マージナル:平凡なβが、すべての運命を壊すまで

水城

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10.なんで?

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 「意味が分からない」

 そうとしかいいようのない「情欲」だった。
 「突き動かされた」としか言いようのない激しさ。

 その後の夕食での記憶は、曖昧にかすんでいて。
 精液にまみれた部屋着を、自分が一体いつ、どうやって処理したのか、悠一自身、もはやハッキリとは思い出せなかった。

 目覚めた翌朝。
 それは三連休の初日で、遠い空をした澄み渡る天気だった。

 そんな蒼い空を、自室の窓から眺めやる悠一の気持ちは、ひどくモヤついていた。昨日の無理な体勢での自慰のせいで、膝頭が軽く痛み、腰がどんよりと重い。

 いつもより遅い時間の朝食。
 めずらしく家族そろっての食後は、休日の朝にありがちなバラエティ兼ニュース番組が流れているテレビを、ボンヤリ見やる。
 そんな「家族団欒」といって言えなくもないような小一時間を過ごしてから、悠一は立ち上がった。

 部屋に上がり、ジャージとウィンドブレーカーを着込んで、また降りてくる。

「どこ、行ってくるんだいね」

 居間でテレビを見ていた母親が、廊下を歩く悠一へと視線を向けた。

「別に」
 素っ気なく応じ、玄関先でシューズを履く悠一の背後に、母親が歩み寄ってきた。

「ちょっとその辺、走ってくるだけだから」
 悠一は、振り返ってそう言い添える。

 納得したように頷いて、「そうね、昼には帰っといで」と言い置くと、母はまた居間へと戻っていった。






 特に行く当てもない、軽いジョグ。
 外の空気を吸って身体を動かせば、気持ちも軽くなるのではないか。
 そんな思いつきだった。

 気づけば、悠一の眼前には城が見えている。
 近づくにつれ、いつもと違う様子を感じた。
 休日とはいえ、午前中にしては意外なほど「ガヤついて」いる。

 ――イベント?

 ああ、「酒盛り」か。
 悠一は軽く溜息を漏らす。
 ここ数年恒例の「ビールフェスタ」だ。
 
 この地域は「水」がいい。
 小さなブルーワリーが盛んに作られるようになったのは、醸造関係の国の規制が緩和されてからだと聞く。
 観光資源として、街でも地ビールには力を入れているし、なにより、街の大人たちにとっても、相当に楽しみなイベントになってる感じだった。

 とはいえ、「参加できない身未成年」としては、昼から飲んでる陽気な集団よっぱらいというのは、ちょっと「鬱陶しい」っていうのも正直なところ――

 ジョグの足は止めぬまま、悠一はスルリと方向転換する。

 さて、どこへ行こうか。このまま走れば、大学病院の方向だ。
 じゃあ、まっすぐ温泉の方に行こうか。
 タオルは首元に巻いている。足湯くらい浸かってもいいかもしれないし。

 そんな考えを巡らせながら、悠一はちょっとした「ショートカット」しようと、まだ観光客もまばらな神社に足を踏み入れた。

 さすがに、境内のド真ん中をつっきるのは憚られる。
 できるだけ隅を走ろうと、ちょうど木々の方へと駆け入った時だった。

 大きなケヤキの陰に「誰か」がいた。
 というか「カップル」だ。
 
 というか。
 キスしていた。それも、かなり「きわどい」ヤツ。

 駆ける足には、ちょうど軽く勢いがついていたところで、カップルの男女とも、悠一の足音に気が付いてしまう。
 コッソリ立ち去るには、いまさら何もかも遅すぎた。

 ヤバい、相当、気まずい……。

 思わず立ち止まった悠一は、込み上げた唾液を飲み下そうとした瞬間、むせこんでしまう。

 そして、そのカップルの片割れは――
 藤堂尊だった。





 尊のキスの相手。
 その女は、かなり年上に見えた。

 休日だからだろう、そこまでカッチリとした身なりではなかったけど、なんだか高そうな服で、見るからにキャリアウーマン的な印象だったから。

 一方で、尊の方は、ジーンズにスニーカーという気軽な服装だった。
 とはいえ、スニーカーは多分ハイブランドのモノ。
 ナイロンジャケットは、カジュアルなスポーツスタイルとはいえ、スッキリとスタイリッシュなデザインだ。

 尊に、自分の存在がしっかりと認識されていることは、悠一にも手に取るように分かっていた。
 だが――

 相手の女は、もう見るからに……完全に「蕩け切ってしまって」いて。
 それは「無防備」なんてものを通り越し、むしろ「淫ら」と表現した方がピッタリくるほどの様子だった。だから悠一は――

 尊に向かって、どんな態度を取ればいいのかを見失う。
 
 とにかく何もかもが、あまりにいたたまれなかった。
 やっとのことで、「会釈」とも「俯き」ともいい難い、ごく曖昧な首の動きだけを尊に向ける。
 そして悠一は、踵を返し、速度を早めて走り出した。

 やみくもに木々をぬい、悠一は神社の外へと抜ける。
 そのまま、通りを横切ろうとしたところで、グッと肩を掴まれた。

「……オイ、春日。飛び出すと危ないぞ」

 悠一の耳元で低い声がした。
 藤堂尊の声だった。
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