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12.だから、まるで。
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その後は、難なく会話ができる程度の速度でジョギングを続けた。
特に「何を話す」ということでもない。だがそれでも、悠一と尊の間に、ポツポツとしたやり取りは繋がっていく。
空気の向こうに透き通る山並みを眺めやれば、中学時代のエグい「学校登山」の思い出が蘇り、どちらからともなく愚痴めいた問わず語りが始まった。
川べりの道は車も人通りも少なく、貸し切ったように真っすぐで、走るふたりの頬は少年の色を取り戻す。
そして次第に、周囲に山裾の温泉宿が散らばり始めた。
そのままの勢いで、登山口近くまで坂を駆け上がってから、悠一と尊はやっと足を止める。
さすがに汗だくだった。
風がヒンヤリと頬を撫でる。
これじゃ「汗冷え」しちまうな。
顎先に滴る汗の粒を手の甲で拭いながら、悠一は思う。
傍に佇む尊も、おそらくひどく汗ばんでいるはずだ。
なのに――
かすかに前髪の先を乱した程度。
まなざしひとつ揺らがせぬまま、両手をジャケットのポケットに入れて立つ。
そんな尊の長い睫毛が、頬に優雅な影を落とすさまに、悠一は思わず見とれそうになってしまう。
ふと、尊が悠一に視線を向ける。そしてひと言、
「どうするんだ?」と発した。
「いや……『どうする?』って、言われても」
半ば憮然と、悠一は口をとがらかす。
「バス停んトコの日帰り温泉で、足湯だけでも浸かって帰ろうかと思ってた…けどさ……俺は」
そして今一度、チラリと尊をみる。
コイツに貸してやろうにも、もうかなり汗で濡れてるフェイスタオル一枚きりしか持ってねぇし……。
尊は「そうか」とだけ応じ、ポケットからスマホを取り出した。
スッと番号を表示させ、耳に当てる。
軽くしかめた眉のまま、悠一は尊を眺めやった。
すぐに相手が出たらしい。「どうも」と、尊が話し始める。
「尊です。はい、先月はおかげさまで。ええ、父も変わらず」
丁寧な口調。
けれども「へりくだり」やら「おもねり」のようなものは、微塵もにじまない態度。
「実は、今ちょうど、ごく近くに来ていて、ええそうなんです」
――?
「少し、そちらの部屋を使っても? ありがとうございます。はい、では」
淡々と通話を終えて、尊がスマホをポケットにしまった。
そして、「行こう」と、またしても勝手に決めて、どこかに向かって歩き出す。
*
「……は?」
歩いていく尊の背中を見つめて、悠一は、今日もう何度目かわからぬ声を洩らす。
今日日、ありがちなことだが。
かつては「城下町の奥座敷」などと持てはやされていたこの温泉街も、最近ではめっきり寂れがちで。
「今どき風」に「テコ入れ」をしていこうと、古い旅館の改築やら洒落た飲食店の出店やらが、少しずつ進んでいる。
その「最先鋒」ともいえるホテルへと、尊が入っていった。
他県の若めの金持ちをターゲットにした「強気の」価格設定。
北欧のビンテージ家具やシックな有名照明でしつらえられた内装。
天然酵母のベーカリーとカフェも入っている。
一時期、地元のネットニュースでも話題になり、悠一ですら、存在はうっすらと認識していた……そんな場所だ。
すると、それなりの年齢のスーツ姿の男が近づいてきた。
そして尊に、カードキーを手渡す。
「……?!」
悠一は、ただもう面食らってまばたくしかない。
尊はそんな悠一を振り返ると、睫毛の先の動きだけで「ほら、行くぞ」と促した。
*
ワンルームの部屋。
だが別に「狭い」ワケじゃない。
広々とさせるために、ワザとドアや壁で仕切られていないだけで、それなりの面積のある部屋だった。
セミダブルと思われるベッドが二つ、ゆったりと配置され、窓辺には造作のソファー。
ふんだんに木を使った内装で、室内窓の向こうは広々としたシャワールームと洗面室。
その先はベランダとつながって、露天風呂になっていた。
すると尊が、いきなり服を脱ぎ始める。
悠一が、慌てて顔を反らす暇もなく、あっという間に下着まですべてを脱ぎ終えると、クローゼットから浴衣を取り出して、サラリ、それを身にまとった。
「ほら」と。
悠一へと差し出された尊の手には、すっきりとした竹材のハンガーにかかった真新しい浴衣と帯。
「その服、洗ってもらうだろう?」
「『洗って』って、オマエさ……」
