清めの塩の縁~えにし~

折原さゆみ

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46最終確認

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 いよいよ、今日の放課後、愛理の学校で起きた殺人事件の犯人を捕まえることができる。朝起きた時から、愛理の気分は高揚していた。いったい、犯人は何を思って、未成年の少年少女を狙って犯行を行っていたのだろうか。

「愛理、ぼうっとしていないで、さっさと学校に行く準備をしなさい!」

「わ、わかってるよ」



「いってきます!」

 いつものように家を出た愛理は、後ろからついてくる美夏の姿に、ダメもとで声をかける。

「ねえ、美夏。今日だけどさ、私、放課後用事があるんだけど、友達と一緒にかえ」

「愛理ってさ、実は私のことどう思っているの?」

「えっ!」

 愛理は、美夏に今日の放課後についての話をしようとしただけだ。美夏に話しかけても、無視されるか、嫌な顔をされることが多く、まともに話を聞いてくれることは少ない。とはいえ、今日の放課後に大河と一緒に公園に行くことを話しておかなければならない。ただし、本当のことを話すわけにもいかない。興味を持ってついてきたも困るからだ。だからこそ、今日の放課後は用事があるから、他の子と一緒に帰って欲しいと伝えたかったのだが。

「なんでそこで驚くの?」

「べ、別に驚いてないよ。どうしてそんなことを聞くのか気になって」

「だって、大河は私のことが好きだと言っていたけど、きっと本心は」

「大河?」

「こっちの話、まあいいや。あんたの気持ちなんてどうでもいいし。それで、放課後何があるの?妹のことを差し置いて用事って何?」

「用事って、それは」

 いざ、用事と聞かれて、すぐに嘘が出てこない。それでも、どうにか答えようとしたところに、助けの声が入った。

「おはよう。今日もお前らは仲が悪いんだな」

『大河!』

 ちょうどタイミングよく、大河が家から出てきた。愛理と美夏は家を出てすぐのところで喧嘩していた。

「大河君!愛理が今日の放課後、用事があるからって、妹の私と一緒に帰らないんだって。大河君はこいつの用事を知ってる?」

 愛理が答えを言わないことにしびれを切らした美夏は、今度は愛理の放課後の過ごし方を大河に質問する。

「用事か。用事、ようじ……」

 いきなりの質問に、大河はわかりやすく動揺していた。目をキョロキョロさせて、明らかに不審な行動をとっていた。愛理の用事というのは、大河の付き添いのことである。正直に話せば、愛理と大河が一緒に行動することがばれてしまう。加えて、愛理たちの用事は時間売買である。法律で禁止されている未成年の時間売買を行うことを美夏に正直に話せるわけもない。


「大河君?目が泳いでいるけど、あ!もしかして」

「いやいやいや。絶対に違うから。オレが愛理と一緒に放課後過ごすとか」

 慌てて答えた大河の返答に愛理は頭を抱える。そんなことを言えば、大河と愛理が放課後を共に過ごすと言っているようなものだ。案の定、美夏は愛理の推測通りに大河の言葉を解釈した。

「愛理、あんた大河君と一緒に放課後何をするつもり!」

 美夏の言葉の矛先は愛理に移動した。愛理は肩をすくめて美夏をなだめる。適当に嘘をついてごまかそうとした。

「せっかく秘密にしていたのに。ばれてしまったら話すしかないか。私たちは、確かに今日の放課後、ある用事を済ますために一緒に行動する。それは」


「聞きたくない!」

 愛理が最後まで言い終わらないうちに、美夏は学校に向かって走り出してしまった。突然の行動を理解できない愛理も、今の美夏を一人にしてはいけないという本能が働き、慌てて美夏を追いかけた。大河も数秒遅れて二人を追いかけ走り出す。

