清めの塩の縁~えにし~

折原さゆみ

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37犯人を捕まえたいです

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「では、お帰りになる際にはご連絡ください」

「わかった」

 車が走っている間、外の景色を眺めていた愛理は、今が平日の昼間だということに改めて気づかされることになった。通りを歩いている人が少ない。それに、子供が歩いていないことに気付いた。





「少しの間、僕たちだけで話をしましょうか」

 塾に入ると、控室に案内された。そこなら、塾の外から愛理たちの姿が見えることはない。三人は控室までやってきて、席に着くと、百乃木が話を切り出した。

「何から話していきましょうか。朱鷺さんは、私たちに何か聞きたいことはありますか?」

「なんでも構いませんよ。僕は百乃木から抜け出しましたが、普通の人よりは時間売買に関しては詳しいですから、遠慮することはありません。僕でなくても、兄さんに質問でもいいですよ」

 百乃木に言われたが、本当に何でもいいのだろうか。愛理は少しの間、迷っていたが、二人に話してみることにした。

「それなら」

学校で自分と同じくらいの児童が亡くなっている。しかも、児童連続不審死と同じような死に方をしていると、ニュースで報道されていた。それが、時間売買に関する人の犯行だというのならば。

「私の学校で亡くなった児童の犯人を見つけたいのですが、協力してくれますか」

 いきなり、質問ではなく、協力を仰がれるとは思っていなかったのか、百乃木と田辺の顔が一瞬、凍り付いた。自分は何も悪いことは言っていないはずだ。反応がないので、もう一度口にしようとする。

「私の学校で亡くなった児童……」

「もう一度言わなくても聞こえています。それで、愛理さんはどうして、犯人を捕まえたいのですか。いや、これ以上被害を増やしたくないのはわかりますが、それと自分で犯人を見つけることは違います。小学生の愛理さんがするべきことではないと思いますが」

「私も弟と同じ意見ですけど、その辺も考えているのでしょう。朱鷺さんは」

「ええと、それはもちろん、ええと」





『警察に任せて捕まえられる事件でもないだろう。愛理が協力したいと言ってもおかしくはないはずだがな』

「白亜!」

 白亜が突然姿を現し、愛理の擁護を始めた。

『犯人もすでにわかっているのだろう。それならどうして、自分たちで捕まえようとしない?それとも、捕まえることができない事情でもあるのか』

白亜が言っていることは、愛理も考えていたことだ。彼らには犯人の目星がついているらしいことを言っていた。自分たちと同じ時間売買業者だと。だからこそ、愛理は協力を仰ごうと思ったのだ。


「白亜、ですか、まったく、あなたはうちを抜け出したと思ったら、小学生の下に着くのですか。犯人なら確かにすでに目星はついていますが、それがどうしたというのです?私たちに犯人の行動を止めるメリットがありません。もし、今回の犯人が捕まれば、時間売買業界の闇が世間に知れ渡ることになり、損害しかありません」

 百乃木は、人が死んでいるというのに、メリットがないので、犯人を捕まえないと断言する。表情を一切変えず、無表情で言い切った。その隣に座っている田辺は、百乃木の考えを理解しているかのような発言をする。

「私は協力をしてもかまいませんが、それでも、彼らにとって、メリットがないということはよくわかります。兄さんを責めないでください」

 愛理には彼らの真意がわからなかった。人が死んでいるというのに、なぜ、こんなにも非情になれるのか。仕事を続けようとするのか。

「どうしてですか。人が死んでいるのに!それなのに、犯人を野放しにしているつもりなんて」

 愛理の言葉に百乃木が淡々と答える。

「そこまで言われても、私たちにはメリットがない。とはいえ、もし、私たちが犯人を捕まえるとして、あなたに何ができますか。協力と言いますが、協力というのは、力を合わせるということ。私たちが一方的に犯人を捕まえて犯行を止めたとして、それは協力ではない。意味は分かりますよね」

 うっと、愛理は言葉に詰まる。百乃木の言う通りだった。愛理に犯人の犯行を止める手段はないし、協力できることはないと言ってもいい。それなのに自分は協力して欲しいと頼んだ。

『そんなに問い詰めることもないだろう。相手は子供をターゲットにしている。それなら愛理の使い道は一つだろう。それなら、協力と言ってもいいはずだ』

 言葉に詰まった愛理に、白亜が百乃木たちに愛理が使えることを示唆する。それを聞いた百乃木はあごに手を当て、考え込む。


「こども、か。それは考えていなかったな。確かに朱鷺さんは子供だから、使えるかもしれないですね。しかし、お前がそんなことを言うとは。性悪な奴だな」

「ですが、それをすれば、愛理さん自身が危険に陥る可能性を否めない。僕は反対です!」


 白亜の言葉に二人は口々に意見を言い合う。愛理には何のことだか理解できなかった。それでも、白亜の言葉が自分にできることがあると言っているようだったので、うれしかった。

『嬉しそうにしおって。自分に被害が及ぶことを考えてはいないのか』

「別に、だって私は」


「わかりました。我々も何の罪もない子供たちがこれ以上被害に会うのをみて、何も思わないほど非情ではありません。今回に限り、犯人を捕まえることにしましょう。ただし、朱鷺さん、あなたが協力して欲しいと言っていたので、あなたの力も借りることにします。危険を伴っても協力をしてくれますか」

 百乃木は、先ほどの言葉を撤回して、愛理に協力すると言い出した。突然の意趣返しに愛理は戸惑ったが、それでも犯人を捕まえる協力をしてくれるというのなら、喜ばしいことだ。

「大丈夫です。犯人を捕まえることができるのなら、多少の危険は我慢します」

「兄さん!」

「そんなに自分の塾の生徒のことが不安なら、お前も一緒に犯人探しと逮捕に協力すればいいだけだ。オレは別に手伝えとは言わないが、手伝いをしてはいけないとは言わない」

「はあ」

『決まりだな。面白そうだ。愛理が手伝うというのなら、僕も力を貸すよ』


 話はまとまりつつあった。百乃木も田辺も今回の事件の犯人を捕まえることにしてくれた。愛理の協力を必要とするということだが、これ以上被害が増えないのなら、喜んで協力しようと愛理は決意した。






「トントン」

「ああ、ちょうど良いタイミングだ。朱鷺さんが話したがっていた息子さんが見えたみたいです」

 塾の扉がたたかれる音が聞こえた。百乃木が立ち上がり、息子をこちらに案内するために部屋から出ていった。


「本当に手伝うつもりですか。おそらく、あなたの役割は」

「これ以上、私と同じくらいの子供が亡くなるのは見たくありません」

 田辺が心配そうに愛理に問いかけるが、田辺の心配は無用だ。愛理は気丈に答えたが、それでも田辺の心配そうな顔がなくなることはなかった。

「心配です。ですが、私もこれ以上の被害は出したくはありません。犯人がターゲットとしている児童には共通点がある。その共通点を持つ児童を探して、その子と一緒に居れば犯人と遭遇して、逮捕もできるしょう。あなたの役割は」


 とはいえ、田辺も最終的に愛理の協力は欠かせないと思ったのだろう。しかし、重要なところで、言葉は遮られた。


「遅れてすいません。ええと、私が老人の息子です」

 息子が百乃木に引き連れられ、愛理たちの前にやってきた。
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