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12家出する九尾
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家に帰ると、翼君が出迎えてくれた。いつもなら、そこに九尾や狼貴君も一緒に居るのだが、なぜか今日は翼君一人だった。
「ただいま。今日は一人なんですね」
「まあ、僕はお留守番ですから。そうそう、今日は僕が夕食を作ったんですよ。この身体にもすっかり慣れて、だいぶいろいろなことができるようになりました!」
翼君は、私と同じ塾で働くようになったが、家の中では中学生くらいの少年の姿である。九尾曰く、そちらの姿の方がエネルギーを使わなくてすむそうだ。彼らと同様に翼君にもケモミミと尻尾が生えているので、ケモミミ少年である。翼君はうさ耳と尻尾で、感情に合わせてひょこひょこ動く耳が可愛らしい。
「私としては、ケモミミ少年姿の方が都合がいいから、家ではその姿のままでいいと思います。癒されるし、異性として意識しなくていいことが理由ですね」
「何か言いましたか?」
そう、翼君の本来の年齢は二十代前半だったはずだ。もし、生前の姿をしていたら、私の方が困ってしまう。いくら私が実年齢で年を取っているとはいえ、見た目は大学生くらいにしか見えないのだ。若者が男女一つ屋根の下、九尾や狼貴君がいるとはいえ、一緒に暮らすとなると、異性として意識しない方が難しい。家ではケモミミ少年姿のままでいてくれた方がいい。
「別に何も言っていません。それで、九尾たちはいつものようにどこかに出かけているのですか?」
「はい。なんでも、面倒な奴がこの町に来たとかで、一時的に身を隠すとのことです。本当は僕も九尾についていった方がいいのですが、今回は蒼紗さんの監視ということで、お留守番と言われました」
九尾はよくこうして、突然、家出するかのように私の家からいなくなる。以前はそのたびに、寂しさにさいなまれていたが、今ではだいぶ慣れて、どうせいつものように用事が済んだら戻ってくると、気軽な気持ちでいられるようになった。
九尾たちと出会って半年以上が経つ。大学生活、九尾たちと一緒に暮らす生活に徐々に慣れつつあった。
「九尾が心配ですか?」
私がしばらく無言なことが心配になったのか、翼君が問いかけてくる。
「心配はしていません。九尾が私の家からいなくなったということは、また何かやばいことがこの町でおこっているということでしょう。だとしたら、今回も厄介なことが私の身の回りで起こりそうだなあと考えていました」
「そうですね。そういえば、蒼紗さんは『受験の悪魔』を知っていますか?」
翼君は、いったいどこでそんな情報を持ってくるのだろうか。なぜか、私だけ世間から取り残されているような孤独さを感じるのだった。
『ぐうう』
そんな孤独さを感じつつも、私の身体は正常に機能しているようだ。私の腹の音が部屋に鳴り響く。連日のように雪が降り、寒さが厳しいせいか、体温を維持するために、通常よりエネルギーを消費するようだ。私の身体は空腹を訴えていた。
「先に夕食にしましょう」
すでに、九尾たちの前で取り繕っても意味はないと思っているので、腹の音は気にせず、翼君が作ってくれたという、カレーライスを食べることにした。
「そういえば、翼君って、料理ができたのですね。もしかして、生前も料理は自分でやっていたのですか?」
「何気に失礼ですね。彼女と同棲していましたが、料理は交代でやっていましたから、ある程度の料理はできますよ」
「彼女」という言葉を発した時、一瞬悲しそうな顔をしていたが、そこには突っ込まないようにした。文化祭の時に見た彼女は、とても可愛らしい女性だった。塾で見ている本来の翼君とはお似合いだった。
「蒼紗さんが悩むことではありません。彼女とは、もう会うこともないでしょう。きちんと別れて、けじめをつけてきました」
さあ、冷めないうちに食べましょう。翼君は話題を変えるかのように、カレーの作り方のポイントや、自分の作るカレーの味について話し出した。それを聞きながらも、翼君の作ってくれたカレーをおいしくいただいた。
翼君が作ってくれたカレーは少し甘めで、なんとなく目の前の少年のイメージにぴったりな味のように感じた。
食後のお茶を飲みながら一息ついていると、翼君が先ほどの話題を再度持ち出した。
「『受験の悪魔』というのは、最近の若い学生に流行っているみたいです」
「それは今日、大学でジャスミンたちに聞きました」
「知っていたんですね。僕はテレビを見ていたときに、その話題について特集していて、それを見て知りました」
翼君はテレビを見て、「受験の悪魔」について知ったそうだ。そして、テレビを見ていて、気になったことがあったらしい。
「『受験の悪魔』は。昨年流行ったサンタ事件に似ていると思ったんです」
「ああ、塾の生徒が言っていた、夢を奪うサンタってやつですか?」
