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6.春日悠一が気づく視線。
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――ったくよぉ、なんでこの街の公立、男子高と女子高しかないんだよ?
ホント詰んでる。
マジ、見回してもヤローしかいねぇぇ――
薄く開いた部室の窓から、そんな遠い声が聞こえて、さらに遠のいていく。
一階のピロティから、校門の方に出ていったんだろう。
それを聴くともなく聴きながら、奏は「2グラ」を走る悠一の形を紙に写し取っていく。
たしかに、最初は女子の姿がないのに戸惑ったけどさ……。
幼稚園、小、中学校では、周りの「世界」に女子の姿があった。それが見慣れた光景だった。
だから、この学校の一面の詰襟姿に、奏も最初のうちは、メチャメチャ違和感を覚えはした。
けどさ?
まあ、しばらくすれば「それ」にも慣れたし――
そしてふと、奏は、今日の悠一が、いつもよりも長時間、練習していることに気づいた。
毎日走っているとは限らなくて。
三十分もしないうちにグラウンドから上がっていくこともある。
奏とて、そういつもいつも悠一の練習を、最初から観察できるワケじゃない。
部室に来るタイミング次第では、ほんの四、五分で、悠一が帰っていくこともあった。
そんなときは、ザッと身体のラインをなぞるだけのデッサンになったけれど、今日は……。
なんとなく気が向いて、悠一の顔を――表情を、描き込んでみる。
いつもは「全体」として認識している。
そんな悠一の身体。その「細部」を、奏は写し取っていった。
「春日悠一」と喋ったことはない――
名前が分かったのは、校門の傍で「おぉぃ、春日ぁ!」とか、友人に呼び止められているところに、偶然行き会ったから。
学年が分かったのは、たまたま廊下で見かけた後姿が、奥の三組の教室へと入っていったから。
――それだけのことだ。
そんな悠一の指先の形に、奏は目を凝らす。
柳炭を紙の上に滑らせ、描き出す線へと視線を移し、そしてまた、窓の外を眺めやった時。
ビクリ、奏の肩が痙攣した。
春日悠一が、校舎を。
美術部室の窓を。
奏を、見上げていた。
*
なんだろうな……?
気のせいか? と思うような「なにか」を感じた。
蚊でも飛び回ってるのか? と思うのに。
どれだけ目を凝らしても見つけられない時のような。
羽音も聞こえない。
けど、なにか「うっとおしい」ような。
そんな気配。
今日は特に、それが気になった。
二百メートルダッシュをしていても、なんだか集中力をそがれてしまう――
そんなモヤモヤを振り払おうと、悠一は足を止めた。
膝に両手を置き、深い呼吸を繰り返す。
息遣いが整ってきたところで、ゆっくりと顔を上げた。
周囲を見回す。
草ぼうぼうに「うちやられた」古いグラウンドには、もちろん誰もいなくて。
校舎の向こうのグラウンドの喧騒も、建物に阻まれて、ここにはほとんど届かない。
校舎以外の方角には、うっそうと木々が茂っている。
鳥のさえずりがクッキリと聴こえるほどに、静かだった。
顎へと伝ってくる汗の滴を手の甲で拭いながら、悠一は校舎に目をやる。
ふと、窓が開いている場所に視線が向いた。
ああ。
あれ「イーゼル」……っていうんだっけ。
大きめの紙が立てかけてあって、それの白い表面をなめらかな線が埋めていた。
伸ばされた細い黒い炭を摘まむ指先。
その先を見つめる淡い虹彩の瞳。
透明な頬。
睫毛の影。
悠一は、その横顔から目が離せぬままに、グラウンドに立ち尽くす。
そして――
小鳥遊奏が、ふたたび窓の外へと――
春日悠一へと、視線を向けた。
――ったくよぉ、なんでこの街の公立、男子高と女子高しかないんだよ?
ホント詰んでる。
マジ、見回してもヤローしかいねぇぇ――
薄く開いた部室の窓から、そんな遠い声が聞こえて、さらに遠のいていく。
一階のピロティから、校門の方に出ていったんだろう。
それを聴くともなく聴きながら、奏は「2グラ」を走る悠一の形を紙に写し取っていく。
たしかに、最初は女子の姿がないのに戸惑ったけどさ……。
幼稚園、小、中学校では、周りの「世界」に女子の姿があった。それが見慣れた光景だった。
だから、この学校の一面の詰襟姿に、奏も最初のうちは、メチャメチャ違和感を覚えはした。
けどさ?
まあ、しばらくすれば「それ」にも慣れたし――
そしてふと、奏は、今日の悠一が、いつもよりも長時間、練習していることに気づいた。
毎日走っているとは限らなくて。
三十分もしないうちにグラウンドから上がっていくこともある。
奏とて、そういつもいつも悠一の練習を、最初から観察できるワケじゃない。
部室に来るタイミング次第では、ほんの四、五分で、悠一が帰っていくこともあった。
そんなときは、ザッと身体のラインをなぞるだけのデッサンになったけれど、今日は……。
なんとなく気が向いて、悠一の顔を――表情を、描き込んでみる。
いつもは「全体」として認識している。
そんな悠一の身体。その「細部」を、奏は写し取っていった。
「春日悠一」と喋ったことはない――
名前が分かったのは、校門の傍で「おぉぃ、春日ぁ!」とか、友人に呼び止められているところに、偶然行き会ったから。
学年が分かったのは、たまたま廊下で見かけた後姿が、奥の三組の教室へと入っていったから。
――それだけのことだ。
そんな悠一の指先の形に、奏は目を凝らす。
柳炭を紙の上に滑らせ、描き出す線へと視線を移し、そしてまた、窓の外を眺めやった時。
ビクリ、奏の肩が痙攣した。
春日悠一が、校舎を。
美術部室の窓を。
奏を、見上げていた。
*
なんだろうな……?
気のせいか? と思うような「なにか」を感じた。
蚊でも飛び回ってるのか? と思うのに。
どれだけ目を凝らしても見つけられない時のような。
羽音も聞こえない。
けど、なにか「うっとおしい」ような。
そんな気配。
今日は特に、それが気になった。
二百メートルダッシュをしていても、なんだか集中力をそがれてしまう――
そんなモヤモヤを振り払おうと、悠一は足を止めた。
膝に両手を置き、深い呼吸を繰り返す。
息遣いが整ってきたところで、ゆっくりと顔を上げた。
周囲を見回す。
草ぼうぼうに「うちやられた」古いグラウンドには、もちろん誰もいなくて。
校舎の向こうのグラウンドの喧騒も、建物に阻まれて、ここにはほとんど届かない。
校舎以外の方角には、うっそうと木々が茂っている。
鳥のさえずりがクッキリと聴こえるほどに、静かだった。
顎へと伝ってくる汗の滴を手の甲で拭いながら、悠一は校舎に目をやる。
ふと、窓が開いている場所に視線が向いた。
ああ。
あれ「イーゼル」……っていうんだっけ。
大きめの紙が立てかけてあって、それの白い表面をなめらかな線が埋めていた。
伸ばされた細い黒い炭を摘まむ指先。
その先を見つめる淡い虹彩の瞳。
透明な頬。
睫毛の影。
悠一は、その横顔から目が離せぬままに、グラウンドに立ち尽くす。
そして――
小鳥遊奏が、ふたたび窓の外へと――
春日悠一へと、視線を向けた。
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