新百寿人(しんびゃくじゅびと)

折原さゆみ

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15夢の内容

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「悪いな、白石。急に用事が入って、お前の家に行けなくなった」

「急に予定が入ったのなら、仕方ないよ」

 部活見学が終わり、明寿が帰宅したのは18時30分を過ぎていた。帰宅した明寿は甲斐が家にいつ来るのかと、身構えながら夕食の支度をしていた。今日は簡単に野菜炒めにすることにした。

 野菜を切っていたら、リビングに置いていたスマホが振動で着信を告げた。包丁を置いて、スマホを確認すると、相手は甲斐からだった。

 一方的に約束をしてきて、勝手に用事が出来たので断る。なんて身勝手なクラスメイトだろうか。

 電話の内容にあきれてしまったが、明寿としては甲斐に予定が入ってくれてありがたかった。とはいえ、明寿よりも優先しなくてはならない急な用事というのが気になった。

「このお詫びはまた明日するわ。じゃあな」

「お詫びなんて、気にしなくて」

 ぷつり。

 相手は電話で用件を伝えてすぐに切ってしまった。明寿の言葉は途中で遮られた。いったい、どれだけ急な用事かわからないが、明寿の言葉を最後まで聞かずに切るとは、ずいぶんと常識を知らない高校生だ。

(とはいえ、これでいろいろ考える時間が増えた)

 通話が終わり、スマホの画面は黒一色に染まる。スマホをリビングにおいて明寿は野菜炒めの続きを再開する。その間に、今日の出来事を頭の中で整理していく。

・高梨の正体、夢について
・ミステリー研究部について
・甲斐の【新百寿人】の情報
・甲斐の急な用事

 高梨からもらったノートの内容は、今日中に確認したいところだ。明寿の妻である文江に関する夢を見ているということで、かなり興味があった。そして、この夢を追求することで、可能性は低いが記憶が戻る可能性もある。

(記憶が戻ってほしいのは、私の願いだが……)

 そこで明寿は昼休みに高梨とした会話を思い出す。

『記憶がないのって、怖いよね。自分が今まで生きてきた過去が思い出せないんだもの。赤ちゃんからの記憶の積み重ねで人間って形成されると思うんだよね。だとしたら、私はいったい、何者だろうって考えてしまって……』

 彼女は自分の記憶が戻る可能性があると知ったら、どう思うだろうか。もし、記憶が戻ったら、あの悲しそうな顔が笑顔に変わるだろうか。

「私は記憶が戻ってほしい」

 記憶が戻った時の反応がどんなものだったとしても、明寿は受け入れるつもりだ。だからこそ、高梨からもらったノートは貴重なものだ。

 いつの間にか、野菜炒め用に刻んでいたキャベツはなくなり、包丁はまな板の上で空を切っていた。


「ごちそうさまでした」

 夕食を終えた明寿は、誰もいない部屋に向かってひとり、食事の挨拶をする。静かな部屋に明寿の声が響き渡る。やはり、ひとりの生活というのは寂しいものだ。そう思いながら、食器を片付けていく。

片付け後は、いよいよ、昼休みに高梨の書いてもらったノートの内容を拝見する時間だ。食器を片付けたテーブルにノートを取り出して、恐る恐るページをめくっていく。

「これは、私たちの……」

 記憶ではないか。

 最初の数ページは、昼休み中にした高梨との筆談の記録が残っている。その後のページからは夢の内容になっているはずだが、明寿は首をかしげる。夢の内容を書いてくれと頼んだが、ノートに書かれていたのは、ある女性と男性の物語の箇条書きだった。

※※
・私には記憶がない
・ある日、知らないベッドで寝ていた
・【新寿学園】に編入する
・名前は【タカナシエミリ】と伝えられる
・自分の記憶だけが抜け落ちていたが、生活はできる
・奇妙な夢を見るようになる

≪夢の内容≫
・私の知らない男女が出てくる
・夢の中の私は【フミエ】という高齢女性
・相手は【アキトシ】で高齢男性(白石君に似てる)

≪初めて見た内容≫
・フミエの100歳の誕生日前日
・フミエとアキトシは介護施設にいた
・別れの挨拶をしていた

≪それ以降の夢≫
・すべてフミエとアキトシの記憶
 →結婚前、結婚後、出産、孫との対面など時系列バラバラ

※私は彼らと面識はない
現実では【高梨恵美里】、夢の中では【フミエ】、
 だんだんその生活が苦しくなった

『だから、白石君と初めて会ったあの日、私は自ら命を終えようとした』

※今でも、自分の人生を終らせたいという願望はある。でも、白石君がいるならもう少し、このつらい現実も生きていけそうな気がするよ。


「どうして先輩がこんな目に……」

 ノートを読み終えた明寿は、頭を抱えた。夢の内容は明寿と文江との記憶に違いない。自分には記憶がないのに、他人の記憶を夢で見させられる苦痛は、明寿の想像を絶する苦しみだろう。

(でも、私は彼女をこの世に引き止めることができた)

 もし、ノートの内容が本当なら、初対面のあの日、高梨が空き教室に来た理由は自殺するためだった。それを止めることが出来た自分を褒めてやりたい。

 明寿はノートを閉じて、今後のことを考える。何とかして、彼女が現実を受け入れて楽しく生きていけるようにしたい。文江としての記憶を取り戻してやりたい。そのために自分は何ができるだろうか。
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