「そうです。サンタ事件の時は、自殺まではいかなかったけど、今回は自殺未遂をする者まで出てきた。このままだと、本当に自殺を完遂してしまう人が出てきてもおかしくはないと僕は思っています」
「もしかして、その『受験の悪魔』とサンタ事件を引き起こしている犯人が同じだと言いたいのですか」
「可能性は高いです。二つの件で、被害者にはある共通点がありました。どちらの被害者もネット上の、ある人物とSNSを使って連絡を取っていたんです」
「私たちもサンタに会うために、SNSのアカウントにアクセスして、フォローして友達になって連絡を取り合うようになりましたけど、サンタと受験の悪魔が同じ相手がやっているとは思えませんが」
「いえ、同じです。サンタも受験の悪魔も同一人物のアカウントだと思います」
見てください、と翼君は自分の持っているスマホを私に見せてくれた。翼君は、自分が塾で働いたお金でスマホを購入したらしい。画面を覗くと、そこには私がサンタと会うために連絡を取り合ったSNSのアカウントが開かれていた。サンタの文字はないが、画面のレイアウトや文章はサンタと同じだったので、サンタをやめて、今度は受験の悪魔として名をはせているらしい。
そこには、新たに「受験についての悩みを聞きます」という文言が前面に出ていた。
「このアカウントにアクセスして、連絡を取り合った生徒たちが被害に遭っているようです」
「そ、それは、翼君が勝手に思っているだけでしょう。違うかもしれないし、今の時期、受験生も追い込みの時期で、ストレスが溜まっているとか……」
「僕の意見でもありますが、彼の意見でもあります。車坂先生も今回の事件を重大に見ています」
翼君は、ここで車坂の名前を唐突に出してきた。車坂といつの間に親しくなっていたのだろうか。私が知らぬ間にずいぶん交流を深めていたようだ。その後も説明は続いていく。
「サンタ事件の時は、車坂先生と一緒に居ても、犯人を逃してしまいましたが、今回は逃がしません。僕はもう二度と、人が事件に巻き込まれて死ぬのを見たくないんです」
どうやら、翼君は「受験の悪魔」によって、人が死んでしまうことを事前に防ぎたいようだ。翼君にとって、死はトラウマに近いものなのだろう。
「私もそれには賛成です。九尾がいないのが幸いなのか、不幸なのかわからないけど、私たちだけで何とかしてみましょう!」
「ハイ。でも、本当は蒼紗さんには動かないで欲しいと九尾から言われているので、無茶はしないでくださいね」
そう言いながらも、協力すると言った後の翼君は嬉しそうだったので、頑張って犯人を捕まえようと思った。
「ただいま。今日は一人なんですね」
「まあ、僕はお留守番ですから。そうそう、今日は僕が夕食を作ったんですよ。この身体にもすっかり慣れて、だいぶいろいろなことができるようになりました!」
翼君は、私と同じ塾で働くようになったが、家の中では中学生くらいの少年の姿である。九尾曰く、そちらの姿の方がエネルギーを使わなくてすむそうだ。彼らと同様に翼君にもケモミミと尻尾が生えているので、ケモミミ少年である。翼君はうさ耳と尻尾で、感情に合わせてひょこひょこ動く耳が可愛らしい。
「私としては、ケモミミ少年姿の方が都合がいいから、家ではその姿のままでいいと思います。癒されるし、異性として意識しなくていいことが理由ですね」
「何か言いましたか?」
そう、翼君の本来の年齢は二十代前半だったはずだ。もし、生前の姿をしていたら、私の方が困ってしまう。いくら私が実年齢で年を取っているとはいえ、見た目は大学生くらいにしか見えないのだ。若者が男女一つ屋根の下、九尾や狼貴君がいるとはいえ、一緒に暮らすとなると、異性として意識しない方が難しい。家ではケモミミ少年姿のままでいてくれた方がいい。
「別に何も言っていません。それで、九尾たちはいつものようにどこかに出かけているのですか?」
「はい。なんでも、面倒な奴がこの町に来たとかで、一時的に身を隠すとのことです。本当は僕も九尾についていった方がいいのですが、今回は蒼紗さんの監視ということで、お留守番と言われました」
九尾はよくこうして、突然、家出するかのように私の家からいなくなる。以前はそのたびに、寂しさにさいなまれていたが、今ではだいぶ慣れて、どうせいつものように用事が済んだら戻ってくると、気軽な気持ちでいられるようになった。
九尾たちと出会って半年以上が経つ。大学生活、九尾たちと一緒に暮らす生活に徐々に慣れつつあった。
「九尾が心配ですか?」
私がしばらく無言なことが心配になったのか、翼君が問いかけてくる。
「心配はしていません。九尾が私の家からいなくなったということは、また何かやばいことがこの町でおこっているということでしょう。だとしたら、今回も厄介なことが私の身の回りで起こりそうだなあと考えていました」
「そうですね。そういえば、蒼紗さんは『受験の悪魔』を知っていますか?」
