜の隣に並んだ。
『では、行くとしようか』
白亜は二階にある愛理の部屋の窓に近寄る。当然、愛理も一緒に近づいていく。二人が近づくと、窓は勝手に開き、外からの風が部屋に流れ込む。鍵のかかったはずの窓が勝手に開いたが、愛理は突っ込むことはしなかった。
『驚かないとは、面白くないが、今は急いでいるので気にしないことにしよう』
そう言って、白亜は愛理の手を握ったまま、開かれた窓から外に出た。外は快晴で雲一つない青空が広がっていた。どんどん上昇する白亜に、愛理は落とされないようにしっかりと白亜の手を握る。
『そんなに強く握らなくても落ちはしない。それより、下を見るといい。よく見えるだろう?』
白亜の言う通り、ゆっくりと視線を下におろすと、そこにはたくさんの家が立ち並ぶ住宅街が見えていた。愛理の家も見えているが、どんどん小さくなっている。白亜が高度を上げているのだと気づくが、今更下ろしてというわけにもいかず、恐怖で声も出せなかった。
ふと自分の家の二階の自分の部屋の窓に視線をやると、そこには鍵のしまった窓が見えていた。
『愛理もそれなりに、怖がることもあるのだな。感情が完全に死んではいないようだ』
「感情が死んでいるとか、失礼なことい、いわないで」
『ふむ、では茶番はこれくらいにして、目的地に急ぐとしよう。そうそう、僕と愛理の姿は他人には見えないようになっているから、そこは心配しなくていいよ』
愛理は、自分たちがどんどん高度を上げていることに対しての恐怖を隠そうとしたが、白亜にはばれているようだ。そして、愛理が心配していたことも白亜にはわかっていたようだ。
二人はしばらく、空を移動していた。
『ここが目的地だよ』
白亜が愛理を下したのは、愛理が通っている塾でも、百乃木の会社でもなかった。そこは、市外にある大手IT企業だった。
『ここが僕の生まれた場所だ。おそらく、ここで待っていれば、じきに来るだろう』
電話もしておらず、連絡もしていないのに、彼らは来るはずもないと愛理は思っていた。約束したのは、今日の塾であるので、彼らが今日、この時間にここに来るとは思えない。何を考えているのかと、白亜に問い詰めそうになった愛理だが。
「早いですね。さすが、彼の死期が近いことがわかりましたか」
「百乃木さんと、田辺先生!」
白亜が言った通り、数分後に彼らは愛理たちの前に姿を現した。そこで愛理は思い出す。時間はどうなっているのだろうか。
「ああ、時間は止まったままです。私たちは時間売買を提供する側の人間。私たちの時間までは止められないのですよ」
『それは語弊があるな。今、この場で動けるのは僕と愛理だけのはずだが、僕が特別にお前ら二人を例外にしておいたからだよ』
「確かにそうですね」
「ええと」
愛理が白亜たちの会話に割り込もうとすると、百乃木が愛理に向き直り、質問する。
「そういえば、誰が犯人か突き止めようと動いていたら、あなたたちがいたというわけですが。それで、朱鷺さんは、家族の方の許可は得てここに居るのですか?
