新百寿人(しんびゃくじゅびと)

折原さゆみ

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16高梨恵美里

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 私には今までの記憶がない。ある日、目が覚めたら知らない場所にいて、なぜか私はベッドに寝ていた。ここはどこで、自分は誰なのか。頭の中に靄がかかったような感じで一切思い出せない。

「ここは病院であなたは患者です。あなたの新しい名前は【高梨恵美里(たかなしえみり)】。これからの新しい生活に幸あることを」

 目が覚めてしばらくすると、部屋に人がやってきた。患者ということは、私は何かの病気で入院しているのだろうか。

 自分の身体に悪いと頃があるとは思えないが、それよりも新しい名前、というのが気になった。とはいえ、とりあえず自分の名前を知ることが出来ただけで安心した。名前もわからない状態が長く続くよりも、何かしらの名前を与えられた方が良い。

 名前を与えてくれた相手は白衣を着ていた。女性かと見間違えるような男性で、佐戸と名乗る彼は記憶のない私の世話をしてくれた。

「これから恵美里さんには【新寿学園】に編入してもらうことになります」

 どうやら、私はこれから高校生活を送ることになるらしい。今まで私がなにをしていたのかわからないが、自分の身体の状態からまだ成人していないことがうかがえた。

(そういえば、自分のことは思い出せないのに、どうしてそれ以外のことは理解できるのだろうか)

「それはあなたが【しんびゃくじゅびと】だからです。恵美里さんの記憶がないのもそれが原因です」

 佐戸という男は他人の心が読めるかのように、病室のベッドでぼんやり考えていた私の疑問に答える。聞きなれない言葉に首をかしげていると、佐戸は簡単に説明してくれた。

「【新百寿人】とは、100歳を迎えた高齢者が……」

(なるほど、私は一度人生を終えたのか)

 佐戸の説明はにわかには信じがたい内容だった。しかし、彼が嘘を言っているようには見えない。わざわざこの場で嘘を言う理由もないので、本当なのだろう。

記憶がないというのは、第二の人生を新たに迎えるための神様からの配慮ということか。確かに今までの100年分の記憶を持ちながら、二度目の人生を歩むのはいろいろと勝手が違ってくる。周りが若いのに、自分だけ時代遅れの考えを持っていたら、うまくなじめないかもしれない。だとしても。

「記憶が全くないのは、つらい」

「ですよねえ。その気持ちよくわかります」

 思わず口から心の声がこぼれ出る。記憶がありながら、第二の人生を歩むのも大変かもしれないが、記憶がない状態からのスタートもつらすぎる。どうして、人類はそんな過酷な進化を遂げたのだろうか。

 私の気持ちをわかると言った佐戸の顔は、無表情で何を考えているのか不明だ。当事者でもないのに、どうしてそんな軽々しい言葉が言えるのか。気になったが問い詰めても意味がないので黙っていた。


「今日は転校生を紹介します。高梨さん、入ってきて」

「高梨恵美里(たかなしえみり)です。ヨロシクオネガイシマス」

 記憶がないというだけで、本当にそれ以外の生活に必要な知識は身体が覚えていた。そのため、病院でのリハビリでは小・中学校の学習もしたが、手が勝手に動いて大した苦労はなかった。この調子だと高校の勉強も、努力は必要だが落ちこぼれることはないと思われる。

 編入初日、新しいクラスの教室に担任の指示に従って入り、自己紹介を行う。教壇の前に立つと、今日から一緒に勉強を共にするクラスメイトが、私を興味深そうに見つめていた。その視線に耐えられず、自己紹介を終えた私は、急いで自分に与えられた席に移動する。

 休み時間、クラスメイトが私に話し掛けてきたが、どうしても彼らの視線が気になってしまい気分が悪くなる。

「高梨、初日で緊張しているのか。顔色が悪いようだけど、保健室に行くか?」

 結局、その日は一日教室にいることが出来ず、昼休みを待たずに保健室に行くことになった。初日からこんな状態で、果たしてクラスになじむことが出来るのか。

(無理かも、しれない)

 高梨恵美里の第二の人生、不安な高校生活が幕を開けた。


 高校生活が始まって一週間後くらいから、奇妙な夢を見るようになった。その夢には決まって同じ男性が登場した。

「フミエさん、あなたと一緒に過ごせて、私はとても幸せでした。今日でお別れだと思うと……。ううう」

「そんな寂しいことを言わないでください。死ぬわけじゃないのですから、お別れなんて」

 夢の中での私はかなり高齢の女性で、相手の男性も同じくらい高齢だった。私の名前は恵美里のはずなのに、なぜ【フミエ】という別の名前で呼ばれているのだろうか。そして、夢の中の私は当たり前のように【フミエ】という名前に自然に対応していた。

「そうですね。フミエさんの言う通りです。またどこかで会えるかもしれないですね。私もフミエさんと同じように【しんびゃくじゅびと】になれるように頑張って生きますから」

「ふふふ。姿が変わっても、記憶がなくなっても、私はアキトシ君を待っています。だから、そんなに悲しそうな顔をしないでください。明日は私の100歳の誕生日ですよ。もっと嬉しそうにしてください」

「うううう」

 アキトシという名の高齢男性は、顔を覆って泣いていた。きっとこの男性とフミエさんは夫婦なのだろう。

 私の口からは自然と言葉が出てくる。私は高梨恵美里のはずなのに、フミエさんとして夢の中では生きていた。

私たちがいるのは、どこかの高齢者の介護施設だろうか。二人の周りには介護を担う若い女性たちがせわしなく働いていた。

 最初の夢はフミエさんの100歳の誕生日前日の事だったが、そこからは時系列はばらばらで、アキトシという男性は毎回出てくるが、私も彼も夢を見るたびに年齢が違っていた。結婚する前のデートの場面や子供が生まれた時、孫が生まれた時など夢のシチュエーションはばらばらだった。

 フミエという女性にもアキトシという男性とも面識はない。それなのに毎日のように見る夢に、私はだんだんと精神的につらくなってきた。現実世界では病院から与えられた【高梨恵美里】、夢の中では【フミエ】という名前で私は生活している。


 そんな生活を続けていたら、あっという間に高校三年生になってしまった。高校を卒業後の未来が全く見えてこない。

 だから、白石流星と出会った日、私は自ら命を絶とうとしていた。しかし、私はこうしていまだに生にしがみついている。白石流星は私の命の恩人だ。


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