翼君は、いったいどこでそんな情報を持ってくるのだろうか。なぜか、私だけ世間から取り残されているような孤独さを感じるのだった。
『ぐうう』
そんな孤独さを感じつつも、私の身体は正常に機能しているようだ。私の腹の音が部屋に鳴り響く。連日のように雪が降り、寒さが厳しいせいか、体温を維持するために、通常よりエネルギーを消費するようだ。私の身体は空腹を訴えていた。
「先に夕食にしましょう」
すでに、九尾たちの前で取り繕っても意味はないと思っているので、腹の音は気にせず、翼君が作ってくれたという、カレーライスを食べることにした。
「そういえば、翼君って、料理ができたのですね。もしかして、生前も料理は自分でやっていたのですか?」
「何気に失礼ですね。彼女と同棲していましたが、料理は交代でやっていましたから、ある程度の料理はできますよ」
「彼女」という言葉を発した時、一瞬悲しそうな顔をしていたが、そこには突っ込まないようにした。文化祭の時に見た彼女は、とても可愛らしい女性だった。塾で見ている本来の翼君とはお似合いだった。
「蒼紗さんが悩むことではありません。彼女とは、もう会うこともないでしょう。きちんと別れて、けじめをつけてきました」
さあ、冷めないうちに食べましょう。翼君は話題を変えるかのように、カレーの作り方のポイントや、自分の作るカレーの味について話し出した。それを聞きながらも、翼君の作ってくれたカレーをおいしくいただいた。
翼君が作ってくれたカレーは少し甘めで、なんとなく目の前の少年のイメージにぴったりな味のように感じた。
食後のお茶を飲みながら一息ついていると、翼君が先ほどの話題を再度持ち出した。
「『受験の悪魔』というのは、最近の若い学生に流行っているみたいです」
「それは今日、大学でジャスミンたちに聞きました」
「知っていたんですね。僕はテレビを見ていたときに、その話題について特集していて、それを見て知りました」
翼君はテレビを見て、「受験の悪魔」について知ったそうだ。そして、テレビを見ていて、気になったことがあったらしい。
「『受験の悪魔』は。昨年流行ったサンタ事件に似ていると思ったんです」
「ああ、塾の生徒が言っていた、夢を奪うサンタってやつですか?」
「そうです。サンタ事件の時は、自殺まではいかなかったけど、今回は自殺未遂をする者まで出てきた。このままだと、本当に自殺を完遂してしまう人が出てきてもおかしくはないと僕は思っています」
「もしかして、その『受験の悪魔』とサンタ事件を引き起こしている犯人が同じだと言いたいのですか」
「可能性は高いです。二つの件で、被害者にはある共通点がありました。どちらの被害者もネット上の、ある人物とSNSを使って連絡を取っていたんです」
「私たちもサンタに会うために、SNSのアカウントにアクセスして、フォローして友達になって連絡を取り合うようになりましたけど、サンタと受験の悪魔が同じ相手がやっているとは思えませんが」
「いえ、同じです。サンタも受験の悪魔も同一人物のアカウントだと思います」
見てください、と翼君は自分の持っているスマホを私に見せてくれた。翼君は、自分が塾で働いたお金でスマホを購入したらしい。画面を覗くと、そこには私がサンタと会うために連絡を取り合ったSNSのアカウントが開かれていた。サンタの文字はないが、画面のレイアウトや文章はサンタと同じだったので、サンタをやめて、今度は受験の悪魔として名をはせているらしい。
そこには、新たに「受験についての悩みを聞きます」という文言が前面に出ていた。
「このアカウントにアクセスして、連絡を取り合った生徒たちが被害に遭っているようです」
「そ、それは、翼君が勝手に思っているだけでしょう。違うかもしれないし、今の時期、受験生も追い込みの時期で、ストレスが溜まっているとか……」
「僕の意見でもありますが、彼の意見でもあります。車坂先生も今回の事件を重大に見ています」
翼君は、ここで車坂の名前を唐突に出してきた。車坂といつの間に親しくなっていたのだろうか。私が知らぬ間にずいぶん交流を深めていたようだ。その後も説明は続いていく。
「サンタ事件の時は、車坂先生と一緒に居ても、犯人を逃してしまいましたが、今回は逃がしません。僕はもう二度と、人が事件に巻き込まれて死ぬのを見たくないんです」
どうやら、翼君は「受験の悪魔」によって、人が死んでしまうことを事前に防ぎたいようだ。翼君にとって、死はトラウマに近いものなのだろう。
「私もそれには賛成です。九尾がいないのが幸いなのか、不幸なのかわからないけど、私たちだけで何とかしてみましょう!」
「ハイ。でも、本当は蒼紗さんには動かないで欲しいと九尾から言われているので、無茶はしないでくださいね」
そう言いながらも、協力すると言った後の翼君は嬉しそうだったので、頑張って犯人を捕まえようと思った。
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