「それは」
「そんなことは無駄な質問でしたね。では、一度時間を戻してください。彼をここに呼ぶ必要がありますから。ああ、弟があなたの母親に電話しておきましょう」
百乃木は、愛理が母親の許可を取っていないことに気付いているようで、愛理が答える前に勝手に話を進めていた。百乃木は誰かに電話をかけ始めた。そんな百乃木に愛理は疑問を投げかける。
「今は時間が止まっているはずでは」
「ああ、そうでした。愛理さん、時間を戻してもらえますか」
「兄さんがへまをするとは珍しい」
「別に少し慌てていただけだ」
『目を閉じてすべての時間が動き出すというイメージを頭の中に描き出すだけでいい。特別にやることはない』
愛理はどうやって時間をもとに戻したらいいのか、よくわからなかった。前回はどうしていただろうか。そんなことを考えながら百乃木と田辺を見つめていたら、白亜が答えをくれた。言われたとおりに、目を閉じて頭の中に時間が再び動き出すイメージを思い描く。
「なるほど、時間を操る力は充分あるようだ。これは兄さんが欲しがるのもわかる気がします。でも」
「お前には関係ないことだろう。一族から抜け出したお前に、時間売買の仕事に口をはさむ権利はない」
「ですが。彼女は僕の塾の生徒です。生徒の心配をするのは当然のこと」
二人が会話している間に、時間は元に戻っていた。愛理の耳に、時間が再び動き出したことを知らせるように街に喧騒が戻ってくる。目を開けると、愛理は百乃木たちの後ろで道路を車が走っていて、歩道に人が歩いていた。
「では、時間も戻ったことですし、私は愛理さんのお母さんに、兄さんは息子さんを呼んでください」
「わかっている。指示されるまでもない」
二人は別々の相手に電話をかけ始めた。愛理はその様子を見守ることしかできない。ふと空を見上げると、真っ青な青空が広がっている。白亜と一緒に空中移動をしていたときと天気は変わっていない。しかし、それとは裏腹に、愛理の心はこれから起こる嫌な予感に気分は下がっていた。
『気分が沈んでいるように見えるが、今から沈んでいては身体が持たんぞ』
「だって、白亜が急いでいる理由が悪い方向にしか思えないから」
「電話が終わった」
「電話が終わりました」
百乃木と田辺が、同時に電話が終わったことを告げた。息がぴったりと合い、兄弟仲が悪そうに見えたが、実際にはそうでもないのかもしれない。
「ふふふ」
そう思うと、少しおかしくなり、愛理は思わず笑ってしまった。じろりと二人ににらまれて慌てて表情を戻す。
「息子は私の話を聞いてすぐにここにやってくるそうですよ。それまで、朱鷺さんの質問に答えましょう。何か私に聞きたいことがあるのなら、答えられる範囲でお答えします」
「兄さん、それはいいけど、こんなところで話すつもり?とりあえず、どこかもっと落ち着ける場所に移動しよう」
「それもそうだ。それなら、まだ時間があるから、お前の塾でどうだ?そこなら夕方まで誰も来ないはずだろう。まあ、今日塾に来る奴はそう多くないと思うから、休校しておくのはどうだ。そうすれば思う存分、話すことができる」
「それは」
「では、移動するとしましょう」
百乃木は田辺が何かいう前に愛理を車に乗るよう促す。田辺は、はあとため息をつくが、塾で話し合うことに異論はないようだ。
「移動って、息子さんはここに来る予定なんですよね。塾に集合場所を変更して大丈夫なのですか」
「心配ありません。また電話して変更すればいいだけです」
愛理と百乃木、田辺の三人が近くに停まっていた車に乗り込む。白亜はいつの間にか姿を消していた。
「では、出発してくれ。目的地は弟の仕事場だ」
「かしこまりました」
百乃木の運転手である太良がすでに車に乗っていた。助手席に百乃木、後部座席に愛理と田辺が座った。
『僕はいったん、愛理の塩に戻っていることにするよ』
愛理の頭の中に白亜の声が聞こえた。愛理はわかったと小さくつぶやいた。こうして、愛理たちを乗せた車は愛理たちが通う塾へと向かうことになった。
「ほ、本当に時間が私以外の時間が止まっているの?」
『外を見てみないよ。その方がわかりやすいだろう?』
