清めの塩の縁~えにし~

折原さゆみ

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47一人で来なかったのはお互い様です

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 昼休み後の時間はあっという間に過ぎていく。授業が終わり、掃除、帰りのHRと続いて、放課後に近づいていく。

「明日もまた元気に学校で会いましょう。さようなら」

『さようなら』

 担任の声に合わせてクラスメイトが挨拶する。愛理と大河も先生に挨拶をする。すぐにでも教室から飛び出していきたい衝動に駆られたが、あまりに急いだ行動を見せると、他の児童に怪しまれてしまう。なるべくいつも通りに行動しようと、わざとゆっくりとした行動を心がける。そのおかげか、心を落ち着かせる時間ができた。

「オレが先に校門を出て公園に向かっているから、後からついて来いよ」

「了解」

 大河が愛理に近づき、耳元でささやく。その声に愛理も小声で返した。いよいよ、犯人らしき男との対面である。





「な、なんで美夏がついてくるの?」

 校門を出た瞬間、愛理は大河の姿を追って走り出した。しかし、愛理と同じように走り出した人物が目に入り、その正体に気付いた愛理は、思わず立ち止まり叫んでしまった。

「だって、気になるでしょ。校門出たとたんに走り出すとか、怪しすぎでしょ。校門前で張っていて正解だった」

 愛理と並走していたのは、美夏だった。愛理が早足で歩きだすと、美夏も同じように早歩きでついてくる。追い払おうと試みるが、美夏はどうあっても、愛理についていくつもりのようだ。


「おーい、愛理。そろそろ公園につきそうだが、だいじょう、美夏!」

「やっぱり、大河と愛理は、放課後一緒の用事があったんだね」

 愛理は、両手を合わせ、ごめんというポーズをとった。大河は愛理の仕草を見てすぐに美夏に向き直る。

「美夏。ここは危険だから、家に帰った方がいい。もし一人が心配なら、オレが一度美夏の家まで送ってやるから」

「心配なのはわかるけど、私は大丈夫だよ。だって、もし何かあったら。大河とそこの姉が守ってくれると信じてる!」

 大河の言葉に聞く耳を持たない美夏は、あろうことか、危険がせまったら二人に助けてもらうとまで言い出した。



「皆さんおそろいのようですね。一人多い気もしますが」

『田辺先生!』

 結局、愛理と大河は美夏を置いていくことはできず、一緒に公園まで来てしまった。一人の男が公園の隅に停めてある車から出てきた。愛理と美夏がよく知るその顔で、大河も二人が呼んだ名前にほっとした表情を見せた。

「私もいますがね」

 その後ろからは、百乃木が出てきた。これで、今日、公園に集う人物は全てそろった。

「いざ、決戦の場だね!」

『ずいぶん張り切っているね。気をつけなよ』

 愛理たちは大河が待ち合わせ場所に指定された公園に入った。





「おや、大河君。ずいぶんたくさんの人を連れてきたんだね」

「も、最上さん!」

 待ち合わせ場所である公園にはずいぶんと早くついてしまったが、早く着きすぎたということはなかった。相手の方もすぐに公園に入ってきたからだ。

 最上と呼ばれた男の方も一人ではなかった。最上の後ろには一人、頭からフードを被り、顔をすっぽりと覆った人物がいた。フードを深くかぶっているせいで顔を見ることができない。

「一人で来なかった判断は正しいと思うが、それにしては大人数だね。私は別に大河君に危害を加えるつもりはなかったんだけど、警戒されてしまったかな」

「いえ、そんなことは」

「場所を移しましょう。ここでは目立ってしまいます」

 大河と最上が話している途中で、百乃木が提案する。最上は百乃木をちらりと見てから、一つ頷く。

「目立つのは嫌だからねえ。ところで、君がここに居るのは偶然かな。まさか、敵会社の偉いさんとこんなところで会うなんて驚きだよ」

「あなたがここに来るとわかっていたから、来ただけですよ」

「ご無沙汰しております。最上さん」

 百乃木と最上は知り合いだったらしい。さらには、田辺も最上のことを知っていた。同じ時間売買業者同士でつながりがあったのだろうか。

「田辺君まで来ているなんて、今日は面白い日になりそうだね」

 最上は、大河が連れてきた、正確には愛理が呼んだ百乃木や田辺を見ても、驚きはしたものの、帰すことはなかった。百乃木と田辺と言葉を交わすと、愛理と美夏に視線が移動する。

「そこの二人は大河君の友達かな?」

「友達です!」

 愛理たちが答える前に、大河がはっきりと宣言する。最上に愛理たちが自分の幼馴染だとばれるのは避けたいらしい。愛理も大河の答えに乗っかり自己紹介を始めようとしたが。

「友達ではありません。私と大河は幼馴染です!」

 大河の意図を汲み取ることができなかった者が、愛理たちの正体をばらしてしまった。当然、美夏は愛理や大河がこの場所にいる目的を知らない。ゆえに、友達と言われて、はいと答えたくなかったのだろう。

「ほう、幼馴染……」

 美夏の言葉を聞いた最上は何か考えるような仕草を見せた。後ろにいた男は、美夏の声を聞いて、初めて声を発した。

「お。お前は」




『まずいぞ。伏せろ!』


 白亜の声が届くと同時に、愛理は美夏の頭を掴んで地面にかがみこむ。ひゅっと風切り音のような音が頭上で聞こえた。

「ちっ、外したか」

「いけませんよ。石崎雷徒(いしざきらいと)。この子たちに恨みがあるのはわかりますが、まだ彼女たちには役目がある。殺すのはまだ早い」

 最上の後ろにいた男がフードを払いのけ、舌打ちする。顔を上げた愛理は、男の顔を見たとたん、あの時の悪夢のような出来事が頭の中に瞬時によみがえる。



「お、お、で、も、な、なん」

「おや、覚えていましたか?そう、彼はあなたたちの学校を襲った張本人ですよ」

 愛理は言いたいことが山ほどあるのに、言葉が口から出てこなかった。言葉の代わりに出たのは、かすれた音だけだった。その様子を目を細めて眺めながら、最上は男の説明を始めた。

「私が雇ったのです。時間売買をすると、恨みも結構買うことが多くて。そこで、ボディーガードが欲しいと思いまして。見つけたのが、この男だったわけです」

「お前ら姉妹は、殺そうと思っていたところだった。おっさん、偶然とはいえ、会わせてくれて感謝してるぜ」

 男は舌なめずりをして、手元のナイフを手で愛おしそうに撫でていた。愛理は、美夏の様子を確認しようとしたが、美夏のただならぬ様子に一歩彼女から離れてしまった。


「わた、私は、どうして、この、この、このおとこが。そう、この、おとこのせいで、わた、わたしは」

 焦点の合わない視線を男に向け、ぶつぶつとつぶやいていた。明らかに正気を失った様子に愛理は声をかけ損ねてしまった。


『面倒な奴だ。いったん、落ち着かせるとするか。愛理、目をつむれ』

 愛理の頭の中で白亜の声が響き渡る。何をするのか予測した愛理は、とっさに目を閉じた。まばゆい光が公園一帯にあふれた。愛理以外の人間目をつむった。

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