だからマジ、何言ってんだよ?! と、口にしかける悠一に、尊が続ける。
「問題ない。すぐに終わる。それこそ、風呂でも浴びている間に」
尊は、備え付けのクリーニング袋に脱いだシャツやソックスを詰め始める。
反論しようにも言葉が出なくて、悠一もジャージを脱ぎ、浴衣に着替えた。
すぐにホテルのスタッフが、洗濯物を引き取りに来る。
尊は冷蔵庫からミネラルウォーターのガラス壜を取り出して栓を抜き、薄玻璃のグラスを取って、窓辺のソファーに座った。
グラスに水が注ぎ入れられる。
細かな泡立ちが見えた。炭酸水らしい。
「春日も座って何か飲めば?」と、尊がつっ立ったままの悠一を見上げる。
「『なにか』って」
水道水でいいけどな、俺は別に……と思いながら、悠一は洗面室で水を汲み、備え付けのコップでゴクゴクと二、三杯飲み干した。
ふと目をやれば、ベランダの露天風呂は、かなりの大きさで。
まだ白く新しい木目をしたヒノキ風呂は、贅沢にも「かけ流し」にしてあった。
「……ひょっとして、『源泉かけ流し』ってヤツかよ……部屋風呂のクセに?」
悠一の呟きがハッキリと音になる。
「ってか」
使っていいんだろうか。この風呂。
いったん、乾いた浴衣をまとってしまうと、自分の髪や肌のべたつきがやたらと気になってくる。
チラリと視線を向ければ、窓越しに、ソファーでくつろぐ尊の姿が見えた。
しっかりと目が合う。
尊も悠一を見ていたらしい。
シャープな顎先が動く。
「先に入れよ?」とでもいうような軽い頷き。
ほぼ完成された、大人の男の顔立ち。
けれどもその肌はまだ、十代の透き通る蒼さを孕んでいる。
そんな藤堂尊の――
完璧な姿。
そんな「アルファ」に対する「恐れ」も「やっかみ」も。
いつの間にか悠一の中では消え去っていた。
ただ「見惚れる」ような。そんな気持ち。
有名な彫刻や石像に、トップクラスのアスリートの身体に感嘆して、思わず目を奪われてしまうような。
ただシンプルに、ただ純粋に。
悠一は、帯を解いて浴衣を肩から滑らせる。
シャワーを浴び、シャンプーをして身体洗い、ベランダに出た。
清々しい外気と日差しを肌に浴びながら、ゆっくりと湯船に身体を沈めていく。
漏れ出す深い吐息。
蒼く高い空をボンヤリと仰ぐ。
微かな生活音と鳥の声。葉擦れの音だけが聞こえてくる。
目を閉じ、湯の肌触りと瞼越しの日光を感じ取り、ゆっくりと呼吸を続けて。
悠一がフワリと目を開けると、すぐ後ろに、一糸まとわぬ藤堂尊が立っていた。
その後は、難なく会話ができる程度の速度でジョギングを続けた。
特に「何を話す」ということでもない。だがそれでも、悠一と尊の間に、ポツポツとしたやり取りは繋がっていく。
空気の向こうに透き通る山並みを眺めやれば、中学時代のエグい「学校登山」の思い出が蘇り、どちらからともなく愚痴めいた問わず語りが始まった。
川べりの道は車も人通りも少なく、貸し切ったように真っすぐで、走るふたりの頬は少年の色を取り戻す。
そして次第に、周囲に山裾の温泉宿が散らばり始めた。
そのままの勢いで、登山口近くまで坂を駆け上がってから、悠一と尊はやっと足を止める。
さすがに汗だくだった。
風がヒンヤリと頬を撫でる。
これじゃ「汗冷え」しちまうな。
顎先に滴る汗の粒を手の甲で拭いながら、悠一は思う。
傍に佇む尊も、おそらくひどく汗ばんでいるはずだ。
なのに――
かすかに前髪の先を乱した程度。
まなざしひとつ揺らがせぬまま、両手をジャケットのポケットに入れて立つ。
そんな尊の長い睫毛が、頬に優雅な影を落とすさまに、悠一は思わず見とれそうになってしまう。
ふと、尊が悠一に視線を向ける。そしてひと言、
「どうするんだ?」と発した。
「いや……『どうする?』って、言われても」
半ば憮然と、悠一は口をとがらかす。
「バス停んトコの日帰り温泉で、足湯だけでも浸かって帰ろうかと思ってた…けどさ……俺は」
そして今一度、チラリと尊をみる。
コイツに貸してやろうにも、もうかなり汗で濡れてるフェイスタオル一枚きりしか持ってねぇし……。
尊は「そうか」とだけ応じ、ポケットからスマホを取り出した。
スッと番号を表示させ、耳に当てる。
軽くしかめた眉のまま、悠一は尊を眺めやった。
すぐに相手が出たらしい。「どうも」と、尊が話し始める。
「尊です。はい、先月はおかげさまで。ええ、父も変わらず」
丁寧な口調。
けれども「へりくだり」やら「おもねり」のようなものは、微塵もにじまない態度。
「実は、今ちょうど、ごく近くに来ていて、ええそうなんです」
――?