愛理は昼食後、自分の部屋に戻っていた。そして、自分以外の時間が止まって欲しいと願い、目を閉じた。そして、目を開けてみたのだが、目の前にいるのは白亜だけで、自分以外の時間が止まったことを確認することはできない。白亜の言う通りに部屋の窓から外を覗いて、白亜が言っていたことが本当だと知ることができた。
窓の外では、自分の家の前を通っている車や通行人が、ミニチュアの模型のように微動だにしていなかった。
愛理は自分の願ったことが現実になったことに驚いた。一度は成功していたものの、二度目がこんなに簡単に成功するとは思っていなかった。それでも、今は喜んでいる場合ではない。白亜が愛理に右手を差し出した。握ろということだろうか。愛理は黙って白亜の右手を両手でつかんだ。
ふわり。愛理は白亜とともに宙に浮かんだ。
「こ、これは」
『心配しなくても大丈夫。ただ宙に浮いているだけだ。ただし、これは僕の力だから、手を離せば、すぐに落下する』
二人は今、部屋の床から50センチほど宙を漂っていた。愛理は白亜の言葉に頷き、恐る恐る片手を離し、白亜の隣に並んだ。
『では、行くとしようか』
白亜は二階にある愛理の部屋の窓に近寄る。当然、愛理も一緒に近づいていく。二人が近づくと、窓は勝手に開き、外からの風が部屋に流れ込む。鍵のかかったはずの窓が勝手に開いたが、愛理は突っ込むことはしなかった。
『驚かないとは、面白くないが、今は急いでいるので気にしないことにしよう』
そう言って、白亜は愛理の手を握ったまま、開かれた窓から外に出た。外は快晴で雲一つない青空が広がっていた。どんどん上昇する白亜に、愛理は落とされないようにしっかりと白亜の手を握る。
『そんなに強く握らなくても落ちはしない。それより、下を見るといい。よく見えるだろう?』
白亜の言う通り、ゆっくりと視線を下におろすと、そこにはたくさんの家が立ち並ぶ住宅街が見えていた。愛理の家も見えているが、どんどん小さくなっている。白亜が高度を上げているのだと気づくが、今更下ろしてというわけにもいかず、恐怖で声も出せなかった。
ふと自分の家の二階の自分の部屋の窓に視線をやると、そこには鍵のしまった窓が見えていた。
『愛理もそれなりに、怖がることもあるのだな。感情が完全に死んではいないようだ』
「感情が死んでいるとか、失礼なことい、いわないで」
『ふむ、では茶番はこれくらいにして、目的地に急ぐとしよう。そうそう、僕と愛理の姿は他人には見えないようになっているから、そこは心配しなくていいよ』
愛理は、自分たちがどんどん高度を上げていることに対しての恐怖を隠そうとしたが、白亜にはばれているようだ。そして、愛理が心配していたことも白亜にはわかっていたようだ。
二人はしばらく、空を移動していた。
『ここが目的地だよ』
白亜が愛理を下したのは、愛理が通っている塾でも、百乃木の会社でもなかった。そこは、市外にある大手IT企業だった。
『ここが僕の生まれた場所だ。おそらく、ここで待っていれば、じきに来るだろう』
電話もしておらず、連絡もしていないのに、彼らは来るはずもないと愛理は思っていた。約束したのは、今日の塾であるので、彼らが今日、この時間にここに来るとは思えない。何を考えているのかと、白亜に問い詰めそうになった愛理だが。
「早いですね。さすが、彼の死期が近いことがわかりましたか」
「百乃木さんと、田辺先生!」
白亜が言った通り、数分後に彼らは愛理たちの前に姿を現した。そこで愛理は思い出す。時間はどうなっているのだろうか。
「ああ、時間は止まったままです。私たちは時間売買を提供する側の人間。私たちの時間までは止められないのですよ」
『それは語弊があるな。今、この場で動けるのは僕と愛理だけのはずだが、僕が特別にお前ら二人を例外にしておいたからだよ』
「確かにそうですね」
「ええと」
愛理が白亜たちの会話に割り込もうとすると、百乃木が愛理に向き直り、質問する。
「そういえば、誰が犯人か突き止めようと動いていたら、あなたたちがいたというわけですが。それで、朱鷺さんは、家族の方の許可は得てここに居るのですか?