 学校についても、美夏は不機嫌な様子を隠そうとはしなかった。そのまま、お互いの教室に向かい、結局、愛理は美夏に放課後のことをしっかりと話すことができなかった。





『愛理、妹がもしついてきたらどうするつもりだ』

「阻止するに決まってるでしょ。でも、どうやって阻止したらいいか」

 授業中、愛理は美夏が自分たちの後をついてこないか心配だった。ただの買い物や日直の仕事ならいいが、今回は訳が違う。何が起こるかわからない危険な場所に赴くのだ。

『阻止、ねえ。阻止しなくてもいいかもしれないよ。何せ、あそこの元社員が来るとしたら、おそらくあいつも来るかもしれないし、そうなれば……』

「どういうこ」


「朱鷺さん、何を一人でぶつぶつ言っているのですか!」

 頭の中で白亜と会話をしていたつもりだったが、愛理の口から声が出てしまっていたようだ。クラスメイトの視線が愛理に集まる。恥ずかしくなり、愛理は小声で謝った。

「すいません。ちょっと寝不足で、可笑しなことを口走ってしまいました」

「気を付けてくださいよ」

 担任にこれ以上追及されることなく、愛理は席に着く。それからはもっと小さな声で、頭の中に聞こえる白亜と会話することにした。





 昼休み、大河と愛理は話が聞かれることが少ない、図書室にやってきた。図書室は解放されているが、本を借りに来る人は少ない。図書係と本好きの数人がいるだけだった。部屋の奥の椅子に座って、今日の放課後についての最終確認を行う。

「それで、公園に行くのはいいとして、大河は男に私を友達と紹介してよね。『彼女もお金に困っているから連れてきた』って」

「紹介するのはいいけど、お前は金に困ってないだろ。それを見破られたらどうすんだよ。ただの興味本位だと思われたらどうする?」

「大丈夫。ばれないようにするから。もし、ばれて危険になっても、助っ人も呼んであるから心配はいらないよ」

「助っ人?」

 小声で話される会話を聞くものはいない。図書室にいるのは、読書に夢中になっている児童ばかりだ。小声で話される会話は少しずつ感情的になる。

「そう、助っ人。だって、どう考えても怪しい人に会うのに、私たちが丸腰で会うのは危険でしょう?だから、私が選んだ大人に」

「おまえ、本当は何を隠してる?確かに危ないかもしれないが、知り合いの大人を連れていくのはおかしい。危険を承知で他人を巻き込むのかよ。いい加減、本当のことを話せ!」

「それは……」

 愛理は大河に話していないことがあった。とはいえ、どうやって話したら信じてもらえるだろうか。しかし、迷っている暇はない。この機を逃したら。最悪の場合、大河が死んでしまうかもしれないのだ。

「大河、よく聞いて。そう、私は大河を心配している以外に、大河についていく理由がある」


 愛理は、自分が大河についていく真の目的を簡単に説明した。愛理の言葉に、大河の顔はみるみる青ざめていく。話を聞き終えた大河の声は震えていた。

「いや、そんなことなら、もっと早く言えよ。知らずにいたら、オレ、そいつに殺されていたかもしれないだろ」

「だから、言いたくなかった。これで大河が行くのをやめたら、違う誰かが犠牲になるんだよ」

「助っ人を呼んだということは、そいつらは、オレが会う男が犯人だと気づいたうえで、犯人逮捕に協力してくれるというわけか?」

「まあね。それに、私たちには彼らだけじゃなくて、頼もしい見方もいるのよ。白亜!」

 愛理はここで、大河に白亜を引き合わせることにした。大河は白亜と一度会っているので、説明は少なくて済むだろう。


『僕も戦力に入れてくれるのはいいけど、その呼ばれ方は微妙だね』

 愛理の言葉ともに、白い煙が上がり、白亜が姿を現した。白亜の姿を見るのは二度目の大河だが、突然の白亜の登場にはさすがに驚いたようだ。

「お、お前は!」

『自己紹介がまだだったね。僕の名前は白亜。愛理と一緒に行動をしているんだ。よろしく』




「そろそろチャイムが鳴りますよ。教室に戻ってください」

 白亜は自己紹介を終えた突端に姿を消した。その直後に昼休みが終わるから、教室に戻るようにと伝える図書委員の声が聞こえた。

「じゃあ、後は放課後を待つだけだな」

「なるようにしかならないからね」

 二人は図書委員の指示に従い教室に戻った。
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