「少し、そちらの部屋を使っても? ありがとうございます。はい、では」
淡々と通話を終えて、尊がスマホをポケットにしまった。
そして、「行こう」と、またしても勝手に決めて、どこかに向かって歩き出す。
*
「……は?」
歩いていく尊の背中を見つめて、悠一は、今日もう何度目かわからぬ声を洩らす。
今日日、ありがちなことだが。
かつては「城下町の奥座敷」などと持てはやされていたこの温泉街も、最近ではめっきり寂れがちで。
「今どき風」に「テコ入れ」をしていこうと、古い旅館の改築やら洒落た飲食店の出店やらが、少しずつ進んでいる。
その「最先鋒」ともいえるホテルへと、尊が入っていった。
他県の若めの金持ちをターゲットにした「強気の」価格設定。
北欧のビンテージ家具やシックな有名照明でしつらえられた内装。
天然酵母のベーカリーとカフェも入っている。
一時期、地元のネットニュースでも話題になり、悠一ですら、存在はうっすらと認識していた……そんな場所だ。
すると、それなりの年齢のスーツ姿の男が近づいてきた。
そして尊に、カードキーを手渡す。
「……?!」
悠一は、ただもう面食らってまばたくしかない。
尊はそんな悠一を振り返ると、睫毛の先の動きだけで「ほら、行くぞ」と促した。
*
ワンルームの部屋。
だが別に「狭い」ワケじゃない。
広々とさせるために、ワザとドアや壁で仕切られていないだけで、それなりの面積のある部屋だった。
セミダブルと思われるベッドが二つ、ゆったりと配置され、窓辺には造作のソファー。
ふんだんに木を使った内装で、室内窓の向こうは広々としたシャワールームと洗面室。
その先はベランダとつながって、露天風呂になっていた。
すると尊が、いきなり服を脱ぎ始める。
悠一が、慌てて顔を反らす暇もなく、あっという間に下着まですべてを脱ぎ終えると、クローゼットから浴衣を取り出して、サラリ、それを身にまとった。
「ほら」と。
悠一へと差し出された尊の手には、すっきりとした竹材のハンガーにかかった真新しい浴衣と帯。
「その服、洗ってもらうだろう?」
「『洗って』って、オマエさ……」
だからマジ、何言ってんだよ?! と、口にしかける悠一に、尊が続ける。
「問題ない。すぐに終わる。それこそ、風呂でも浴びている間に」
尊は、備え付けのクリーニング袋に脱いだシャツやソックスを詰め始める。
反論しようにも言葉が出なくて、悠一もジャージを脱ぎ、浴衣に着替えた。
すぐにホテルのスタッフが、洗濯物を引き取りに来る。
尊は冷蔵庫からミネラルウォーターのガラス壜を取り出して栓を抜き、薄玻璃のグラスを取って、窓辺のソファーに座った。
グラスに水が注ぎ入れられる。
細かな泡立ちが見えた。炭酸水らしい。
「春日も座って何か飲めば?」と、尊がつっ立ったままの悠一を見上げる。
「『なにか』って」
水道水でいいけどな、俺は別に……と思いながら、悠一は洗面室で水を汲み、備え付けのコップでゴクゴクと二、三杯飲み干した。
ふと目をやれば、ベランダの露天風呂は、かなりの大きさで。
まだ白く新しい木目をしたヒノキ風呂は、贅沢にも「かけ流し」にしてあった。
「……ひょっとして、『源泉かけ流し』ってヤツかよ……部屋風呂のクセに?」
悠一の呟きがハッキリと音になる。
「ってか」
使っていいんだろうか。この風呂。
いったん、乾いた浴衣をまとってしまうと、自分の髪や肌のべたつきがやたらと気になってくる。
チラリと視線を向ければ、窓越しに、ソファーでくつろぐ尊の姿が見えた。
しっかりと目が合う。
尊も悠一を見ていたらしい。
シャープな顎先が動く。
「先に入れよ?」とでもいうような軽い頷き。
ほぼ完成された、大人の男の顔立ち。
けれどもその肌はまだ、十代の透き通る蒼さを孕んでいる。
そんな藤堂尊の――
完璧な姿。
そんな「アルファ」に対する「恐れ」も「やっかみ」も。
いつの間にか悠一の中では消え去っていた。
ただ「見惚れる」ような。そんな気持ち。
有名な彫刻や石像に、トップクラスのアスリートの身体に感嘆して、思わず目を奪われてしまうような。
ただシンプルに、ただ純粋に。
悠一は、帯を解いて浴衣を肩から滑らせる。
シャワーを浴び、シャンプーをして身体洗い、ベランダに出た。
清々しい外気と日差しを肌に浴びながら、ゆっくりと湯船に身体を沈めていく。
漏れ出す深い吐息。
蒼く高い空をボンヤリと仰ぐ。
微かな生活音と鳥の声。葉擦れの音だけが聞こえてくる。
目を閉じ、湯の肌触りと瞼越しの日光を感じ取り、ゆっくりと呼吸を続けて。
悠一がフワリと目を開けると、すぐ後ろに、一糸まとわぬ藤堂尊が立っていた。
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