「それは」
「そんなことは無駄な質問でしたね。では、一度時間を戻してください。彼をここに呼ぶ必要がありますから。ああ、弟があなたの母親に電話しておきましょう」
百乃木は、愛理が母親の許可を取っていないことに気付いているようで、愛理が答える前に勝手に話を進めていた。百乃木は誰かに電話をかけ始めた。そんな百乃木に愛理は疑問を投げかける。
「今は時間が止まっているはずでは」
「ああ、そうでした。愛理さん、時間を戻してもらえますか」
「兄さんがへまをするとは珍しい」
「別に少し慌てていただけだ」
『目を閉じてすべての時間が動き出すというイメージを頭の中に描き出すだけでいい。特別にやることはない』
愛理はどうやって時間をもとに戻したらいいのか、よくわからなかった。前回はどうしていただろうか。そんなことを考えながら百乃木と田辺を見つめていたら、白亜が答えをくれた。言われたとおりに、目を閉じて頭の中に時間が再び動き出すイメージを思い描く。
「なるほど、時間を操る力は充分あるようだ。これは兄さんが欲しがるのもわかる気がします。でも」
「お前には関係ないことだろう。一族から抜け出したお前に、時間売買の仕事に口をはさむ権利はない」
「ですが。彼女は僕の塾の生徒です。生徒の心配をするのは当然のこと」
二人が会話している間に、時間は元に戻っていた。愛理の耳に、時間が再び動き出したことを知らせるように街に喧騒が戻ってくる。目を開けると、愛理は百乃木たちの後ろで道路を車が走っていて、歩道に人が歩いていた。
「では、時間も戻ったことですし、私は愛理さんのお母さんに、兄さんは息子さんを呼んでください」
「わかっている。指示されるまでもない」
二人は別々の相手に電話をかけ始めた。愛理はその様子を見守ることしかできない。ふと空を見上げると、真っ青な青空が広がっている。白亜と一緒に空中移動をしていたときと天気は変わっていない。しかし、それとは裏腹に、愛理の心はこれから起こる嫌な予感に気分は下がっていた。
『気分が沈んでいるように見えるが、今から沈んでいては身体が持たんぞ』
「だって、白亜が急いでいる理由が悪い方向にしか思えないから」
「電話が終わった」
「電話が終わりました」
百乃木と田辺が、同時に電話が終わったことを告げた。息がぴったりと合い、兄弟仲が悪そうに見えたが、実際にはそうでもないのかもしれない。
「ふふふ」
そう思うと、少しおかしくなり、愛理は思わず笑ってしまった。じろりと二人ににらまれて慌てて表情を戻す。
「息子は私の話を聞いてすぐにここにやってくるそうですよ。それまで、朱鷺さんの質問に答えましょう。何か私に聞きたいことがあるのなら、答えられる範囲でお答えします」
「兄さん、それはいいけど、こんなところで話すつもり?とりあえず、どこかもっと落ち着ける場所に移動しよう」
「それもそうだ。それなら、まだ時間があるから、お前の塾でどうだ?そこなら夕方まで誰も来ないはずだろう。まあ、今日塾に来る奴はそう多くないと思うから、休校しておくのはどうだ。そうすれば思う存分、話すことができる」
「それは」
「では、移動するとしましょう」
百乃木は田辺が何かいう前に愛理を車に乗るよう促す。田辺は、はあとため息をつくが、塾で話し合うことに異論はないようだ。
「移動って、息子さんはここに来る予定なんですよね。塾に集合場所を変更して大丈夫なのですか」
「心配ありません。また電話して変更すればいいだけです」
愛理と百乃木、田辺の三人が近くに停まっていた車に乗り込む。白亜はいつの間にか姿を消していた。
「では、出発してくれ。目的地は弟の仕事場だ」
「かしこまりました」
百乃木の運転手である太良がすでに車に乗っていた。助手席に百乃木、後部座席に愛理と田辺が座った。
『僕はいったん、愛理の塩に戻っていることにするよ』
愛理の頭の中に白亜の声が聞こえた。愛理はわかったと小さくつぶやいた。こうして、愛理たちを乗せた車は愛理たちが通う塾へと向かうことになった。
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