マージナル:平凡なβが、すべての運命を壊すまで

水城

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11.オマエなんか知らない。

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 振り返れば、悠一のほんの鼻先、至近距離に、尊の顔があった。

 「端正」以外の言葉が浮かばない。
 
 細すぎもせず、大きすぎもしない目。雄々しいまなざし。
 けれども、透明度の高いみずみずしい瞳をして。

 スッキリと通った鼻筋。鋭角に尖った高い頬骨から形づくられる輪郭。
 熟練の彫刻家の手で、ためらいなく瞬時に彫り出されたような顎の形は、もうすでに相当に成熟した男の色を帯びている。
 
 「同い年」だというのに。
 その迫力にどうしようもなく気おされて、これまで一度も、真正面から見たことのなかった男。

 そんなアルファのまとうオーラは、やはり「圧倒的」だった。

 あの「通夜」の時の「詰襟姿」が。
 わずかに「幼いように見えた」なんて、あんな感覚は、きっと一種の「気の迷い」だったのだ……と。
 
 そうやって、自分の気持ちを打ち消してしまいたくなるほどに――
  
 ってか。え? なに? 
 なんでコイツ、俺のコト、追いかけてきてんだよ?

 掴まれたままの肩。
 尊の指が、ひどく熱く感じた。

「なんか……用でもあんのか、俺に」

 悠一が言う。
 喉にもつれる、かすれた声で。

「用? いや、特には」
 尊が即答した。ごく涼しく。
 
「あの…彼女…は、どうしたんだよ」

「ああ、あの女?」
 
 尊が軽く肩をすくめて見せる。
 そこに感情の乱れは、一筋もなかった。

 尊の態度は、あまりにも揺らぎがなく、あまりにも無表情で淡々としすぎていて、だからまるで、
 「エロエロなキスを目撃された」のは「コイツ」ではなく、なんなら「自分の方」だったんじゃねぇのか? と思わされるほどだった。

「あの女は置いてきた。なんかいまいち、気が向かなくなって」

「は?」

 ……「置いてきた」?

 悠一の眉間に険しい皺が刻まれる。
 さすがに「呆れた」。
 というか「ふざけんなや? コイツ」という怒りが湧き起こる。

 だが、悠一のそんな不機嫌さを完全に無視するかのごとく、尊が続けた。

「春日、こんな、休みの日も走ってるのか。物好きだな」

「ものずき……って、なんだよ、悪いか」
 悠一が、憮然と言い返す。

「別に悪くはない。でも、そんなに走るのが好きなら、なぜ陸上部を辞めたんだ?」

「なっ……藤堂、オマエ、なんでそんなコト知ってんだ?!」

 尊がふたたび肩をすくめた。そして、

「で、春日。どこに行くつもりだったんだ?」と、身勝手な質問を続ける。

 大きく瞬いて、また息を飲んで。
 そして悠一は、深々と息を吐き、ゆっくり、首を横に振った。

「別に『どこ』ってないけど……まあ、大学病院を抜けて、温泉の方にでも行くかなって感じで……」

「ふうん」と、尊が目を細める。
 
「一緒に走っていいか」

「は?」

 ……なんだって?

「そのカッコで…走るのか?」
 言って悠一は、尊の頭のてっぺんからつま先までを眺めまわした。 

「ああ、温泉までなら、そう大した距離じゃないだろう?」
 何の感情も見えない声で、尊が答える。

「なんだよ……ひとに『物好き』とか言っておきながら」

「なんか、急に『気が向いた』。じゃあ、行こうぜ」

 そう自分勝手に決めると、タンッと軽い足音で、尊が走り出す。


*


 ――なんでだよ?

 なんだって、俺。
 コイツなんかと、一緒に走るハメになってんだよ?

 ブワリと理不尽さがこみ上げた。
 ムカつくアルファを振り切ってやろうと、悠一は走るストライドを大きくする。

 だが、尊はピタリとついてきた。
 一応は「スニーカー履き」だとはいえ、ランニングシューズにジャージ姿の悠一とは、まずもって「動きやすさ」からして違うはずなのに。

 相当ピッチを上げても、ほんのわずかの遅れもみせず、尊は悠一についてくる。

 ちくしょう……何をやらせても「ピカイチ」ってコトか?
 さすがだな「アルファ様」は。

 悠一の胸の奥で、ひがむ気持ちが揺らめいた。

 ホント、「努力」ってモノをする気がなくなるじゃないか。
 こういうヤツがいると。
 そこらの「ベータ」おれたちは――

「春日」

 不意に尊が、悠一に呼びかける。「ずっと、このペースで走るのか」

「悪いかよ」

「悪くはないが……」
 走りながら話す尊の息に、乱れはまったくない。

「できれば、もう少し速度を落としてくれないか」

「これじゃ、しんどいか?」
 悠一は、ほんのすこしだけ「溜飲が下がった」気がした。

「『しんどい』とは言わないが」

 悠一に並んで走りながら、尊が淡々と続ける。

「ただ、せっかくの休日に、そこまで疲れたくはないだけだ」

「……!!」

 ああ、そうかよ!?
 そいつはどうも? 悪かったな?! というイラ立ちにみちみちた返答が、喉元にまで出かかった。
 けれども悠一は、それをただ、グッと飲み下す。

 そしてなぜなのか、次に悠一の胸にこみ上げてきたのは、ワケの分からない発作のような「笑い」だった。

 キラキラとして、ひたすら身勝手な尊も。
 ひがみっぽくイラ立つ自分も。

 何もかもが、なんだかどうにも可笑しくてたまらなくなる――

 ついに悠一は、走りながらゲラゲラと笑い始めた。

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